<<<前話  次話>>>

 

 

第一〇五話    軍神と装甲姫





「本当に不器用ね、トウカは……」

 リシアは着替えた領邦軍礼装の首元を緩めながら舞踏会場を歩く。

 あのマリアベルすら呼び捨てにした長身の美人……ベルセリカが、トウカを引き合いにシュトラハヴィッツ少将を煽ったことは理解できる。

 だが、女の感情論に引き摺られて有力貴族であるシュトラハヴィッツ伯爵家の事実上の権力者であるジギスムント・ヴァルター・レダ・フォン・シュトラハ ヴィッツに理由なく楯突くなど有り得ない。圧倒的な権勢にして剣聖を楯に傍若無人の振る舞いをしている様にしか見えなかった。

 リシアは手にした果実酒の酒瓶(ボトル)を弄び思案する。

 勿論、能天気に会話する若い貴族達の姿に鼻を鳴らすことも忘れない。舌打ちをしないところが、リシアが女性としての矜持を捨てていないことが分かる。

 ――武魂烈々を地で往くシュトラハヴィッツ少将は、トウカに好意的だったはずだけど。あの様子じゃ娘を悪の道に引き摺りこんだ軟派男って見てるんじゃないの?

 ベルセリカが御家問題の中心になっていることは、リシアも聞き及んでいた。ベルセリカはあくまでもトウカの騎士であるという立場を明確にする為の一連の遣り取りだったのではないかと睨んでいる。当然ながら、それは慰めにはなるものの心情的に納得できることを意味しない。

 なかなか開かない酒瓶(ボトル)に苛立ちながら、リシアは話し掛けようと近づいてくる若い男性貴族をひと睨みで退散させる。戦野に赴いたこともない糞餓鬼の甘辞など不愉快なだけであった。

 ――だからって女の胸を鷲掴みにするのは別問題だけどッ!

 丁度、通りかかった先の柱に酒瓶(ボトル)の飲み口を叩き付け、木栓(コルク)諸共に打ち払う。突然、硝子の破砕音が響いたが、それは舞踏会場に流れる重厚な旋律の前には大海に投じられた小石も同然であった。

 零れ落ちた酒精(アルコール)の雫を、手の盃で掬い上げて口元へと運ぶ。

 花咲くが如く広がる芳醇な香りを高度数の酒精が押し上げ、海風を受けて育ったエスターライヒ産の果実は、何処か塩気混じりの甘さを後味に残す。寒冷地帯 でありながら海岸部にも面するエスターライヒ地域であるが故の芸当であり、完全な寒冷地帯であるヴェルテンベルクでは叶わない香りと味であった。

 自棄飲みである。

 トウカの女性関係を調べてみれば天狐の姫君が親しい関係にあり、先程の遣り取りから剣聖も伏兵としては十分な脅威度を有していると言える。双方共に強大 な権勢や強力な後ろ盾などを有しており、リシアもマリアベルに後押しされているとはいえ不利な感は否めない。マリアベルは明確にリシアを支援している訳で はなかった。

「まぁ、私が怒るのも筋違いとは分かっているけど……」

 注ぎ口の割れた酒瓶(ボトル)を口へと運び、一気呵成に果実酒を煽る。

 そうは口にしつつも、その表情が何処か拗ねたものになっていることは当人も自覚していた。

 しかし、少なくとも弁解の意思があったということは、リシアに嫌われることを避けようとしていたということでもある。興味を持たれていない訳ではない。 或いは、ミユキの後塵を拝している訳ではないのかも知れないという淡い期待すら胸中で鎌首を擡げ始めた。状況の楽観視は愚将への道であるというのに、リシ アはその可能性を捨て切れなかった。色恋とは実にヒトを感情的にさせる。

「参謀が希望的観測? ……笑えないじゃない、莫迦」

「まぁ、私生活ならば良いと思うが?」

 背後からのそんな声音に、リシアは反射的に振り返ると、酒瓶(ボトル)を振り抜いた。

 撒き散らされる果実酒。それは声の主であるトウカを狙い過たず濡れ鼠にした。

「いや、決して(やま)しいことをしようと背後から声を掛けた訳ではないぞ。職務上の成り行きと言えばいいのか興が乗ったと言えばいいのか……兎に角、その凶器を下ろしていただけませんかね、御嬢さん(フロイライン)

 割れた注ぎ口が謀らずしてトウカの首筋に突き付けられる形となっていたことに気付いたリシアは慌てて下ろす。周囲の視線が余りにも痛々しい。〈ヴァレン シュタイン戦闘団〉解体の理由が痴情の縺れなどという噂が流れかねない。噂に尾鰭と背鰭が付き、ザムエルが加わっての三角関係などということにでもなれ ば、次はリシアがザムエルに銃口を突き付けねばならないことになる。

