第七六話 廃嫡の龍姫の思惑と女神達の不夜城
「え? 主様に怒られちゃうんですか? 自業自得だと思います」ミユキは即答する。
世の中には避けられ得ぬ悲劇というものが往々にしてあるが、ミユキは態々、自らの足で地雷処理に勤しむ大莫迦野郎を苦労して助けようとは思わない。自ら 苦労の道を歩むのであれば、それは一向に構わないが、その辺りは自己責任で願いたい。それが、ミユキの偽らざる本音である。
「嫌です。私だって怒られたくないです。マリア様の不始末をなんで私が謝らないといけないんですか。そんなお腹も膨れない話は聞けないですからねっ!」
尻尾を振って、しっしと縋り付いてきたマリアベルを振り払う。
だが、マリアベルはトウカの使っていた寝台に飛び込みを敢行して無駄に寝返りを打ち、けしからんと遺憾の意を表現するという暴挙に出た。
「むぅぅぅ、主様の掛布団を触らないでください! あ、臭いを嗅ぐなんてだめです!」
「あほぅ、彼奴の物は妾の物に決まっておろうて。そもそもこの屋敷の主は妾じゃろうが」
掛布団に包まったマリアベルが、餓鬼大将全開な佇まいで近寄ってきたミユキの脛を蹴る。涙目のミユキを一瞥して燐棒を壁で擦り、煙管に火を入れるマリアベルは、呆れた表情を浮かべている。
「ほんに子供よのぉ。それではトウカを閨に誘うことも叶わぬか。……あれに美人の娘でも副官にしてやるべきかもしれんな」
「だ、駄目です! そもそも主様はそんな不純な人じゃないです!」女性の副官など以ての外であるとミユキは唸る。
マリアベルの言い様では、女性副官は明らかに任務外の事情を意図している。トウカも男である以上、断り切れないかも知れないという懸念があった。花街に出入りしているなら美人の副官を望むかも知れないという不安もある。
「男はの、仔狐。どれだけ聖人君子であっても、下半身は別の生物での。まぁ、小娘生娘阿呆娘の御主には分からぬであろうが」
「未婚で手遅れなヒトに言われたくないです! 主様なら私の方が詳しいもん!」
「やもしれんの。しかし、妾は御主より男に詳しい。そして、あれも男であろうて。そう言った欲はあって当然であろうし、戦場から戻ればそう言った欲求は膨れ上がる」
紫煙を吐き、マリアベルが諭すように呟く。
ミユキは、マリアベルの意図を計りかねた。トウカが花街に行った一件を指して、そう剥れるな、と言いたいのかと思っていたのだが、マリアベルが、ミユキ 相手に迂遠な言葉遣いをしているという現状が理解できなかった。何時もは、明朗闊達で高飛車な物言いなのだ。無礼が着物を着ているが如き有様なのだ。
「正直、言うとな。トウカの作戦に吝嗇を付ける真似をしてしまっての。この辺りで少々、機嫌を取らねばならんかのぅ、なぞ考えておってのぅ」
「昇進させたらいいじゃないですか。主様も武門のヒトだから喜ぶと思います」
敢えて言うならば、尚武の国の戦士階級でもあるらしい。
ミユキは、トウカが桜城家をこの世界で再興させるのも悪くない、と言っていたことを思い出す。昇進を重ねればそれが叶うかも知れないので、トウカも悪い気はしないはずであった。
「昇進は妾が何も言わんでも、この作戦が終了すれば出世街道に乗るであろう。北部貴族領邦軍全てを統合し、強大な軍を作り上げ、トウカはそれの参謀総長にする。貴族の娘共も放っては置かんであろうが、火遊びはあれにはまだ早い」
「そ、そんなことしなくても良いじゃないですか!」
そう、ミユキがいる以上、トウカに他の女性が寄り付く必要はない。寧ろ、寄り付かせない。マリアベルとて、トウカに得体の知れない女性が近づいて、軍事を壟断するような可能性を看過するのは思えないのだ。
「近づく貴族の娘も上手く扱えば、あれの力となろう。女を手玉に取れんようでは栄達も限られようて。……正直に言うとリシアという小娘にあれに構うよう指示を出している」
「そんなッ!! 嫌です! 何でそんなことするんですか!?」
既にトウカの周囲に女性を潜り込ませていたらしい。
ミユキは、マリアベルに掴みかかろうとするが、煙管で頭を押さえ付けられる。龍種としての力を発揮できないはずのマリアベルだが、その視線は圧倒的なまでの圧力でミユキを押さえ付けた。
「そろそろ頃合いやもしれん……」マリアベルが着物の裾を翻して立ち上がる。
颯爽とした姿を恰好良いと思ったことがあるが、今は呪わしく思えた。
貴族男性の女性関係がどういったものかミユキは聞いたことがあるが、まさかトウカがそんな立場に置かれるとは思ってもみなかった。それもマリアベルが肯定する側に立つなど、同じ女性として予想すらできないことである。
