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第九三話    バルシュミーデ子爵領攻防戦 後篇

 

 

 
「〈エルトリンゲル〉は砲戦能力半減、〈ロルトリンゲル〉も火災を生じ、缶室(機関室)への浸水も確認されているとの事です」

 首席参謀の言葉に、シュタイエルハウゼン分艦隊司令官であるシュタイエルハウゼンは鷹揚に頷く。

 シュタイエルハウゼンは〈フライジング〉型巡洋戦艦〈ガルトジング〉の戦闘艦橋で、ヴェルテンベルク領邦軍の異質な技術に思いを馳せていた。自身が指揮 している戦闘艦橋も〈剣聖ヴァルトハイム〉型戦艦と同様の投影式戦闘指揮所であり、それがヴェルテンベルク領で開発された産物であることも聞き及んでい た。

 ヴェルテンベルク領のみならず、北部全体が皇立魔導院の影響下にないのだ。

 皇立魔導院は初代天帝が設立した魔術大系の編纂と効率化、改良を目的とした組織で皇城府の管轄下にありながらも半ば独立した状態での運営が続いている。 現在の皇国軍で運用されている戦闘魔術だけでなく、民間で流布している魔術なども皇立魔導院によって形作られたものであり、それ以前は種族や民族毎に違う 術式や魔術陣、媒体を利用していた。近代国家として《ヴァリスヘイム皇国》を成立させるに当たり、初代天帝はそれらの統合を意図して皇立魔導院を設立した が、その地位が近年揺らぐ大事件が起きた。

 皇国陸軍主力歩兵小銃の採用である。

 魔導国家として隆盛していた皇国は他国が単発式小銃を採用しても、それらに目を向けることすらなかった。それほどに魔導技術が圧倒的であり、殺傷効果と 有効範囲が優れているという点が大きかった。魔導資質に優れた者が圧倒的多数を占める皇国特有の軍編制は他国には真似出来ないものであり、全軍に魔導杖を 配備し、歩兵の柔軟的運用に於いては他国の追随を許さないものがあった。

 しかし、銃火器の速射性と射程が向上し、野砲の威力と射程が増大し始めると状況は変わり始める。

 特にエルライン回廊を巡った帝国との会戦は、限定空間であることも相まって火力が集中し易い傾向にある。結果として魔導障壁の許容量を超える火力が集中することとなり、第一二次エルライン回廊防衛戦で大被害を蒙ることとなった。

 限定的ながらも魔術優位の軍事的原則が崩れたのだ。

 それは魔導国家《ヴァリスヘイム皇国》にとって青天の霹靂であった。

 皇立魔導院も魔導障壁の強化という対策を打ち出したが、既に四〇〇〇年をも超える改良が続けられていた魔術に基礎能力向上の余地は殆どなく、それは失敗 することとなる。しかし、長きに渡り魔導優位の先鋒を担っていた皇立魔導院はそれを認められず、陸軍の小銃採用に対しても反対の立場を取った。

 結果として皇立魔導院と軍は対立することとなる。

 同時期に鉄甲艦の採用に合わせて科学技術を多用した艦艇の建造を推し進めんとする海軍も陸軍と連帯し、対する皇立魔導院も魔導優位を掲げる一部魔導士達を擁して対抗した。

 時の天帝が仲裁に入らねば、武力を用いた抗争となっていただろう。

 そして、そんな陸海軍と皇立魔導院を尻目に、科学技術を積極的に取り入れた集団がある。

 ヴェルテンベルク領を含めた北部貴族領であった。

 辺境であるが故にあらゆる組織からの干渉がなく、合理性を最優先にした領地発展を続けていた皇国北部は積極的に科学技術の取り込みを図った。奇しくも魔 導優位を掲げる主義者によって皇都に住まう科学者が惨殺されるという事件が起きた為、北部貴族による科学者招聘は驚くほどに順調に進んだ。皇立魔導院も科 学者を辺境に追い遣ることを歓迎し、科学者も高待遇で迎え入れてくれる北部貴族を歓迎した。