「……冗談に決まっているじゃない、莫迦ね」

「狂気に満ちた目で凶器を……ああ、悪い。俺の失言だから凶器を下ろしていただけませんかね?」 

 濡れ鼠のままで片目を瞑る姿はおどけている様であり、とても許しを乞うているようには思えないが、肩を抱かれては文句など言えない。惚れた女の弱みである。

 二階へと続く階段によって影となっている壁際へと誘導されたリシア。

 トウカは抜け目なく、そこに辿り着くまでにリシアの手から凶器となった酒瓶(ボトル)を抜き取り、執事から二杯の硝子杯(グラス)と交換する形で受け取っていた。

「まだ御怒りですか、御嬢さん(フロイライン)」

 一方の硝子杯をリシアへ渡しながら、トウカが苦笑する。

 紅くなる顔を見られないように背けるが、腰に手を回されて抱き寄せられたことで思考が上手く纏まらず、心と体が千路に乱れて状況に流される。安い女には なりたくはないという想いと、好意を抱く男の感触を振り払いたくはないという葛藤。濡れ鼠であることなど気にも留めてない仕草もまた腹立たしい。

 ――そんな優しげな表情と手つきは卑怯よ。

 きっと天狐族の姫君も剣聖もそうして籠絡したであろうと、リシアは唇を尖らせる。

「嫌か? ……ミユキはこうすると喜んでくれるが」

 トウカとしては尻尾がない女性に優しくする手段は、頭を撫でるか抱き寄せるしかない。無論、好意を抱いていると明言しているリシアが相手だからこその手段でもあるが、それを自然と行うのは性質(たち)が悪いにも程がある。

 リシアは他の女に行った手段で自身を宥めようとするトウカに舌打ちする。絶望的なまでに女心を理解していない。そもそも女性の前で他の女性の名前を出すこと自体が非常識であり、リシアとしては不愉快極まりなかった。

 この手付きが仔狐の為にあるのかと思うと、トウカにとっての理想の女性像はあくまでもミユキなのかと暗澹たる気持ちなるリシア。

「貴方ね……女の機嫌を取る時、何時もこんなことをしているの?」

「おかしいか? ミユキなら――」

 トウカの言葉を片手で遮り、リシアは逆に心配になる。

「刺されても知らないわよ? 良かったわね、私が理解のある女で」

「いや、刺すことはあっても刺されるのはな……俺に衆道の趣味は」

「そう言う意味じゃないわよ! ああ、もう、刺されたいならザムエルにでも刺されていなさい!」

 顔を引き攣らせたトウカを尻目に、リシアは力強い足取りで歩き出す。新進気鋭の若手将官二人が、その様な関係となれば腐った女性将兵が大喜びだろう。

「どこに行く?」

「宣戦布告よッ! 見てなさい、私から逃げられると思わないことねッ!!」

 振り返り、目障りになった己の紫苑色の髪を振り払い、左手を腰に当て、右手でトウカを指差したリシア。

「フルンツベルク中将に刺されてしまえと言わないだけ有り難く思いなさい。莫迦トウカ」

 そんな捨て台詞と共に、颯爽と軍装を翻して立ち去る。

 背後からは噎せ返る様な音が響くが振り返りはしない。

 他の女がされて喜ぶことを自分がされて喜ぶと思われるのは不愉快であるが、同時にそうまでして自分との関係を継続させようとするトウカの意思を感じて、 心を昂らせる自分かいることをリシアは理解していた。無論、努めて表情には出さないが、未だ恋の勝敗の天秤は決定的なまでに傾いていないとリシアは判断し て奮起する。

 ――天秤を強引に掴んででも、私へ傾ければいいのよ。

 爛々と輝くリシアの瞳に、貴族達は道を開ける。

 乙女達の舞踏会が始まろうとしていた。








「あの腐れ雌狼め……妾に恥を掻かせてくれたこと、忘れはせぬぞ」

 マリアベルは、酔い醒ましを兼ねた氷菓子を頬張りながら、ベルセリカの鬼神の如き酒量に呆れ返ると共に呪詛を撒き散らす。周囲にはウィシュケの入っていた酒樽が幾つも転がっているが、その全てが二人で消費したものであり、既に周囲の者達は遠巻きに眺めるだけでる。

 常に同じ速度で表情を変えることなく飲酒を継続するベルセリカの前にはマリアベルも分が悪い。否、龍に飲酒量で勝てるベルセリカこそが規格外と言えよう。正に英雄と言うに相応しい酒豪振りである。

「自分を棚に上げて、それはないと思うよ?」

「ええい、五月蠅いわッ! 然して酒を飲まぬ奴に言われとうない!」

 氷菓子によって生じた頭痛に耐えながら、マリアベルは呆れ顔のエルゼリア侯に反論する。種族的に酒精に対して強固な耐性を持つとされる龍種だが、エルゼ リア侯に関しては別で、一杯飲むだけで顔が赤くなり泣き上戸になる。えぐえぐと泣きながら愚痴と不満を垂れ流す蹶起軍最高指導者など見たいと思う者はいな いので、エルゼリア侯に酒を勧める者はいない。