ミユキは混乱する胸中の中、マリアベルを睨むことしかできなかった。
マリアベルは、どうしたものかと思い悩みながら軍港中央を歩いていた。
――此奴の貞操観念がこれほどに強いとは思わなんだわ。これは一悶着……いや、もう起こっておるか。トウカの為に後顧の憂いを取り除いてやろうと思ったが、問題を大きくしただけであったな。
背後からの射殺さんばかりのミユキの視線にマリアベルは嘆息する。
ミユキに対して述べたことはマリアベルの偽らざる本心である。トウカの舞踏会入りを目論んでいた身としては行き成り目的が頓挫したことに、どうしたもの かと思い悩む。ミユキのトウカに対する感情が独占欲よりも天狐族の特徴からくるものではないかと考えていたマリアベルだが、情で動くミユキは想像を超えて
頑固だった。元より理によって物事を推し進めるマリアベルにとって、ミユキの説得は容易ではない。理屈で動かない相手を、マリアベルは苦手としていた。
「御主はトウカを誰よりも理解しておる。だが、彼奴の力にはなれん」
「それでも主様は、最後には私の下に戻ってきます」
間髪入れずに帰ってきた背後からの返答に、マリアベルは頬を引き攣らせる。
それを理解しているならば、少しくらい手綱を緩めるはしても構わないのではないかと思わなくもないのだが、ミユキはそれを頑としても認めない。そんな状況だからこそ、トウカが花街をふらついた程度でこれほどに話が拗れているのだ。
「まぁ、良い……今日、ここに御主を連れてきたのは、あの船に乗せる為に他ならん」
煙管を右手で弄び、マリアベルは仔狐へと向き直る。
驚いて狐耳をせわしなく動かしているミユキの横に並び、二人は再び歩き始める。
眼前にあるのは巨大な一隻の輸送艦だった。
艦首に描かれた〈ブランデンブルク〉という艦名からわかる通り、ヴェルテンベルク領邦軍が運用している〈エルトブルク〉型大型輸送艦の流れを汲む輸送艦 であった。付近で艤装中である〈剣聖ヴァルトハイム(Waldheim der Schwertmeister)〉型戦艦の二隻と比較すると小ぶりではあるものの、輸送艦として皇国有数の排水量を誇っている。
軍艦に何の用があるのかと訝しむミユキを宥めつつ、マリアベルは昇降用の舷梯を登る。
上甲板は、まるで運用されていないか様に小綺麗な状態を保っており、積載物の搭載を行ったことのあるような形跡は見受けられない。遠目には新造艦と見えても不思議ではないが、それはこの艦が輸送艦として運用されていないからであった。
上甲板に人影は見受けられない。
「ふむ、徹底しておるな。感心、感心」
煙管を手摺りに叩き付け、灰を海に捨てる。
マリアベルは煙草を煙管に押し込み、右手で一回転させて遠心力で押し込むと、何もない前へと差し出す。首を傾げるミユキだが、突然に煙管の先に火が灯り、驚く様を見て、マリアベルは満足する。
「ワルター……あまり、人を驚かせようとするは感心せんの」虚空に語り掛けたマリアベル。
それに応じる者がいた。
「これは申し訳ないことを致しました。御許し頂きたい、ヴェルテンベルク伯に仔狐殿」
右手を己の胸に当てて慇懃に一礼する第一種軍装の男。
今一度周囲を見渡せば、小銃を手にした野戦服の兵士達が静かに佇んでいた。その数、一個分隊。それは、決して多い数ではないが、魔導の気配に敏感なミユキにも気取られなかったことから、その練度の高さを窺わせる。
「情報部第九課、ワルター・レッケンドルフ大尉です。仔狐殿、以後お見知り置きを」
「えっと、此方こそ宜しくお願いします?」
ミユキの首をかしげる気持ちも分からないでもないマリアベルは薄く笑う。レッケンドルフは公式では存在しない領邦軍士官であり、この場にいる兵士達も公 式記録上は存在しないこととなっている。そもそも情報部は第八課までであり、第九課は公式記録上実在しない。情報部で下働きをしているミユキは、それを 知っているのか、レッケンドルフを胡散臭い目で見ている。
「さぁ、艦内に入るかの。大尉、此奴がこの艦の継承者での」
「それは……」
今度はレッケンドルフが、ミユキを胡散臭い目で見る。そして、ミユキが自身を胡散臭い目で見るので際限がないと、マリアベルは二人を艦内へと促す。同時に、艦が曳船に曳光されて岸壁を離れ始めるが、大型艦ゆえか揺れも少なく、気にする者はいない。
そして、分隊を率いて三人は艦中央へと進んだ。
ミユキは戸惑っていた。
トウカの女性関係について言及されたと思ったら、次は輸送艦に連れ込まれてフェルゼン沖合を航行していた。まさか、船上のヒトになるとは思わなかったの で、ミユキとしてはただ驚くしかない。鋼鉄の艨艟達が停泊するフェルゼン軍港を抜け出した輸送艦は、沖合を輸送艦とは思えない力強さで航行している。高波