 結果として現在に至るまで、皇国では科学者の大部分は北部に居を構えることになった。

 警戒することなく研究に勤しむことができる上、魔導、鉄鋼、希少資源の採掘量で皇国最大の北部は科学者からすると格好の実験場であった。その上、思想や発想に対する暗黙の制限もなく、科学者が北部に集中するのは当然の帰結と言える。

 故に多くの新技術が北部で生まれた。

 魔導と融合し、新たな発想を以て多くのモノを生み出した北部は、それを利用して発展することになる。しかしながら、それを妬む者が現れ、危機感を抱く者も現れた。

 急速な発展を支え、辺境である北部の開拓を進めるには峻険な土地を均し、強力な魔獣を排除する必要があった。無論、潜伏する匪賊や反目しあう土着の種族 の調停などもあり強大な軍事力が必要となる。彼らが軍事力を求めたのは当然と言えた。例え帝国の圧力がなくとも彼らは力を求めざるを得ない立場にあったの だ。

 しかし、中央貴族はそれを危険視した。

 だが、南部国境を面する《トルキア連邦》成立以前、《ヴァリスヘイム皇国》は流民の流入に頭を悩ませていた。それへの対応に、当時の中央貴族や政府の感心は大きく割かれていた。

 消えゆく国家予算と一時的な増税。

 そして後者が致命的であった。

 最大の問題は、時の天帝と政府が全ての貴族領に対して同一の増税を課したことである。

 これにより発展期半ばで北部経済は後退に転ずることになった。寒冷な土地であることも相まって、食糧自給率も低かった北部は他地方から食料を買い入れる 必要があった。停滞した経済がそれを難しくするという悪循環は経済活動を委縮させ市場を縮小させる。結果として、北部貴族は自ら以外を信用することも信頼 することもしなくなった。

 塗炭の苦しみの中に在って、農聖が民と共に食糧自給率を向上させ、廃嫡の龍姫が重工業化により外貨を暴力的なまでに北部に齎した。

 自分達こそが、この荒涼の大地を耕し発展させた。その自負と中央への反発が北部の貴族、民衆の胸中で渦巻いていた。


 北部は一種の独立国なのだ。


 経済的な他地方との交流は民間の交流をも途絶えさせ、貴族領による連邦制に近い皇国の状況がその傾向に拍車を掛けた。歴代天帝はその問題を解決しようと動いた事もあるがその悉くが失敗する。

 廃嫡の龍姫がその持ち得る軍事力と経済力の全てを以て阻止したのだ。

 経済的な交流を意図した交渉団を闇討ちし、他地方から拠点を移した商会を資金力にものを言わせて買い取るなど、マリアベルは文字通りの遣りたい放題を演 じた。特に先代天帝による支援として北部貴族に下賜された義援金の全てを軍拡に投じ、それによって開発された装甲車大隊を国内視察でヴェルテンベルクに訪 れた先代天帝の“警護”とするという行いは余りにも有名であった。当時、開発された装甲車の系譜が現在の征伐軍を苦しめているという現状を踏まえれば笑え るものではない。

 ――北部の貴族と民衆の不満を廃嫡の龍姫が煽り、利用した。

 故にマリアベルは北部で民衆から絶大な支持を受けていた。

「廃嫡の姫君を護る軍隊か……」

 噴火したかのように砲火を迸らせる〈剣聖ヴァルトハイム〉型戦艦二隻に、トウカは視線を巡らせる。

 拡大投影された姿は大きく傷付いている様に見えるが、〈エルトリンゲル〉と〈ロルトリンゲル〉の主砲弾は〈剣聖ヴァルトハイム〉の重要防禦区画(バイタルパート)を貫徹するには至っていないのかその砲戦能力と航行能力に蔭りはない。

「忌々しい女です。ヴェルテンベルク伯は。小官はその顔を見た事は御座いませんが、こうも性質の悪い遣り様を次々と見せつけられると堪りません。きっと醜い女性なのでしょう」