 ちなみに周囲の有力貴族達は床に直接座っており、とても舞踏会とは思えない光景となりつつある。最早、親族の宴会であった。

 しかし、北部貴族の舞踏会では珍しいことではなく、寧ろ身内同士という意識がある為に気兼ねなく床に座り、酒を酌み交わしている。室内を流れる旋律や歌声が哀れであるかと言えば、それすらも楽師達を追い出した貴族達が歌唱大会を開いているので斟酌する者はいない。

「そもそも、そんな汚い飲み方は皇国貴族としてどうかと思うよ?」エルゼリア侯が周囲を見渡す。

 凄まじく騒がしい。強いて言うなれば、空騒ぎ状態であった。

 貴族然と複数人で集まり、上品に談笑している者も確かに存在するが、それ以上に床に座り込み、大衆が飲む白麦酒(ヴァイツェン)を片手に無駄に乾杯を繰り返す者や、飲み比べをしてそのまま意識を失う者が圧倒的に多い。舞踏会というよりは元服を迎えて空騒ぎする若者の姿に近くあった。

 最初は普通に見えた舞踏会も、北部では中盤から、この有様である。

 北部貴族は、皇国の歴史の中でも新興貴族が占める割合が極めて高く、その北部貴族成立の理由から他地方の貴族よりも連帯感が強い。言わば北部貴族という 集団自体が一つの家族なのだ。内戦勃発までの長期間に渡り、権力の集権が叶わなかったのは、北部貴族同士で婚姻を重ね、多くが血縁関係にあり、敵対するに は親しすぎたという理由が大きい。強いて言うなれば、日本の戦国時代の東北地方に近い状況であった。

 北部地方はその気候上、発展に重要な農業面での不利を抱えており、歴代天帝や政府も人口比で他地方に劣る北部地方の開発に対しては後手に回っていた。

 その様な状況が、五〇〇年以上。

 他地方の貴族や政府……そして、天帝にすらも不信感を抱くには十分な時間であった。

 帝国の成立によって脅威を受け続けた理由も大きいが、歴代の天帝が妥協した政策を取り、根本的解決を行わなかったこともその印象を助長させた。五〇〇年 もの間、北部貴族が忍耐を維持できたのは、脅威である帝国に対する抑止力として皇国という国家機構に収まっていなければならなったという理由しかない。

 しかし、国家最高指導者である天帝不在の時が長く続き、帝国の侵攻によってエルライン要塞が甚大な被害を蒙ったとなっては、最早、存在しない天帝や右往左往する政府は当てにできない。

 故に覚悟を見せるのだ。

 北部貴族の主張……領邦軍の兵数制限解除と、機動的な防禦行動を取れるだけの陸軍駐留。加えて強力な経済支援と一部貴族が行っている経済制裁の解除を行わねば、陸海軍が帝国南部鎮定軍に対して、全くの抵抗が叶わない様になるほどに戦闘を継続して疲弊させる、と。

 それは、一種の破滅的思想であり、綱渡りと言える。

 本来であれば、アリアベルに迎合することで解決できるのだが、長年の不信感から中央貴族や、クロウ=クルワッハ公爵の娘であるアリアベルに不信感を抱く ことは致し方ないことと言えた。特にアリアベルは政教分離の大原則を破っており、それと同様に講和条約を踏み躙る可能性が捨てきれず、権利の多くを譲渡す る訳にはいかなかった。

 一歩たりとも譲歩せず、自らの主張を押し通そうとする北部貴族とアリアベル。

 両者の一方が折れるには、政治的、軍事的大被害を受けるしかないが、同時に相手陣営を崩壊させてもならない。

 一方の戦力だけでは、帝国と相対するには不安が残るからであった。

 故に、突破口の見えない消耗戦は続いて往くことになる。

 貴族の中には家族を喪った者も少なくないが、それでも尚、領地と領民を護り、戦い続けるしかないという状況に危機感を抱く者も多い。それ故にトウカがベ ルゲン強襲を成功させたと聞いた時、貴族の喜びようは格別であった。陸海軍との講和であれば探れる可能性があると踏んだのだ。

「家族のようよ……のぅ」

「ああ、僕達は家族だよ」

 エルゼリア侯は、マリアベルの言葉に一瞬、怪訝な顔をしたものの、直ぐに照れくさそうに、それでいて何処か誇らしげな表情となり、マリアベルは鼻を鳴らす。

 紆余曲折はあったが、北部貴族はマリアベルを受け入れつつある。

 元来、中央貴族出身だが、御家騒動の果ての犠牲者ということに対する同情があり、内戦後の弾火薬や兵器の無償供給と、兵站線維持の為の機構構築、積極的な航空支援も相まって、内戦前の様に孤立した状況ではなくなりつつある。