を鋭角な艦首で引き裂き進む姿は輸送艦とは思えない。ミユキも然して詳しい訳ではないが、輸送艦は商船と同等程度の性能だと聞いていたので驚きを隠せな かった。
――特別に作られたお船さんなのかなぁ。
ヴェルテンベルク領邦軍の編成を一通り情報部で教えられたミユキは、個性的な海上戦力が多いことを知っていた。他の貴族領の海上護衛や救難まで請け負う ヴェルテンベルク領邦軍は、貴族の保有する軍としては、極めて大規模な海上戦力を保有している。内訳としては、重巡洋艦四隻に軽巡洋艦六隻、駆逐艦二一隻
を中核として、哨戒艇や水雷艇、掃海艇、砲艦、河川砲艦を多数保有した強力な水上打撃戦力であった。ここに艤装中の二隻の戦艦が加われば、ケーニヒス= ティーゲル公爵家の水上部隊に匹敵する海上戦力となる。
無論、それすらも公称であって、ヴェルテンベルク領邦軍は、更に多くの水上戦力を保有している。それは、マリアベルの陰湿極まりない隠蔽手段によるところであった。
火砲を取り外し、上部構造物を木造で艤装。商船登録までした上でシュットガルト湖上に係留。内戦という有事が始まると擬装を解除し、各種火砲を搭載。短 期間で再就役させるという奇策である。確かに、当初就役した時点では火砲を搭載しておらず、戦闘艦の定義には当て嵌まらないので兵力制限には抵触しない。
方便を捏ね繰り回した遣り口に、聞いた際のミユキは開いた口が塞がらなかった。
約束や条約、取り決めは抜け穴を見つけることに意味があると嘯くマリアベルだが、それを支える者達はマリアベルに肯定的だ。自らの領地の利益の最大化を図ろうとする領主に否定的であるはずもなかった。造船業界支援という思惑もあって軍需産業も乗り気だった。
北部というよりも、ヴェルテンベルク領という土地に反骨精神溢れる集っている様な気がしてならないミユキ。
それは、マリアベルが統治者であるが故か、或いはヴェルテンベルク領であるが故か。恐らくは、どちらもが正しいのだろう。反骨精神溢れる両者が結合したが故の発展にして内戦なのだ。
多種多様な分野に手を伸ばし、他者と比較し、勝利しようとする。それが研鑽に繋がる。
だが、流石に手広過ぎるのではないか? ミユキにはそう思えた。
例えば、この輸送艦にしてもそうである。
「色々任されるとやっぱり色んな船が必要になるのかな?」
「任されると言えば聞こえが良いがの。内情は誰もやらんから妾の軍がやっておるだけに過ぎん。船舶航行に難があれば商業に響くでのぅ」
ミユキの独り言に、背後から現れたマリアベルが応じる。
何故か、着物のままに軍帽を被ったマリアベルは、煙管を燻らせて、ミユキの隣に立つ。
二人が立っているのは、輸送艦の艦橋上に位置する哨戒甲板で、エルネシア連峰から吹き荒ぶ寒風が二人の服を大きくはためかせていた。
結局のところ、マリアベルは有象無象に信を置かない。否、偏執的なまでに警戒している。
それが総ての分野を自領で賄うという体制を実現させた。
哀れなことだとミユキは感じたが、隣のマリアベルの表情には一点の曇りもない。寧ろ、満足げですらある。
「この艦は輸送艦などではない」
「高速輸送艦?」
ミユキの言葉にマリアベルが首を振る。
ヴェルテンベルク領邦軍の艦艇は総じて、運用されるべき任務に対して必要以上の速力が発揮できるように計画時から設計されている。機動力を重視するマリ アベルだが、開けた海上では有利な配置に付くにも撤退するにも速度は極めて重要で、その点を重視したからこそ高機動海上戦力で統一されている。それが公式 見解である。
無論、実際のところは演習時に、搭乗していた砲艦の速度が遅い、とマリアベルが大激怒したことが発端であるのだが、体裁を取り繕ってそれは秘されてい た。否、というよりも、当時の艦艇勤務者達が、その点については一様に口を閉ざすという怪現象の為、事実関係を知る者は極限られている。
「見せてやろう。この艦の正体をの」
マリアベルは、手摺に煙管を強く叩き付けて灰を捨てると、いつの間にか現れたレッケンドルフが恭しく一礼して、マリアベルの言葉を待つ姿勢を取る。穏やかな笑みを浮かべているその姿は、軍人と言うよりも老執事に近く、片眼鏡を付けている上に、カイゼル髭と顎鬚も相まって間違っても軍人には見えない。ミユキは情報部で御茶汲みをしているが、レッケンドルフの方が適任ではないかと思えるほどに執事である。
「本艦の役目を仔狐に見せてやる。案内を頼む」
「宜しいので?」