 首席参謀の言葉に、シュタイエルハウゼンは小さく笑う。

 確かにマリアベルは画像として自身が残ることを忌避し、直接目にする機会がある北部の貴族や民衆以外でその容姿を知るものは少ない。

「若いな、首席。醜い女はいない。ただ、如何(どう)すれば可愛く見えるかを知らない女はいるのは確かだが」

 シュタイエルハウゼンの言葉に、首席参謀が肩を竦める。シュタイエルハウゼンの若き日の“夜の武勲”の数々は海軍内では有名な話であり、それを匂わせる発言に周囲の参謀達からも失笑が零れる。

 〈ガルトジング〉の砲火も〈剣聖ヴァルトハイム〉に対して挟叉を得る事に成功し、勝利は近いという雰囲気が艦橋には流れていた。つい先程、〈猟兵リリエンタール〉の第三番砲塔が沈黙した事もそれに拍車を掛けた。

「敵一番艦進路変更! 突っ込んでくる!」

「迎え撃て!! 敵一番に砲火を集中!!」

 見張り員の叫びに、シュタイエルハウゼンは立ち上がり、指示を下す。

 同航戦の状態から敵艦隊……〈剣聖ヴァルトハイム〉型戦艦二隻が艦首を此方に向けるのを見て取り、敵は優秀だ、とシュタイエルハウゼンは唸る。

 周囲の参謀達は楽観視しているが、既に〈エルトリンゲル〉も〈ロルトリンゲル〉も大被害を蒙っており限界に近い。その上、敵の艦隊指揮官は〈ガルトジン グ〉が現れてもそれに砲火を振り分けることもなく、〈エルトリンゲル〉と〈ロルトリンゲル〉を撃破する事に集中している。そして、〈ガルトジング〉が挟叉 を得た事で時間がないと判断し、敢えて懐に飛び込まんとしていた。

「莫迦な。自殺行為だ……」

「敵の指揮官は狂ったか!」

 参謀達の叫びに、シュタイエルハウゼンは苦笑するが、首席参謀だけが目を細めて沈黙している。

「敵の防禦力は想像を超えています。確かに、此方に艦首を向けた事で艦首側の砲しか使えず不利に見えますが、これ以上の接近を許せばあちらの砲撃の命中率も更に上がります。〈エルトリンゲル〉も〈ロルトリンゲル〉もそれには耐えられないでしょう」

「だ、だが、それは敵も同じはずだ。此方の砲も接近すれば威力を増す。敵の装甲を貫けよう」

 首席参謀の言葉に情報参謀が異を唱える。その間にも周囲には至近弾が降り注ぎ、時折、魔導障壁の軋む音が響く。

 シュタイエルハウゼンは、首席参謀の言葉に胸中で同意する。

 だが、そんな果敢にして最良の選択を取る敵の艦隊指揮官……トウカに対してシュタイエルハウゼンは、できる男だ、と声なき称賛を送る。

 〈エルトリンゲル〉と〈ロルトリンゲル〉を撃破した後に〈ガルトジング〉を撃破するという考えは決して間違ったものではない。恐らくは続く重巡洋艦六隻 が合流しつつあり、それが戦列に加わる前に撃破しようとしているのだろうと推測できる。元々、〈エルトリンゲル〉と〈ロルトリンゲル〉に後続していた四隻 の重巡洋艦は、既に敵重巡洋艦との戦闘で二隻を喪い、残存の二隻は不利な状況に陥った友軍水雷戦隊の支援を目的として戦列を離れているが、〈ガルトジン グ〉と共に到着した重巡洋艦六隻も近い内に砲列に加わる位置にある。そうなれば、流石の〈剣聖ヴァルトハイム〉型戦艦とて不利な状況は免れない。