 マリアベルからすると、戦争が下手糞な不甲斐ない貴族を支援せねばならないことに歯痒さを感じているのだが、それを知る貴族はいない。領地防衛に特化し た領邦軍では、正規軍である陸軍の兵站とは雲泥の差があり、それは継戦能力の差となる。これを軽視し続ければ北部が敗北する以上、マリアベルは支援しない 訳にもいかず、元より想定されていたことでもあった。

 敵の兵站線を叩くことを優先し、前線に展開する各領邦軍に対する輜重を途絶えさせない。それが、マリアベルにとっての戦争の一つであった。

「御主は北部の父であろうて。もっと胸を張るがよいぞ」

 北部貴族を一つの家族と捉えるならならば、農聖と呼ばれたエルゼリア侯は、父と呼ばれるに相応しい。その温厚な物腰ゆえに多くの者から慕われており、仲裁や相談を受けることはかつてより多くあった。北部貴族の大黒柱と言える。

 平時であれば間違いなく、名君と呼ばれるに相応しい要素を備えている。

 ――否、名君など生まれぬ方が良い、とトウカも言っておったな。

 名君とは、国家の非常時や危機的状況下に瀕した際、現れる者なのだ。

 後世に語り継がれる名君のいる時代とは、常に流血の時代であった。民衆にとっての真の名君とは、特筆すべき事柄もなく、平時に於いて経済と国力を無難に上方推移させ続ける、名君と呼ばれない者達のことである。

「君は行き後れ……じゃなくて、北部の素直じゃない姉かな?」

「……御主はなぁ」

 失礼極まりない言葉に、マリアベルはエルゼリア侯の髭を引っ張り、己の男運のなさに対する不満をぶちまける。

「そもそも、妾に釣り合う男などそうは居るまいて。それが悪かろう」

「トウカくんを育てて伴侶にしようと目論んでいたのかと思っていたんだけど……狐、龍、狼の三つ巴はないんだね」

 北部貴族の間では、男運のないマリアベルが痺れを切らして、トウカを囲い込み、自分の理想の男に調教……仕立て上げようと目論んでいるのではないかという噂が実しやかに囁かれていた。

 心底、残念そうなエルゼリア侯に、マリアベルは嘆息する。

 傍から見れば気弱なエルゼリア侯だが、他の北部貴族と同様に騒乱や乱痴気騒ぎを好んでいる節があった。エルゼリア領では無駄に多くの祭りが催されてお り、皇国有数の観光地としても有名で、その多くを立案したのはエルゼリア侯当人である。外見とは裏腹にその行動力は侮れない。

「このお祭り男め……」

 吐き捨てるように呟いたマリアベルに、エルゼリア侯が小さく笑う。

 そこで焼けた色の肌をした男が、二人の脇に乱暴に腰を下ろす。

 本来であれば、断りを入れるのが通例であるが、北部貴族の舞踏会ではよくあることに過ぎない。市井の親類の寄合と何ら変わらない風景であった。

 焼けた肌に、立派な白髭。年齢を感じさせる皺がありながらも鍛えられた身体は、一廉の武士であることを窺わせる。

「こ、これはシュトラハヴィッツ少将……どうしたのかな?」

 気の弱いエルゼリア侯は、その威圧感に怯えつつもぎこちない笑みでシュトラハヴィッツ少将に尋ねる。

 噂では子供時代に、二人はいじめっ子といじめられっ子だったらしく、今でも微妙な距離感を保っているとのことであった。ちなみにシュトラハヴィッツ少将曰く「儂がいじめっ子だった訳じゃねぇよ、彼奴(あいつ)がいじめられっ子だっただんだよ」とのことである。

 だが、シュトラハヴィッツ少将は、エルゼリア侯の問いを黙殺。

 そして、あろうことかマリアベルに飛び掛かった。

「ええい、やめぬか! 糞爺ぃめ!!」

 抱き付いてきたシュトラハヴィッツ少将の脳天に肘打ちを加えようとするが、胸に顔をうずめられている上に、身体を弄られて思う様に力が入らない。マリアベルは止むを得ず、隣で呆気に取られているエルゼリア侯に助けを求める。

「この阿呆ぅを何とかせい! ええい、妾の胸に髭を押し付けるでない! 削れたら何とする!」

「うちの娘が、貴様のとこの糞餓鬼に慰み者にされたぁ~~!」えぐえぐと泣く、シュトラハヴィッツ少将。

 名将とは思えない泣きっぷりに、周囲の貴族が思わず距離を取る。いい歳をした筋骨隆々の顔が濃い初老男性の嘆きに、積極的に関わりたい者がいないのは当然と言えた。

 元々、着崩していた着物が更に乱れ、胸元が危機的状況に陥っているのだが、それでもやはり助けに入ろうという者はいない。

 それは、北部貴族の舞踏会に在って、然して珍しい光景ではないという理由以外に、武門として誉れ高い伯爵家のシュトラハヴィッツ少将に腕力で対抗できる者が周囲にいないという理由も少なくない。