「諄い。国家百年の大計ぞ」
そこで一番驚いたのは、レッケンドルフではなく、ミユキだった。まさか自分の話が国家の大計にまで及ぶのだろうかと不安になる。そこで思い出すのは、やはりトウカであり、国家と深く関わるのは宿命なのかと思わざるを得ない。
「此奴は、サクラギ中佐の恋人でな」
「権力を分散させねばならないと? サクラギ中佐は、それほどに不安定なのですかな?」
「阿呆ぅ、逆じゃよ、逆。あれにこれを渡してしまうと、経済でも戦争を始めかねん。確かにあれなら勝てるであろうが、皇国の経済基盤など斟酌してはくれまい」マリアベルが嘆息する。
ミユキは、マリアベルの言わんとしていることを朧げに察した。
トウカは極めて急進的な性格をしていると言えるが、一番の問題はそれを理解していても、それに対する不満を宥めようとしないことにあった。寧ろ、何処か で聞いた独裁者と同じやり方で、不満を特定の人物や集団へと逸らして、不満を統制しようとする気配さえ見せている点は、ミユキにとっても不安に感じる点で
ある。不満は泥の様に蓄積し、何処かで己の脚を捉えて力を制限するのだ。容易に逸らせるものではない。
「あれは妥協を知らん。不満が出れば逸らせばいいと思っておる。それは正しい……じゃがの、違うのだ。それでは長くは持たん。この艦を与えてしまうと、その傾向に拍車が掛かりかねんのだ」
「畏まりました。そうまで言われるならば致し方ないでしょう」レッケンドルフは興味深げに頷く。
マリアベルが、トウカに対して全幅の信頼を置いていると、ミユキは思っていたが、この様な不安を抱えているなど思いもよらなかった。
「それ故にトウカの副官候補を今回の作戦に潜り込ませた。あれは政治や人の感情の機微にもそれなりに聡い。……まぁ、トウカと同じで斟酌せんが。参謀気質なれば、あれの不安な点を補おうとするであろうて」
「え!? やっぱり副官付けちゃったんですか!?」
「ええい、喚くな! これも御主がトウカを支えきれんからじゃ! この阿呆狐め!」
ぎゃぁぎゃぁ、ととっ掴み合いを始める二人を呆れた表情で見つめるレッケンドルフ。
ヴェルテンベルク領邦軍水上部隊は、今日も平和だった。
「成金趣味です、気持ち悪いです」
ミユキの端的な感想にマリアベルは「同感よのぅ」と笑う。
眼前に積み上がる金貨の山を見て、マリアベルは心底同意する。この場に来る度に、マリアベルは自分がどうしようもなく汚い人間に思えてしまうのだから、 ミユキが同じ感想を抱いても致し方ないことであった。大概、外道と呼べることを率先してきたマリアベルだが、こればかりは目にする度に気が重くなる。
「出来栄えに翳りは御座いませんぞ」
「妾の心に蔭りができそうよな」マリアベルは快活に笑う。
眼下では、本来ここにはあってはならないはずの機械が稼働して金貨を吐き出している。賭博場のようにも思えるが、製鉄を担う溶鉱炉や半自動鋳型、魔術陣転写機なども鎮座し、艦首側から艦尾側へと、流れ作業のように黄金を作り出していた。
「金貨を……作ってる?」
ミユキが聳え立つ機械を見て、呆然と呟く。
そう、作っているのだ。
《ヴァリスヘイム皇国》の制式採用硬貨の主要なものの中でも、最も高価な金貨を“製造”しているのだ。無論、皇国に於ける貨幣製造は、皇国中央に位置す る独立行政法人である造幣局が一手に引き受けていた。貴族や政府からも一線を画し、自前の造幣局大隊を保有して、その防衛まで自前で担っていることからも
その独自性が窺える。そして、金銭の偽装に関しては極めて厳しく、以前、皇都の商家に於ける貨幣偽造が発覚した際、警務庁を押し退けて造幣局大隊が商家を 強襲するという珍事まで起こるほど。その後、商家の処遇を巡って皇都警務隊とも衝突していた。銭造りに生命を駆ける酔狂者の集団なのだ。
「これって、貨幣の偽造なんじゃ……それって悪いことですよ!」
「ふむ……では、これが贋物だと誰が見極める?」
マリアベルは、レッケンドルフから手渡された金貨を、ミユキに投げて寄越す。それを受け取ったミユキは、その金貨を見て、むぅぅぅぅ、と唸る。
「贋物の定義にもよるがの、ここにある貨幣製造機は紛れもなく本物ぞ」
貨幣製造は長年、マリアベルにとって悲願であった。しかし、偽造に関しては露呈した場合、商業活動に著しい不利益を生じることは疑いなく、中央貴族の介入すら予想された。故にマリアベルは実物と同様の偽造金貨を求めた。
そこで孤児院の就職先に造幣局を紹介することで、マリアベルの影響下にある者達を造幣局を徐々に侵食させていった。それは五〇年越しの計画であり、長命種だからこそできた計画でもある。
