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第五七話    空の魔王





「これが、改修型Ⅵ号中戦車か」

 長砲身に仰角を掛け、停車する北部の新たなる鋼鉄の野獣を見上げ、トウカはその出来栄えに満足する。装虎兵の防禦障壁を決戦距離から貫徹できる高初速の火砲を搭載した主力中戦車はこれからの北部にとって欠かす事のできない兵器であった。

「改修だから面白くないけど力作」

 びしっと親指を突き出すヘルミーネに、トウカも大きく頷く。

 ヘルミーネとしては、一からの兵器開発ではない改修作業に対して大きな不満があるような口振りだが、新型重戦車の開発も同時並行している為か表情に不満 の色はない。無論、限りなく無表情であるが、二人で兵器設計を行っていた際、トウカはヘルミーネの限りなく分かり難い感情の発露を(おぼろ)げながらも捉えるまでに至っていた。ヘルミーネを良く知る者達からすると一週間程度でそれほどまでに至ったことに驚嘆するであろうが、良くも悪くも周囲の顔を窺って生きてきたトウカは、幸か不幸かヘルミーネの感情の機微を察する事ができる。

「動作に問題は?」

 改修型Ⅵ号中戦車……正式採用名称、Ⅵ号中戦車B型は、マリアベルは後の武装強化に対応できる大きめの旋回盤(ターレットリング)を備えるよう指示していたこともあり、砲塔の変更のみであった。

 後の武装強化に大型臼砲を想定していた事が功を奏した形だが、搭載砲を特別に設計開発し、製造工程(ライン)に乗せる事は時間的損失も大きい。

 よって旧式対空砲であるが、その運用上、高初速であった長砲身四五口径八五㎜対空砲に白羽の矢が立った。元来、エルネシア連峰を越えて飛来する帝国軍騎 に対する手段として対空砲の開発と配備が盛んであった北部貴族の領邦軍が世界的に見ても極端な程に保有している。それらを流用して製造された主砲で、砲口制退器(マズルブレーキ)を設け、新型の系統別魔力の反発を利用した新型中退複座機を装備しただけの改良を加えたものである。

 砲口制退器(マズルブレーキ)とは砲口(マズル)に 装着する部品で、概ね円筒の周囲または箱形の側面に穴を開けた形状であった。これはトウカの発案である。本来は戦車砲や野砲に装着されることが多い砲口制 退器を装備したのは、射程延伸の為に長砲身化と高初速化が進んだことにより、反動を抑える必要が生じたからであった。その上、反発し合う二つの属性の魔力 を用いた新型中退機も装備されており、砲射による照準のずれが最低限で済む様に最大限の努力が払われている。

 そして砲塔の形状としては、直線主体の象意(デザイン)で、切り立った円錐型防盾(ザウコフ)により高い防禦力を有している。

「問題ない。砲射で砲身がぶれないから再照準が簡単……けど、側面装甲は薄いまま」尻尾を一振りしたヘルミーネ。

 眼が口ほどにものを言う人間種と違い、獣の因子を持つ種族は尻尾や獣耳が口ほどにものを言う。ヘルミーネもミユキほど忙しなく尻尾を動かす事はないが、やはり全く動かない訳ではない。

「砲塔側面と後背に装備した空間装甲(シュルツェン)も生存率を引き上げるはずだ」

 空間装甲(シュルツェン)と呼ばれる対戦車銃や装虎兵の非常識な膂力から繰り出される攻撃から側面装甲を防禦する外装式の補助装甲板を、車体側面だけでなく砲塔にも標準装備する事をトウカは決定した。これは破砕魔術に対し有効であるからであり、空間装甲(シュルツェン)には対物理、対魔導防禦術式も刻印されており、戦車本来の装甲との間に隙間ができることから中空装甲としての機能も期待できる。

「前線の車輛は下げられない。領内のⅥ号中戦車を順次改修していくことになるな」

 Ⅵ号中戦車B型、後に『|Schimmelreiter(白い幽騎)』と敵軍に恐れられた高速力、高火力の中戦車は今この時、産声を上げた。

「これから製造されるⅥ号中戦車も総てB型に統一される」

 ヘルミーネに渡された資料を眺めるトウカ。

 トウカが齎したハイゼンベルク金貨によって拡張されつつある兵器工廠の機能が修繕に機能し始めれば車輛の製造数は飛躍的に向上するが、これが本格的に機能し始めるのは早くても半年後と見積もられていた。