「死ぬがいいわッ! 駄犬めっ!!」

 問答無用で股間に肘打ちを敢行して後退するマリアベル。周囲の男性貴族が一様に痛々しい顔をする。

 北部で絶大な影響力を誇るマリアベルに、無礼上等で触れてくる者など限られていた。無論、マリアベル自身が凶暴な女性であったという理由が、近づき難い最大の理由であるということも周知の事実である。

「がぁぁぁッ!! 老人を敬え、莫迦者め! 乳を揉ませろ! 乳を!」

  ――彼奴(こやつ)も胸の大きさが戦力の決定的な差であるなどと嘯く輩に違いなかろうて。

「あ、すまぬ。鞘走った」

 横に座るエルゼリア侯が脇に置いていた曲剣(サーベル)を引っ掴み、抜刀した勢いをそのままにシュトラハヴィッツ少将を薙ぐ。

 床に胡坐(あぐら)を掻いたままの抜刀は無駄が多いのだが、マリアベルは無駄も容赦もなくシュトラハヴィッツ少将の首筋を狙った。

 傍目に見ても不利な体勢からの抜刀でありながら、素早く正確な斬撃であったが、シュトラハヴィッツ少将は、強靭な犬歯で曲剣(サーベル)の刀身に喰らい付いて止めてしまう。この間、瞬き一つ程の時間であり、両者の非凡な戦技が窺える一幕であった。

「おおぅ、相変わらず捻くれた太刀筋だなぁ、小娘」

「所詮は龍にもなり切れなかったヒトの膂力。戦技など如何程の意味があろうかの」

 決して自らの剣技を卑下する訳ではないが、ヒトと然して変わらぬ身であるマリアベルが、生身で天狼の血族に抗うことなど無謀という他ないことを、当人は重々に承知していた。

 シュトラハヴィッツ少将は、相変わらずのマリアベルに破顔すると、マリアベルの頭をその武骨な手で無遠慮に撫で回す。

 マリアベルもベルセリカも、シュトラハヴィッツ少将からすると御転婆娘でしかないという一つの現実に、マリアベルは詰まらなそうに鼻を鳴らす。

 齢四〇〇を過ぎても子供扱いされるのは、長命種の利点なのか欠点なのか、判断し難いところであった。

「おおう、そうだ、マリ公。御前のところの糞餓鬼が、儂の娘に手を出しておるぞ!」

「……アンゼリカかえ? 御主に、それ以外の娘など居るまい?」

 大層御立腹のシュトラハヴィッツ少将に、マリアベルは「歳のせいか惚けておるわ」と呵々大笑する。当然であるが皮肉である。ベルセリカがシュトラハ ヴィッツ伯爵家の出自を持つことは決して秘密にされていることではないが、書籍ヴァルトハイム戦記が出版されて以降は、剣聖ヴァルトハイムの名があまりに も先行した為に、その事実は押し潰されたかのように人々の間から忘却された。

 一節に“某が唯一の伴侶は、時代なる名の化物に殺された”というものがあり、市井の間ではベルセリカという剣聖が天涯孤独であるという印象が広がってもいた。

「この御転婆娘め。良い根性してるじゃないか、んんッ!」

 マリアベルの顔に、むさ苦しいシュトラハヴィッツ少将の右腕が絡み付く。

「全く……女性の扱いを分かっておらぬな。それでは娘に逃げられても仕方なかろうて」

「うわぁ、毒吐くねぇ」

 実際、逃げられたシュトラハヴィッツ少将に対するマリアベルの当て付けに、エルゼリア侯が失笑を零す。

 マリアベルは、近くの床に置かれていた酒瓶を引き寄せるように手に取ると、歯で木栓(コルク)を取り、飲み口に口を付ける。品のない飲み方ではあるが、何処か飲み慣れたた雰囲気を感じさせることもあって絵になる光景であった。

 酒瓶を持ったままに、マリアベルは男二人を見据える。

「座るがよい」

「いや、僕たち座っているんだけど――」

「何が悲しくて行き後れに――」

 口々に不平を述べるエルゼリア侯とシュトラハヴィッツ少将だが、マリアベルの酒癖の悪さは周知の事実である。

「座れ」

「「はい……」」

 廃嫡の龍姫の勘気に、男二人は姿勢を正す。

「まずは、飲むがよい、死に損ない共」

 据わった目もそのままに、半分ほど減ったモルト・ウィシュケの酒瓶を差し出すマリアベルに、男二人は、やれやれと言ったように硝子杯(グラス)を差し出す。

 ――ええい、この際じゃ。トウカのことも言い含めてやろうて。

 酒精(アルコール)によって程よく霞の掛かった思考の中、マリアベルはトウカの今後を踏まえた布石を打っておくべきだと判断する。

 ベルセリカが歴史の表舞台に現れることになったが、マリアベルからすると長きに渡り表舞台を離れていた為に政治的後ろ盾とはなり得ない。元よりベルセリ カは一介の騎士であり、嘗ては一時的に軍の指揮を任されていたに過ぎず、政治的影響力は薄い。そもそも、現在のベルセリカは貴族ですらなく、政治力を行使 できる立場ではない。無理に政治に介入しようとすれば、いらぬ波風を立てることになりかねなかった。