そして一二年前、好機が訪れた。
貨幣製造機の製造企業選定である。
造幣局は皇国の貨幣製造を一手に引き受けているが、その貨幣を製造する機械の製造までを行えるほど大規模ではない。機械製造の場合は、極めて大規模な施 設と人員を必要とする。材質の選定から設計、そして組み立てに生産管理、製造後も保守点検や消耗品製造を続けなければならない。
マリアベル隷下のヴェルテンベルク領は、その時点で領内外で派手な商業活動を行っており、その一環に見せかけて貨幣製造機の設計開発の入札に参入した。 マリアベルは兵器開発や重工業化を推し進める配下のタンネンベルク社に、新規魔導技術による偽造防止の提案などによる積極的な宣伝をさせたのだ。その上、
造幣局に入局していた、マリアベルの影響下にあるヴェルテンベルク領出身者によって、タンネンベルク社の入札が有利に進むよう最大限の便宜を図った。これ は、造幣局大隊の装備更新時の優遇を、タンネンベルク社を通してマリアベルが行っていたことからもその力の入れ具合が窺える。
結果として、タンネンベルク社は入札に成功した。
後ろ暗い遣り取りと談合、贈収賄は無数とあったが、元より孤立状態のマリアベルには系月など然したる意味を持たず、また証拠や隙を見せるほど無能でもない。
元より、想定入札価格を知っていたことに加え、タンネンベルク社を選定した造幣局の人間自体がマリアベルの息の掛かった者であり当然の結果と言えた。
そうして、貨幣製造機の生産をマリアベル隷下のタンネンベルク社は請け負った。それを利用して二年の時間を掛け貨幣製造機を開発製造し、そして造幣局へ 受け渡した。だが、その時点で複数台の貨幣製造機が製造され、一部が輸送艦へと搭載される。そして、シュットガルト湖上で、皇国正式採用金貨の生産が始 まったことなど誰も気付きもしなかった。
「贋物では意味がない。無論、運用も船舶建造や商業活動に少しずつ水増しする形で投入していった」
「だからヴェルテンベルクはこんなに繁栄しているんですか?」
ミユキの言葉にマリアベルが首を横に振った。
金銭というものにマリアベルが固執したのは、決して私腹を肥やす為ではなく、金銭が寂しがり屋で、仲間が集まる者のところへと群がる性質を理解していた からであった。そして、それに釣られてヒトもまた集まる。トウカがフェルゼンに訪れてからは、周辺貴族の抱き込み政策の一環として、ヴェルテンベルク領周
辺の別の貴族領の交通整備などにも蔭ながら運用され、北部領民の購買意欲を促進させて経済を活性化させるなどの手段も講じられた。これは、機甲戦力の運用 と輸送網の構築を意図したことであるが、マリアベルの基本政策の転換をも意味しており、その動きを見逃すまいと周辺貴族はヴェルテンベルク領に注目してい た。
そういった理由もあり、マリアベルは人口こそが力となると信じていた。
人口が多ければ、工業や農業に従事する者も増大し、それは強大な軍を維持する基盤となる。軍を強大にするならば、まず何よりも、それを支える基盤を強大なものとならしめねばならない。軍だけが強大であったとしても、それを維持する基盤が伴わねば軍の統制は難しくなる。
「金が集まればヒトも集まる。それに応じて社会基盤を整備し、法を整備する。それが妾の役目であり、予定であった……あと、五年。五年あれば北部を糾合して、正面から堂々と中央貴族を敗れたものをのぅ」
それは、マリアベルの偽らざる本心であった。
他の北部貴族領は人口減少に悩んでいたが、ヴェルテンベルク領に限っては例外で、凄まじい勢いで人口増加していた。経済が閉塞しつつある皇国に在って、 船舶建造と資源開発という大規模な商業活動ゆえに、労働者の働き口に余裕があったからであり、マリアベルの思惑通りであった。
そして、労働者受け入れによって生じた、人口の爆発的増加に伴う社会基盤の整備に、製造された金貨は大量投入された。
「どちらにせよ、時は足らなんだが、な」
そう、時間など残されてはいないのだ。
製造の続く金貨を見て、マリアベルは遣る瀬無い思いに包まれる。
どれだけ多くの金貨と軍備を手にしていても叶わないものがある。それを思い知った瞬間、マリアベルはやはり何処かで諦めていたのだ。全てに。
だが、トウカが現れた。
だから、もう一度、夢を見てやろう。そう、思えたのだ。
あの野心と猜疑に満ちた不可思議な瞳に、マリアベルは魅入られた。その瞳が若き日の己に似ているようで、言葉にはできない激情に駆られ、運よく興味を引くことに成功した。
「継承者、来たり」
マリアベルは今一度、嗤う。
「美味しいです……」