 だが、サクガギ・トウカに主導権(イニシアチブ)を取られる可能性は依然として残っている。

 シュタイエルハウゼンは、常に主導権を求めた。

「首席参謀……あれをやるぞ」

「それはっ! ……いえ、確かにここで限界まで戦い戦艦を喪失するのは国家戦略に影響が……」

 国家戦略にまで意識を向ける首席参謀に満足しつつ、シュタイエルハウゼンは鷹揚に頷く。

「重巡を経由して後方の兵員輸送艦に伝達……敵戦艦に航空強襲を掛ける!」シュタイエルハウゼンの大音声。

 戦海は誰にとっても予想外の展開へと進みつつあった。











「隊長~! 任務ですよ! 我らが活躍する絶好の機会です!」

 皇国海軍の軍装の中でも異色の軍装に身を包んだ女性士官は、部下の能天気な声に小さく嘆息する。異色の軍装は陸軍の野戦服に近いが、衣嚢(ポケット)の数が多く、胸元に逆さに据え付けられた(シース)に収まる戦闘短刀(コンバットナイフ)が、それらとは一線を画していることを明確に示していた。

 《ヴァリスヘイム皇国》海軍艦上航空歩兵。

 海戦時に敵艦に移乗して白兵戦を行う特殊戦部隊であり、他国では廃れつつある兵科でもあった。艦砲が大口径化と長砲身化を続けるにつれ、海戦は遠距離戦の様相を呈しており敵艦に乗り移ることが容易ではなくなっていたからである。

 しかし、皇国では少し状況が違った為に兵科が縮小しつつも未だ現役であった。

 それは彼女の容姿を見れば嫌でも分かる。

 大きな純白の翼。

 一般に言われるところの天使族という種族の系譜に連なる者達であり、龍族以外で飛行能力を有した者達で構成された海軍艦上航空歩兵は天使族や鳥獣族など を主力としている。天使族といっても女性しかない種族であるという性質上、混血化が進み、神代の頃のように強力な魔導資質を持っている者はおらず、天使族 も事実上の混血種であった。

「戦況は予断を許さないようだな」

 差し出された伝令書を手に、翼を軽く羽ばたかせて遠く夜の帷の中に仄かに見える炎を見やる。

 後方の兵員輸送艦からでは戦局は良く分からないが、時折、傍受できる通信が事実ならば一進一退の砲戦を繰り広げているとの事であった。

 ――さて、我らが突入できる余地があるのか……

 戦闘時の戦艦の魔導障壁は砲を指向させている側……即ち敵がいる方向に対して最大出力で展開することが基本である。対空戦闘などは別であるが、戦艦同士 の大質量の砲弾が音速を超えて飛来する対艦戦闘では、持ち得る魔導機関出力を限界まで向上させて魔導障壁を展開する。全方位に展開すると非効率で魔力消費 が膨大になり、長時間の維持も難しくなるからであった。

 皇国海軍でも艦上航空歩兵中隊が廃れつつある理由は、一重に魔導障壁を展開された場合、それを突破できないからである。

 上甲板に立つ少佐の階級章を付けた有翼の女性は暝天を見上げる。

 雲は多く、闇夜に紛れるには好都合であるが、些か優美さに欠ける、と階級章を付けた有翼の女性が苦笑すると共に艦内放送が響く。

『〈第一四艦上航空歩兵中隊〉は装具点検後、上甲板に集結せよ。繰り返す。〈第一四艦上航空歩兵中隊〉は装具点検後、上甲板に集結せよ』

 本格的に動員が掛かったのか兵員輸送艦が俄かに騒がしくなる。灯火管制が敷かれている艦内からは足音や点呼の声が響き渡り戦場の空気を感じさせた。

「レーヴェニヒ少佐。行きましょう」

「エルリカ少尉、そう慌てない。我らが活躍できるようにシュタイエルハウゼン提督が場を整えてくださるだろう」

 内心では、そう簡単なことではないと、少佐の階級章を付けた有翼の女性……レーヴェニヒ少佐は考えていた。砲撃時の戦艦に降り立つなど自殺行為も甚だし く、発砲炎と爆風に煽られて甲板から叩き落とされることは目に見えている。砲戦能力を全て奪うことは難しく、敵艦の隙を突く展開を作り出さねばならない。