 武門の出身であるベルセリカに、政治を期待するという危険性をマリアベルは理解していた。能力云々の問題ではない。英雄が政治に興味を示すという事象そのものが危険性されるのだ。

「妾の総てを継承する男は彼奴を置いて他に無かろうな。二人には、その時、彼奴(あやつ)を助けて欲しいてな」

 それは、身勝手な願いである。

 マリアベルはその点を重々承知しており、これをあくまでも“嘆願”に留めて、“指示”とはしなかったのは、眼前の二人の支持を勝ち取ることすらできない者が雄飛することはできないであろうという判断からであった。

「まぁ、御主らは断るであろうて。斯様な事は妾も分かっておる」

 何かを言おうとした二人を、酒瓶を手にしていない左手で制止し、マリアベルは儚い表情で微笑む。だが、疲れた様な表情の中に在って、その瞳だけは峻烈に輝き、身を焦がさんばかりの野心を現していた。

 無論、マリアベルは、二人がこの場で押し切られて頷くような人物であるならば、この様な話など持ち掛けなかった。

 トウカは、その軍事的才覚を皇国内に轟かせる形となったが、マリアベルの総てを継承するとなると、政治的才覚と商業的才覚なども必要になる。領地の一切 を統治する領主とは、一つの才覚だけでは繁栄を維持することはできない。本来はそれを補う為に家臣団という領地運営の官僚集団……事実上の行政府を持って いるが、マリアベルはその他者を容易に信用しない性格も相まって、その規模は領地の面積や人口と比しても極めて少数でもあった。

 ――その上、妾の家臣団が、容易く新参者を継承者として仰ぐとも思えぬからのぅ。

 マリアベルが思っていた以上に、トウカの栄達の道のりは平坦ではないことを想像し、波乱の予感を感じた。

「まぁ、彼奴が御主らの力を必要と判断すれば、近づいてくるか、無理矢理にでも協力させるであろうが。第一に御主らを相手にできぬ者が、妾の後を継承することは難しかろうて。違うかの?」

 マリアベルの失礼極まりない言葉に、男二人が苦笑する。

「御転婆娘にそうまで言わせる男たぁ……面白いじゃねぇか」

「遅れてきた恋だねぇ……」

 肯定とも否定とも取れない言葉であったが、トウカに個人的な興味を持ったのであれば目的としては十分であった。

 エルゼリア侯もシュトラハヴィッツ少将も、マリアベルが、トウカを使いこなせばいい、とも、自分で支えればいい、とも言わない。

 二人は理解しているのだ。


 マリアベルの命が長くないことを。


 自身ですらも分らない寿命であるが、年々低下する体力と身体の不調を考えれば、既に限界が近いのではないか、とマリアベルは考える理由としては十分である。二人もそれを知って、マリアベルが継承者を必要としていることを察したのだ。

「気に入らねぇが……確かにできる野郎には違いないか」

「人間種のほうが、ある意味、継承位問題でも揉めないかもね。……もしくはロンメル子爵を継承者にして、トウカ君をその下で活躍させるのもありかな」

 二人の言葉に、マリアベルは頷く。

 実際に決めるのはトウカとミユキに任せる心算であり、マリアベルは既に、トウカの信頼を取り戻すことを諦めつつあった。そして、ならばこそできる限りの自由を与えて活躍させようとも考えている。

「断絶した家を健在だと偽って、その上、その子爵家を改名し、仔狐に継承させるなんてなぁ……」

 シュトラハヴィッツ少将の言葉は間違いではない。

 ロンメル子爵家は、新たに貴族となったと見られているが、行政手続き上では、ローエンスタイン子爵家を継承した上で家名を改名したことになっている。

 実はヴェルテンベルク領……正確にはグロース・バーテン=ヴェルテンベルク伯爵領は、その領地の境界線が極めて不明瞭なことでも有名であった。当然であ るが、行政上では明確な境界線が定められていたのだが、後継者がなく断絶した貴族領や、その強大な軍事力を頼り恭順した貴族などの領地を、長きに渡り自領 として運営し、事実上の併合を何度も繰り返していた。