ミユキは、鳥の揚物を口にして感想を口にする。
思わず顔を綻ばせてしまうほどに素朴な美味しさに、口を突いて感想が出てしまうが、余りにも意外だったこともあり、気付いたのは口にしてからだった。
「そうか、美味いかの。まぁ、力を入れておるからの」
快活に笑うマリアベルは、無駄に大きい朱塗りの盃の米酒を一息に飲み干すと、赤みの射した顔で、神州国建築の粋を凝らして造られたであろう一室の手摺に凭れ掛りながらも、眼下の風景を眺めていた。
釣られて見たミユキは、その風光明媚な光景に再び感嘆の声を上げる。
すっかりと深夜になってしまったが、煌びやかな電飾と風流な装飾の成された数々の神州国の建築方式を模した木造建築物の数々は寄り添いあい、夜なき街の如き呈を成していた。
闇夜に浮かぶ美しき誘蛾灯。ミユキにはそう思えた。
ここは娼館を密集させることで、権益に群がる非合法組織を統制、乃至効率的に排除することを目的として整備された娯楽区画である。そして、驚いた事に、ここはシュットガルト湖上のバイルケ島という島で、そこは完全な商業区画として独立していた。
別名を“女神の島”と言い、元の名を知る者より、其方の名で呼ばれることのほうが遙かに多く、そちらが一般的な通り名であった。
そう、娼館の密集区画なのだ。
その “女神の島”で最上位の質を誇り、一番高い立地に建設された娼館の最上階から、二人は島を見下ろす。
不夜城。
最初、輸送艦から、この島を見たミユキの感想はそれであったが、それは寸分違わぬ事実であり、この“女神の島”は実際に眠らない。
あの光源の下で、娼婦達は着飾り、輝き……咲き乱れているのだろう。
マリアベルの朱塗りの盃へと新たな米酒を注ぐ娼婦を見て、ミユキは複雑な表情を浮かべる。ミユキも女性であるが、最愛の人以外と身体の関係を持つことなど及びもつかないことであり、断じて納得できないことであった。
しかし、その必要性は理解してもいた。
これはマリアベルも知らないことであるが、ミユキとて皇国内を自由気儘に旅していたので、限りなく闇に近い部分をそれ相応に見ることがあった。だが、例 え娼館が借金まみれの女性達を囲い込み、使い潰すことによって成り立っているとしても、それがなければ借金取りに追われる女性達の運命は、更に悲惨なもの
となっていただろう。ある意味に於いて娼館という存在は、首の回らなくなった若い女性の受け皿となっている側面があり、そこにいる間は少なくとも必要最低 限の生活は保障される。一応、皇国憲法の労働者の生命と最低限の生活を保障するという建前がある以上、非合法な娼館でもない限りは必要以上の不遇を強いら れることはない。
緩やかに廃滅を待つ鳥籠。
ミユキには、そう思えた。こんなにも楽しくも美しい世界を旅できないというのは耐え難い事実であり、断じて認められない。例え華美に着飾り、夜の女神と持て囃される立場に在ったとしても、その一点だけで全てが台無しにされる。
マリアベルの左右にいる娼婦は、ミユキと然して変わらぬ背格好の乙女だった。二人は犬種と猫種なのか、それを示すかのように特徴的な獣耳と尻尾を持っており、それらは楽しげに揺れていた。
「不愉快です」
「思っても口に出さぬが乙女であろうて。……まぁ、彼奴も御主を風と称しておったでな。風は一か所に留めておくことなどできぬか」
マリアベルが声なき苦笑を、米酒を煽ることで呑み込む。
「領主様、この御狐さんは新しい子なの?」
「違うよ~、耳の先が黒いから天狐様だよぉ。お祈りするとお金が集まるんだよ?」
好き勝手に己を評価する二人の娼婦に、ミユキは呆れと関心の混ざった視線を向ける。
何処かの石造の御利益の如く不躾な物言いと、ミユキを初見で天狐だと看破していた点に、目端が利くのか、ただ不躾なだけなのか判断に迷う。
ミユキは、“女神の島”に連れてこられた時の様に、この島に否定的な感情を抱いている訳ではなかった。旅をしている中で、色々な娼婦や娼館を見てきた が、“女神の島”には人々の欲望が集まる場所にあるにも関わらず、人々の顔には一切の翳りがなく、闇の臭いもしない。それはミユキにとって初めてのことで あり、端倪すべからざる事実と言えた。
現に“女神の島”に住まう女神達は実に楽しそうに夜の蝶として振る舞っている。
これは、“女神の島”自体が、ヴェルテンベルク伯爵家の直轄であり、一つの娼館のみを使って私腹を肥やす必要がなく、娼婦達が稼いだ金銭はその半分が彼 女達自身のものとなるからであった。本来、娼館の経営者というのは、娼婦を使い潰すことで利益を上げる方法を選択することが普通だが、マリアベルは“女神