「そしてあれがⅣ号対戦車自走砲……『|Attentat(暗殺者)』」

 得意げに胸を張るヘルミーネの先にⅥ号中戦車B型よりも遙かに長い砲身を備えた車輛が停車していた。

 Ⅵ号中戦車の車体に横幅一杯に、そして砲塔を廃して搭載された固定式戦闘室。それは車体前部から後端を一部突き出る程に大きなもので、皇国軍の装甲兵器 とは一線を画す佇まいであった。二〇㎜厚の戦闘室は鋼板でしか構成されておらず、魔導障壁も貧弱なものであり、ヘルミーネを始めとした技術者はその有用性 を疑問視していた。後部に乗降用の扉を備えている事は、その貧弱な防禦力によって乗員が戦死する可能性を低減させようという意識の表れでもある。

 トウカは履帯に脚を掛け、Ⅳ号対戦車自走砲の天蓋へと飛び乗る。

「思ったよりも車高が高いな」

「それは指揮官……トウカ専用の指揮車輛。通信設備充実の為に車高を高くした」

 そう口にしたヘルミーネが、Ⅳ号対戦車自走砲の車体右側面に畳まれた星型魔導空中線を指差す。

 車体前部を飛び出すほどに長い七五口径八五㎜ Pak九四対空砲を改修した七五口径八五㎜ Pak99対戦車砲を足蹴にして飛び降りたトウカは、改めてⅣ号対戦車自走砲を見上げる。

 ――これなら、精鋭装虎兵の正面防禦障壁も遠距離で貫徹できるはずだ。……命中すればの話だが。

 そう、トウカが最も危惧していることは砲弾が命中するか否かであった。

 装虎兵というある種の生物兵器は、戦車に準ずる防禦力を有しながら、その大きさに差異は有れども全体的に戦車と比してかなり小さく、これが高速で機動す る以上、命中を危ぶむ事は当然と言えた。赤外線照準装置と高性能演算機を装備したトウカの良く知る主力戦車でない以上、砲射時は停車することが基本であっ た。単一目標に対する行進間射撃など通常は不可能である。だが、耳長(エルフ)族の砲手による照準によって一部では可能としているという噂もあった。

 そもそも、行進間射撃というものは可能であれば極めて便利ではあるが、地形の影響を大きく受ける。障害物の少ない水上艦船の様な高い自由度を誇る二次元運動は全く望めない。

 無論、Ⅳ号対戦車自走砲は機械的信頼性の高い光学照準器を装備した故の精密砲撃能力を持つ。そして、高い低伸性を誇る弾道特性を有する火砲によって、敵の有効射程外の遠距離から相手を撃破することを可能にしていたが、それは命中弾があってこそ意味がある。

「トウカ、考え過ぎ。強い敵は罠に掛けて倒すのが一番」

「ヘルも指揮官に向いていそうだな」

 兵器の性能に頼った戦争をしているようでは劣勢を覆せない。だが、端から兵器の性能ではなく戦術で戦闘ができる指揮官は北部には少ない。高位種を主体と した部隊編成を行っているからであり、中には一騎打ちという仕来りを未だに捨てきれていない領邦軍が存在するとも聞いていた。トウカであれば、名乗りを上 げているところを迷わず射殺する。誇りで勝利を掴めるならば地球上に大日連以外の国家は存在し得なかっただろう。意地と痩せ我慢では大和民族に優越する民 族は存在しないと、トウカは確信している。

「あと、あっちも完成した。砲塔を変えるだけだから生産工程の移行も済んでる」

「それは……助かります」

 少し遠い位置に見える二つの車輛を指したヘルミーネに、トウカは軍帽を取り、頭を下げる。

 Ⅳ号対戦車自走砲以外にも、Ⅳ号中戦車の車体を利用して、幾つかの兵器が作られている。ヘルミーネが指した二輌も正しくそれであった。

 三〇㎜対空機関砲を主砲の位置に二段二列の四門集束配置したⅣ号対空戦車『|blasen(強風)』。

 一六〇㎜榴弾砲を搭載し、機動力を与えた野戦機動砲であるⅥ号榴弾自走砲『|Donnerschlag(雷鳴)』。

 どちらもトウカの戦争計画には欠かせない兵器であった。これらが役割を分担し、一つの集団として機能する事で前線で全ての敵に対応できる軍勢を設立する事こそが、トウカの目的であった。