 だが、〈剣聖ヴァルトハイム〉型戦艦の防禦能力は卓越したものであるらしく、未だ重要防禦区画(バイタルパート)に被害を与えることには成功していないという話であった。

 魔導障壁を展開している艦艇の防禦を貫徹するのは、二つの方法がある。

 一つは、対魔導徹甲弾という弾芯に魔術陣を刻印された砲弾での攻撃で、これは内部に魔力を封入できる触媒を封じており、魔導障壁に着弾と同時に魔術的な 破砕効果を以て障壁を破砕する。無論、通常の徹甲弾でも魔導障壁を展開する装置に負担を掛けることはできるが、対魔導徹甲弾の方が効率は良い。その後、障 壁を破壊した後で通常の徹甲弾に変えて装甲を貫徹するのだ。

 そして、もう一つは、魔導障壁に指向性を持たせて直接相手の魔導障壁にぶつけるという方法である。障壁に障壁をぶつけて削るという手段で、これには艦の 排水量や速度、そして魔導機関の規模が大きい方が優勢となる。欠点は、かなり近づかねばならないという事で、主砲が水平射撃に近くなるほどに近づかないと 実行できないという欠点があった。

 基本、戦艦同士の砲戦は前者で始まり、徐々に距離か近づいて後者の選択肢を取る形になる。無論、前者だけで敵を撃破する例もあり、その例のほうが遙かに多くあった。

 前部帆柱(マスト)に付けられた幾つもの破片防禦用の白い筒状の物……丸められた釣床(ハンモック)に寄り掛かり、レーヴェニヒ少佐は前甲板に整列し始めた〈第一四艦上航空歩兵中隊〉の兵士達を見下ろす。

 廃滅の淵にある兵科。その最後に華を添える戦果があるならば、それは喜ばしい事だ。

 戦空に在っては龍に及ばす、戦野に在っては虎狼に敵わない。なればこそ艦上航空歩兵という兵科に活躍の場はないのだ。

「往こうか。我々の戦場に」

 翼を翻し、レーヴェニヒ少佐はラッタルを下る。

 有翼の騎士達は前甲板で整列を始めている。

 軍人としての本分を果たすと言うのは容易いが、艦上航空歩兵は損耗率が高く、その上限られた種族しか所属できない。矛盾した兵科であり、生還如何に関わらずこの場で見納めとなる顔も少なくないはずであった。

「レーヴェニヒ少佐、〈第一四艦上航空歩兵中隊〉、総員出撃可能です!!」

「ああ、諸君、戦争だ! 戦艦をやるぞ!」

 曲剣(サーベル)を抜き放ち、双翼を広げ、有翼の女騎士は高らかに謳い上げる。

 皆、理解しているのだ。

 廃れ往く兵科であると。

 しかし、最後を飾るに相応しい戦場を得た。

 故に叫ぶ。

 力の限り。

 そして、有翼に騎士達は闇夜の戦空に飛び上がった。











「魔導砲兵中隊、砲撃始めッ!!」

 ザムエルの指揮下の元、〈第二装甲擲弾兵聯隊〉が総攻撃を開始する。

 民間人の撤退支援を行っていたバルシュミーデ領邦軍も、既に〈第二装甲擲弾兵聯隊〉に気付いており民間人から離れて隊列を組み、騎兵突撃を中心とした構 えを見せている。上空には若干数の航空騎がいるが、現時点で強力な対地兵装を有した対地攻撃騎や爆撃騎用はヴェルテンベルク領邦軍航空隊にしかなく、高位 種の龍がいないならば気にする必要はない。