の島”全体での商業活動を行っている為、一部の損失を全体で補うことができた。ヒトが集まるということは、それだけ商業の好機があり金銭が動く。しかも、 酒精が入り、横には美しい女性が侍る以上、男性達の財布の紐が緩くなるのは当然と言え、それを狙った飲食業や露店は、割高の税を払ったとしても十分に利益 を得られる。
そして、普通であれば娼婦は娼館と従属契約を交わしており、通常は外出などが禁止されるのだが、女神の島の娼婦達は申請を行えば自由気儘に街中を歩き、 島から出ることさえもできた。寧ろ、”出張娼婦”という自宅まで指名した娼婦が送迎されてくる商法に発展し、それが新たな人気を呼んでいる始末である。商 魂逞しいにも程があった。
寧ろ、見目麗しい淑女達が貴族令嬢の如く着飾る様は、“女神の島”の娼婦の質を宣伝する効果と、水商売に対する忌避感の大部分を払拭した。現に“女神の 島”は現在の形を形成して五〇年近い時が経過し、それに伴い皇国中に名を轟かせ、少なくとも皇国北部に於いては娼婦の職業的地位は大きく向上している。
だが、ミユキが最も驚いたのは、娼婦に客を選ぶ権利が与えられていたことだ。
客は娼婦を選択し、金銭を払い部屋に連れ込むのが普通だが、“女神の島”では娼婦もまた客を選ぶのだ。それはつまるところ娼婦が、娼婦でありながらも閨 を共にすることを強制されていないということに他ならならず、逆に娼婦が金銭などを目的ともせず、男性客を閨に誘うことすら許されていた。
「こんなやり方でよく儲かりますね。私にはお金儲けってよく分からないですけど、こんなやり方じゃお金が無くなると思います」
「逆じゃ、仔狐。巷の女と同様の権利を持つ娼婦だからこそ……気高さと矜持を持つことが赦された娼婦だからこそ人気が出る。素気無く断られても次は気に入られるだけの男になって訪れよう、そう思う男共は幾度でも訪れようて。安い女なぞここには居らぬ」
ミユキは、分かる様な、分からないような複雑な気持ちを抱いた。
だが、気高くとも、動かねば己の自由と安寧を得る為の資金が手に入らない。葛藤や苦悩という複雑な感情こそが女性を最も美しく魅せるという意見があるが、女神の島はそれを体現した場所なのかも知れない。
「それでも儲かるんですよね? 私には分からないです」ミユキは正直な感想を述べる。
娼館は娼婦を消耗品として扱う事で利益を上げるのではないか、という固定観念は容易に拭い去ることはできない。仕組みの理解できない商業形態に、ミユキは首と尻尾を傾げるしかなかった。
「分からぬか、分からぬであろうな。……あれを見よ」
マリアベルは、犬種の娼婦に煙管を揺らして指示を出す。
ミユキは差し出された単眼鏡を手に取ると、マリアベルが煙管で指し示した一角を、単眼鏡を使って覗き見る。先程から人だかりができていて気になっていたので、渡りに船とその辺りを見回すミユキは、その光景を見て首を傾げた。
「あれは……」
「この島で一番、娼婦共に好かれておる男でな。まぁ、妾もアレの若い頃には心を動かされたことがあったがの……」
懐古と諦観の入り混じった声音でマリアベルは呟く。
単眼鏡で人だかりの中央に立つ男性を見て、ミユキは絶句する。
それは老人だった。
神州国の民族衣装でもある呉服を身に纏い、その上から長外套を羽織った好々爺。
「あれって、フランドール・アーベルジュですよね?」
北部に於ける英雄は複数存在するが、その中でも剣聖ヴァルトハイムと比肩し得る知名度を誇った英雄がいた。
勇将フランドール・アーベルジュ。
それはヴェルテンベルク領出身の人間種で、以前のエルライン回廊防衛戦で最も苛烈に勇戦し、敵に対しても慈愛を見せた稀代の名将。剣聖ヴァルトハイムが 歴史上の英雄として人々の記憶に留められているのに対してアーベルジュは、約二〇年前の対帝国戦役時に実際に活躍した指揮官だった。人々の記憶にも新し
く、そして何よりも戦役終了と同時に、役目を終えたと述べて、何一つ対価を貰わずに退役した引き際の鮮烈さから人々の印象に大きく残ることとなった。そし て、それをマリアベルが宣伝材料に領邦軍増強を一段と強化し始めた事は有名であり、それが理由で皇国北部貴族に兵数制限が課せられたことは歴史の皮肉であ る。
「あれ程に年老いても尚、その佇まいは女神達を引き寄せる。……御主には、どうしてもこれを見せねばならんと常々、思うておった」
多くの娼婦を引き連れて石畳の路地を歩くアーベルジュを視界に収め、マリアベルが複雑な表情を見せる。龍としての権能を振るえないマリアベルには、遠くのアーベルジュは小さな影にしか見えないはずだが、その瞳はただひたすらに小さな影を捉えていた。