 無論、後継者が自然といなくなることなど有り得ず、恭順も武力を背景にした恫喝に近かった。南部の難民問題により、天帝や政府、他貴族の意識が逸れてい た時期に行われたマリアベルの水面下での併合政策は緻密にて迅速に、そして大規模に行われた。マリアベルに敵対的だった貴族の悉くが、“不慮の事故”で命 を落とし、友好的であった貴族は恭順を申し出た。

 バーデン伯爵家に、ブライトクロイツ伯爵家、バルトリング子爵家、ノイェンハーゲン子爵家、デマンティウス男爵家……数え上げれば際限(きり)が ない程の周辺貴族領を抱き込み、独裁体制を敷いたマリアベル。自身とセルアノの卓越した領地運営により、厳しい財政状況の併合された領地は逆に繁栄するこ ととなり、領民の生活苦に限界を感じて恭順を自ら申し出た貴族も多い。むしろ、全体の数としてはそうした貴族が遙かに多かった。

 無論、行政上では各貴族家として存在しているのだが、事実上の併合である。軍事的にも経済的にもヴェルテンベルク領の一部となり、低位種では代替わりするほどに長い時間を以てして、人心掌握もそれに応じたものとなった。

 マリアベルは事実上、併合した貴族を家臣団として迎え入れることで政務と軍務面での人材充実を図り、増加した領民数で労働力を飛躍的に向上させ、資源採 掘により莫大な富を生み出した。そして、元はヴェルテンベルクという家名でしかなかったが、現在の規模に至り、グロース・バーテン=ヴェルテンベルクと改 名したことにより、近代ヴェルテンベルク領の形成は”一応“の完成を見た。強いて言うなれば、バルシュミーデ子爵領などを巡る昨今の戦闘も、マリアベルの そうした姿勢の延長線上でしかない。

 ローエンスタイン子爵家も、恭順を申し出た貴族家の一つであった。

 島嶼に過ぎないローエンスタイン子爵家は、然して大きな規模でもなく、年老いた子爵が堅実に領地運営をする長閑(のどか)な 領地であった。しかし、後継者がいない為、死後の領地運営をマリアベルに託したのだ。本来であれば断絶であったが、マリアベルは他の貴族領が行政上は健在 であるように、ローエンスタイン子爵家の断絶も、架空の継承者を作り上げることで政治的には存続させていた。多数決などの場面では貴族家の数が重要となる 為、叶う限りの周辺貴族家の権利を欲したマリアベルだが、それは個人での決定的な孤立を避ける為であった。マリアベルだけであれば、軍事力によって圧倒で きると判断した貴族家もいたかも知れないが、そこに取り巻きの如く周辺貴族家が群がっていれば、政治的には不利を感じずにはいられない。

「天帝陛下より下賜された領地と爵位をなんだと思ってるんだ。畜生の所業だな。酷い女だぜ、一度、マリアベルとか言う女の顔を見てみたいもんだ」

 シュトラハヴィッツ少将が、多分に呆れを滲ませた声音で呟く。

 確かに武力を以て断絶させれば問題だが、各領地の運営は其々の貴族に一任されており、天帝や政府が口を挟む事など滅多とない。寧ろ、南部の経済問題に加え、中央貴族との軋轢から満足に経済支援を行えなかった負い目から、それを黙認する形となった。

 マリアベルは小さく嗤う。

 多くの者が不干渉を決め込むからこそ、マリアベルの強引な手段は誰にも罰されることはなかった。周辺貴族の中で数少ないマリアベルが併合できなかった周 辺貴族であるシュトラハヴィッツ伯爵家の先代当主の皮肉であっても、然したる痛痒を感じるものではない。周辺貴族の独立を護れず、経済を縮小させることで しか自領の独立を護れなかった者の言葉に、マリアベルが心を動かされることはないのだ。

「妾も同名として、まっこと恥ずかしい限りであるのぅ」

 呆けた顔で言い返したマリアベルに、シュトラハヴィッツ少将は嘆息し、エルゼリア侯は曖昧な笑みを浮かべる。

「まぁ、二人は妾の経済支援を忘れていなければ良い。……北部を縦断する高速鉄道(シュタットバーン)高速道路(アウトバーン)の建設も、この内戦が終われば大規模に始まろうて。そして、彼奴(あやつ)公共施設(インフラ)の重要性を理解しておる」

 迂遠な恫喝に、男二人が頬を引き攣らせる。

 マリアベルは、やはり妾にはこれが一番と合っておるわ、とほくそ笑む。今更、情に訴えるほど清廉ではなく、理詰めと恫喝によって繁栄を実現した身であることは周知の事実である。

 北部を南北に貫く様に建設が予定されている高速鉄道(シュタットバーン)高速道路(アウトバーン)の建設費の比率の実に八割はヴェルテンベルク領から供出が予定されており、マリアベルに敵対した場合、その貴族の領地を避けて建設が始まる可能性もある。