 一個大隊で一個聯隊相当の活躍をすると言われている大隊。

 もし、それが事実であるならば、〈第二装甲擲弾兵聯隊〉単独では互角ということになるが、ヴェルテンベルク領邦軍の〈第二装甲擲弾兵聯隊〉は皇国陸軍の編制とは大きく異なっており、事実上の増強戦闘団(カンプグルッペ)に近い存在であった。ヴェルテンベルク領邦軍が戦力を隠蔽する為に規模や名称を正しく用いないことは日常茶飯事であり、一番酷いものでは大隊規模の小隊などがある。

 そしてザムエル隷下の〈第二装甲擲弾兵聯隊〉は、基幹となる装甲擲弾兵一個聯隊と、魔導砲兵中隊、重迫撃砲中隊、対戦車砲中隊、工兵中隊、通信中隊、輜 重中隊などを統合した単独で一つの完結した戦闘集団として機能していた。本来は追随する各中隊が自走化した部隊になり、大隊規模とする上、〈第一装甲聯隊 『ラインバッハ』〉も付随して装甲師団とするのだが、自走化した各兵科の車輛の多くは修理と再編成が完了しておらず、一先ずの部隊編成で糊口を凌ぐ予定で あった。

 その結果として誕生したのかヴェルテンベルク領邦軍の装甲擲弾兵一個聯隊であった。

 ここにベルセリカが加わり、一つの戦闘単位として運用されれば、戦力は師団を軽く凌駕する。

 戦闘指揮車から上半身を乗り出し、ザムエルは双眼鏡で敵を見据える。

 バルシュミーデ領邦軍は騎兵部隊を基幹戦力としているが、その中央には小隊規模の装虎兵や軍狼兵がおり、突破力を重視している事は明白であった。追随する歩兵部隊はそれらが突撃した後に、戦果拡大を図る為の予備戦力として機能する事は間違いない。

 双眼鏡で、興奮した面持ちで突撃を敢行してくる騎兵を見てザムエルは嘆息する。

「ありゃいかんな。むさ苦しいと女に嫌われるぜ」

「魔導障壁で防いでおるな。騎兵の中に魔導士が混ざっておろう……斬って見せようか?」

 いつの間にか戦闘指揮車の天蓋に腰を下ろしていたベルセリカが問う。

 確かにベルセリカが刃を振るえば一般の魔導士の展開する魔導障壁など容易く破砕できるが、この場で切り札を用いるべきではないとザムエルは考えていた。

「なになに、剣聖殿の登場は派手でなければ詰まらないだろう? 妹さんを驚かしてやろうじゃないか」

 当のアンゼリカは、前方に展開する〈第二装甲擲弾兵聯隊〉の陣頭に立って兵士達を慰撫している。ベルセリカに並ぶ容姿に軍狼兵指揮官として名高いこともあり、装甲擲弾兵達の戦意を高揚させていた。

「重迫撃砲中隊、砲撃始め! 対戦車砲中隊は榴散(キャニスター)弾で順次砲撃を開始! 重機(重機関銃)は突破してきた奴を狙え! 突撃破砕射撃だ!」ザムエルは咄嗟に指示を出す。

 魔導障壁とて過負荷を与えれば容易く破砕される上に、元より部隊全体を覆えるほど強力なものを展開できる魔導士は限られる。

 突撃破砕射撃とはトウカが提案した手段で、狙って撃つのではなく、敵を発見したら、若しくは気配を感じたら、その場所に対して徹底的に大量の機関銃弾と 迫撃砲を撃ち込む射撃法である。魔導障壁を早期に破砕することも期待できる。その場所にいる可能性のある敵兵が確実に死亡するだけの火力を投入することで 確率論的に殺傷させることが目的で、文字通りの火力主義的戦術と言える。輜重科からは弾火薬の消費が激しいと御小言を頂戴すること間違いなしの戦術だが、 彼らはトウカの名前が出れば仕方がないと引き下がる。

 魔導障壁に亀裂が入り始めたのを確認し、ザムエルは歓声を上げる。

「こいつはいい! 魔術も万能じゃないってことか!」

 射程が短く、威力が限定的な小銃や機関銃、迫撃砲が投入されるのは、重砲や野砲、魔導砲撃後に、魔導障壁が破砕、若しくは綻びを生じた地点に砲火を集中するという形になるのだが、それは重砲の弾火薬の消費を抑える為でもあった。