「悪くない。弾薬輸送車も完成している。これが一個師団分あれば陸上戦艦と呼べなくもないだろう」

 戦艦という兵器は、単艦で多くの目的を果たせるように設計、改装されている。巨砲を撃ち合対艦戦は勿論のこと、無数の対空砲で敵騎を迎撃する対空戦。そ して、あらゆる攻撃に対して強い抗堪性を持つ重装甲。最後の重装甲に関しては技術的に不可能であるが、その点を除けば装甲師団を編成する事で不可能ではな くなる。

 装甲師団とは陸の戦艦なのだ。

 トウカの知る限り、第三帝国は陸上戦艦という兵器を構想していたことがある。しかしそれは巨大な一輌の戦車であって、複数輌による部隊編成の依るところ ではない。その考えに至らなかった原因は、装甲部隊に追従できる砲兵などの各種部隊の欠如が明らかとなったからであろう。無論、対戦車砲や重歩兵砲を自走 砲化したものや、野戦榴弾砲を自走砲化したものまであったが、戦車と比してその生産数は極めて少数であった。

 だが、これからの北部……皇国はそうはならない。今現在という早期の段階で、トウカがこれらの有用性を説き、量産が開始されたからである。戦車の生産数はこれによって低下するかも知れないが、それと引き換えに極めて釣り合い(バランス)の取れた装甲師団を編成できる。

 そう、高機動装甲兵器で統一された諸兵科連合の結成である。

「これだけの機動力があれば、攻撃側であれ防禦側であれ主導権を取れる」

「兵員輸送車はないけど」

 面白くなさそうに呟くヘルミーネに、トウカも頷く。

 主力兵器ばかりを優先して生産した結果、補助兵器などの生産量は既存のままであり、特に新型兵員輸送車などはトウカが立案しなければ開発すら開始されなかった。現在の戦闘教義(ドクトリン)は、単一兵科で編制された部隊が運用されることが多々あり、それは世界的に見ても不自然なことではなかった。

 機動力のある戦車や装虎兵、軍狼兵が、機動力に劣る歩兵や砲兵と共に行動することは極めて少なく、足並みを揃える場合は前者の機動力を損なう結果となり、それはトウカの知る《独逸第三帝国(サードライヒ)》とは差異があった。本来、戦車とは歩兵の前進を支援する兵器なのだ。

 無論、解決策も同じである。

 しかし、皇国陸軍には解決しようという気配すらない。

 理由は簡単であり、装虎兵、軍狼兵が余りにも強力であった為だ。例えばトウカの知る騎兵は機動力が高いものの、それを達成する為に防禦力を削っている。 皇国を含めたこの世界の騎兵は魔導障壁によっていくらかの改善がなされているが、それは攻撃側の対魔導攻撃の向上も同様であり、特に魔導国家《ヴァリスヘ イム皇国》では相殺されていると言っても良い。

 だが、対照的に跨乗する者が中位種や高位種……或いは魔導資質に優れた者である装虎兵、軍狼兵は防禦面での不安が大きく改善されていた。目下のところ明 確な弱点が無いとされている二つの兵科にとって、他兵科の活路を開くことはあっても連携や協力する必要性は薄い。寧ろ、長所が削られる結果となりかねな い。挙句に戦車の視界不良という最大の欠点を軍狼兵や装虎兵は有さなかった。

 歩兵による直協支援を必要としないのだ。

 詰まるところ歩兵の機動力向上を担う兵員輸送車の開発は、トウカが指示するまで行われてすらいなかった。現在、編成を進めている部隊では民間の装輪式魔導車輛を主体に流用する形になっている。

「装輪式は深い雪では移動できない」

「……やはりか」

 車輪(タイヤ)が雪に埋まり、荷台から下りた兵 士達が、唸りながら魔導車輛を押し出す光景は何処が末期戦を匂わせる哀愁漂うもので、そこはかとなく兵士達がトウカへ期待の眼差しを向けていたことも印象 的であった。戦車の開発に深く関わっていることを知るからこそであろうが、残念ながら無い袖は振れない。