「無理に悪人ぶらんでもいいぞ? 俺達が貴様の無法を許していたのは、それが北部の民にとって有益だからだ。俺らに肩肘張らんでもいい……無論、あの糞餓鬼にもな」

 シュトラハヴィッツ少将が、マリアベルの背後に視線を巡らせる。

 そこには領邦軍第一種軍装を身に纏ったトウカが立っていた。

 何をするでもなく、三人の会話が終わるのを待っているといった佇まいだが、一連の戦闘の立役者でもあるにも関わらず話し掛けようという者はいない。

 その硬質な意志を見せる瞳の前に、話し掛けようという気概が霧散するのだ。

 マリアベルは、一瞬だけその姿を目に止めた後、何事もなかったかのように男二人に視線を戻す。

 シュトラハヴィッツ少将と、エルゼリア侯はにやにやと人の悪い笑みを浮かべている。若者のやり取りを眺める趣味の悪い老人といった風体で、恐らくは二人の不仲を知った上での言葉であり、素直になれと言いたいことは明白であった。

 死ねばいいのに。マリアベルは心の底からそう思った。

 寧ろ、トウカをこの場に呼んだのが、眼前の二人である可能性も捨てきれない。二人がそうしたことに気を回す人物ではないことをマリアベルは知っており、眼前の二人と個人的交流があり、友好的な人物に依るものだと悟る。

 ――フルンツベルクめ、彼奴(あやつ)であろうな。……後で覚えておれ。

 マリアベルは、酒瓶を叩き付けるように床に置いて、立ち上がる。

 トウカと正面切って語り合う度胸などなかった。

 マリアベルは自身が成したことに自信を持っているが、トウカはそれを最善だと考えてはいない。領地の繁栄を優先するマリアベルと、敵対勢力の漸減を優先するトウカの目的の違いが明確となった今でも、二人は互いを重要視している。

 共に、相手を切り捨てねばならないと考えつつも、その損失に足踏みしている。

 周囲から見た二人の現状は、正にそれであった。

 現に、トウカはマリアベルから距離を置く姿勢を見せた。その目的は他の貴族との連携を視野に入れてのことで間違いはない。

 共に叶う限り相手に顔を合わせない様にしているのは感情的なものもあるが、主な目的としては決定的な破綻を避ける為であり、互いに敵対的な対応を取られ ない様にとの用心であった。周囲からは不仲であるが、共に相手を必要としており、消極的な協力関係を演出しようとしているのだと見られている。

 しかし、マリアベルの内心では一種の怯えがあった。

 自分から縋っておいた手前、マリアベルはトウカを切り捨てることなど有り得ない。少なくとも当人はそう考えていた。強力な実戦部隊と厳格な徴兵制に裏打 ちされた潤沢な後備兵力を持っていながらも、それらを利用しての戦略的行動を取れるだけの能力を持った者を見い出せなかった以上、トウカは最後の好機なの だ。

 マリアベルは、強力な兵器と高練度の兵士達を保有しながらも、それを以て最大効率の”戦果”を得られる未来予想図を描けなかった。どれ程に軍事力を増強 しようとも、一地方や陸軍、中央貴族には遠く及ばない現状に歯痒い思いを抱いていたのだ。特に中央貴族は名のある高位種が数多くおり、マリアベルの父であ るアーダルベルトも龍へと転化すれば、その戦力は一個軍団に匹敵するとさえ言われている。陸軍は当然であるが、七武五公の総てが同等の戦力として計算でき るならば、それだけで三個軍団……一個軍集団に匹敵する。最早、それは一方面軍の単位であり一伯爵の抗し得る相手ではない。

 だがらこそ、待ち望んだ。軍を最大効率で運用できる“軍神”の到来を。

 奇しくも“軍神”という呼称は、トウカの祖父に冠されたものである。個人の資質のみに依存して武勇を打ち立てる“英雄”に対し、軍を率いて国難を打ち払う者の尊称は、確かに比較すれば色褪せる様に見られるかも知れない。

 ヒトとは、個人によって成された偉業こそを最も尊ぶのだ。

 しかし、所詮は個人。

 英雄と軍神。

 それが齎す戦果は明らかに後者の方が大きく、影響力を持つ。それ故の軍神なのだ。

 あれほどに恋い焦がれ、追い求め、希求した“軍神”が背後で、己を求めている。殺意を持って、であるが。

 マリアベルは、酒精(アルコール)が汗となって頬を伝うことを感じつつ、深く嘆息する。

 後世の歴史家は二人の関係を、こう評した。

 ”装甲姫と異邦人の関係は何処までも打算的であり、そして情熱的であった”と。

 終わりなき主導権争い(パワーゲーム)は、戦場でも政治でも、そして恋愛においても同様であったという歴史家もおり、後の歴史家にとって二人の関係と遣り取りは多くの議論を呼んだ。

 しかし、実情としてこうした側面を持っていたことを知る者は少ない。


「お、覚えておれよ……」


 現実は無常である。

 

 

 

<<<前話  次話>>>