 しかし、トウカは輜重線を整備、強固なものにする事で弾火薬の消費増大に対応する道を選んだ。騎兵科を人馬諸共に全て輜重科に編入したことからもその力の入れようは窺える。

 輜重中隊の面々には申し訳ないが、ザムエルとしてはトウカの火力集中には諸手を上げて賛成であった。何より部下の戦死を最大限に減らせることが魅力的で ある。マリアベルも火力主義を唱えてはいたが、それは列車砲や大口径重砲による面制圧のみであり、小部隊の火力増強は考慮していなかった。

「全軍突撃せよ! 叩き潰せッ!!」ザムエルは拳を振り上げる。

 既に敵騎兵の突撃は頓挫し、装虎兵と軍狼兵は魔導障壁を展開してその場に踏み止まり騎兵の後退を援護しようと動いているが、それを許すほどザムエルは無能ではない。

 重迫撃砲弾の効力射を受けた騎兵が人馬諸共に舞い上がり、再び重力に捉えられて荒涼とした地面に叩き付けられる。装虎兵や軍狼兵も対戦車砲の集中砲火を 受けて四肢を欠損したところに重機関銃の掃射を受けて肉片に変わるという有様で、正視に耐えない光景である。生物に火力を叩き込むという残虐性が鮮明に表 れた戦場だが、人道性と引き換えに部下を一人でも多く連れ帰ることができるならばザムエルに否はない。

 雪崩を打ったように小銃や機関銃、自動砲を手にした装甲擲弾兵が突撃を開始する。その先頭に何故かアンゼリカがいるが、それを無視してザムエルは突撃破砕射撃の中止を命令する。

 既に装甲擲弾兵の突撃は始まっており、友軍誤射の可能性がある。加えて魔導障壁は散発的な展開に留まっており、弾火薬の無駄使いでしかなく、近くで各中隊に弾薬を供給するように指示を出している輜重中隊の中隊長の視線が痛いのだ。

 ぶつかり合う二つの戦闘集団。

 本来ならば騎兵や装虎兵、軍狼兵の突撃に、突撃を以て応じるのは正気の沙汰ではないが、足を止めてしまえば数的にも然したる脅威ではない。

「聯隊司令部直属の装甲擲弾兵小隊と魔導砲兵中隊、工兵中隊は俺に続け! エルシア占領に向かうぞ!」

 ザムエルの命令に陣地転換の準備を開始する各部隊。〈第二装甲擲弾兵聯隊〉は交戦を続けており、重迫撃砲中隊や対戦車砲中隊は念の為にこの場への展開を続けておき、その運用は各中隊長の判断に任せると指示を出したザムエルは、ベルセリカに向き直る。

「さて、そろそろ往こうか。剣聖殿」 

「承知した。我こそが皇国が剣聖たるを戦野に示して魅せようぞ」

 即応したベルセリカを従え、ザムエルは戦闘指揮車に移動を命じる。

 幸いにしてアンゼリカが居るので指揮官不在と言うことはなく、当人にもこの状況は伝えてあり、元より軍狼兵聯隊指揮官であることに加え、既に優勢なので任せても問題はないとザムエルは判断した。

「さぁ、麗しのバルシュミーデ子爵にけしからん事をしに行くとしようか」

 決して性的な事ではないが、それ相応に痛い目には合って貰わねばならない。

 ――何せ我らが龍姫の提案を蹴ってくれたんだからよ。

 楽しげな笑みを浮かべるザムエルと、静かなる戦意を漲らせるベルセリカ。

 そして、幾多の戦野で其々の思惑が交差し始めた。



 

 

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「醜い女はいない。だが、どうすれば可愛く見えるかを知らない女はいる」

      《仏蘭西王国》 思想家 ジャン・ド・ラ・ブリュイエール