「恋に年齢など然したる意味を持たぬ。そして、佳い男は乙女達の想いを受け止め、其々を納得させる度量を持たねばならん。そしての、それは義務に他なら ん。それは何故か? 決まっておる。己に恋した乙女たちを納得させて、新たな恋へと肩を押してやる為……まぁ、フランドールにはそれができなんだが」
ミユキは単眼鏡を、マリアベルに手渡し黙って頷く。
そして、マリアベルが己をこの島に連れてきた理由の一端を理解した。
「主様が女性を失望させない様に、ですか? それって実体験?」
それだけではない、とミユキは考えていた。
恋に年齢など然したる意味を持たぬという言葉は、迂遠に種族によって生じる年齢の違いなど関係ないのだと言っているようで、ミユキは遠回しに励まされている気がした。
「……話が逸れたの。うむ、何であったか……おおう、そうよな。確か儲けの話であったかの」
話を全力で逸らさんとするマリアベル。
アーベルジュの話を聞かれることを懸念したのか、マリアベルの表情に酒精以外の赤みが射す。ミユキとしてはその点も気になったが、トウカを女性に馴れさせようと腐心するその姿に懸念を抱いてもいた。
――むぅ、もしかしてマリア様は主様を諦めていない?
マリアベルとトウカが出会った当初、子供が互いに意見をぶつけ合うかのように話している二人を見て、ミユキは二人は似た者同士であり、惹かれ合うのではないかと懸念した。しかし、それはマリアベルがその気配を潜ませて、戦地に出したことで霧散したのだ。
「実はの、フランドールは女子を抱きに来た訳ではない。そもそも、あれも歳であろう。腹上死なぞ笑えんわ」
何故、“女神の島”は娼婦を厚遇しても尚、利益を得られるのか?
「フランドールは娼婦達と派手に酒盛りをして、翌朝には悠々と外套を翻して帰りおる」
娼婦達を夜の蝶として求めないのだ。
そんな客はこの“女神の島”には多い。
「分かるかの。全てはここの女子達が“女神”として相応しき気高さと包容力を持っておるからに他ならん」
集められた娼婦の質を最大限に引き上げる。
そして、男達の求める”女神“には無数の種類が在れども、この”女神の島“に赴けば必ず自分だけの”女神“を見つけられるという事実を以てして、この奇蹟の島を成立させているのだ。
娼婦という枠組みに留まらない付加価値を与えることで商品価値を向上させる。
マリアベルは有能であるが故に“商品”の質を向上させる事に一切の妥協をしなかった。
「御主にとって、トウカに娼婦や他の女子が近づくのは好ましいことではないかもしれん。じゃがな、女を知らぬ佳い男は、多くの女を不幸にする。あれはそうなってはならん。妾のような老害を量産する訳には行くまいて」
今にして思えば、妾の周囲には佳い男が仰山おったの、とマリアベルは寂しげに笑う。
ミユキは悟る。マリアベルは、どうしようもない程に破れ続けたのだ。
自身が不器用だった為か。
相手が顧みなかった為か。
双方が未熟であった為か。
ミユキには分からないが、そのどれもが欠けていても恋とは成立しない奇蹟なのかも知れない。トウカとミユキの出会いは偶然であったが、それ以上にこうして二人の縁が続いている事は何よりもの奇蹟ではないか、そうミユキには思えた。
「私は主様を繋ぎ止められるかな……」
「それは、あれの歩む道次第。そしてそれを叶えるかは御主次第」
卑怯な言い方です、とミユキは溜息を吐く。
そして深々と一礼する。
「私の負けです……。私だけじゃ主様を、主様を慕ってくれる人達を救えない」
心の底からそう思った。
ミユキには、トウカの女神となる自信がなかった。多くの男性を知る訳でもなく、トウカの隙のない振る舞いは、ミユキに対しても同様であったからである。 そして、トウカの心が決して強靭なものではなく、歪な土台の上に形成されていることを、ミユキは朧げながらに察していた。
――心を癒す場所がいるのかな、主様には。
ミユキは今はまだ、それができる自信がない。そして、マリアベルはその役目を負わないと、この場に着たことで暗に示すどころか、それを可能とする者達まで見い出してくれた。或いは、ミユキは直接見ないと納得しないとの配慮だったのかも知れない。
それは、酷く失礼であり、不器用で……優しい配慮。
「でも……」仔狐は諦めない。
――何時の日か主様の女神になって見せますから。
ミユキは、不夜城の如き島を見て深く頷いた。
女神の島は三重県の渡鹿野島(何十年前)を参考。
あの島のような面倒なルールはありませんが。
げ、現地調査は作者もしていませんよ!