「まぁ、当面は戦車跨乗(タンクデサント)で対応する」

 戦車に跨って移動、戦闘に参加する歩兵の戦術である戦車跨乗(タンクデサント)は、トウカとしても窮余の策であった。これを実施した赤軍は夥しい死者を量産している。

 戦車随伴歩兵の戦車跨乗の利点は、歩兵を搭載する車輛を省けるという一点のみであるのと引き換えに、欠点は非常に多い。戦車跨乗は何一つ保護されない生 身の兵士を露出させて乗せる為に、砲撃や銃撃により容易に死傷する。、だが、目立っているにも関わらず隠れる場所のない戦車の上に搭乗しているので遮蔽物 がなく常に攻撃に晒される。そして、本来は歩兵が搭乗する事を前提としていない場所に搭乗するので疲労が大きく、場合によっては振り落とされてしまうこと すらあった。戦車の側も急激な機動や砲塔の旋回を行なうと歩兵が転落しかねないので動きに制約を受け、咄嗟戦闘に対応できない。

 これらの理由から《ソヴィエト連邦》陸軍では、戦車跨乗の死傷率は極めて高く平均寿命は2~3週間と言われた。それ故に、消耗品として懲罰大隊の兵士に よって構成されることが大半で、実際に戦車跨乗が多用された《ソヴィエト連邦》陸軍では、戦争後半になるにつれて懲罰大隊の編成数も比例するように増加し ていた。

 だが、トウカは兵士を消耗品として扱う気はない。否、扱えなかった。

 精神的な問題ではなく、北部の兵数に余裕がないからであり、戦車跨乗も後衛の自走砲や突撃砲によって行う予定であり、橇と車を使用して牽引することを考えていた。

 無論、解決の手段として半装軌式車輛の開発も急いでいた。これはⅥ号中戦車の履帯や起動輪と誘導輪などの部品を共通化することによって工期短縮を狙っており、生産工程が完成する頃には試作も終えて、量産が直ぐにでも始まるだろう。

「生産工程の拡充と効率化は早くても半年は掛かる」

 演習場として指定された雪原の一角に立てられた野戦天幕の中から、二人は雪を履帯で巻き上げて複雑な機動を繰り返す鋼鉄の野獣達を眺める。

 温度補正の為の防寒術式が、野戦天幕の出入り口に掛かる幕が巻き上げられていたとしても風を遮断し、内部の温度を一定に保っている為に快適であった。

「カリスト中尉、長砲身はどうだ?」

 魔導通信機から伸びた受話器を手に語りかけるトウカに、無線越しのカリスト中尉の嬉しげな声が返される。

『最高ですよ、中佐殿!』

 遠方で鋭くも甲高い砲声が響く。短砲身の爆発音に近いものとはまた違った砲声に、ヘルミーネの狼耳が咄嗟にぺたんと倒れる。その仕草に苦笑しつつも、トウカは魔導双眼鏡を片手に、遠方で縦列を組んで機動するⅥ号中戦車B型が砲塔を旋回させている姿を捉える。

 再び複数の砲声が響き渡る。

 砲射による車体の姿勢制御をトウカは不安視していたが、Ⅵ号中戦車自体が同技術で作られた《独逸第三帝国》の中戦車よりも一回り大きい車体であった為に、その心配は杞憂であった。

 後部背面に付いた放熱板が鈍い青色に輝き、小隊規模のⅥ号中戦車B型が増速する。

 くすんだ白色の冬季迷彩の上から更に、石灰の水溶液などを塗りつけているのでその姿は、時折の砲射による発砲炎によってでしか確認できない。

「足回りに問題はないか?」

『最高ですよ、中佐殿!』

 嬉々とした声に、トウカは今一度苦笑する。

 長砲身による恩恵はそれほどに大きい。

 雪を撒き散らし急停車したⅥ号中戦車B型が、砲塔を旋回させて砲身を指向する。

 再びの砲射。

 短砲身であれば長距離と言える距離に置かれた目標が砕け散る。目標は積み上げられたドラム缶である。内部に水が入れてあり、低い外気によって凍ったそれはかなりの重量物であった。

 それらの破片が舞い上がり、寒い中、態々、外で魔導双眼鏡を覗き込んでいる装甲科関係者達が歓声を上げる。皆、想像以上の遠距離攻撃能力に興奮して天幕 から飛び出し、次は俺が乗ると息巻いている。まるで新しい玩具を与えられた子供のような有様にヘルミーネが呆れているが、トウカは無理からぬことであると 考えていたので見ない振りをする。

 魔導機関は内燃機関と比して遙かに静粛性に勝り、火気による誘爆の危険性も皆無である。無論、高純度の魔導結晶が必要なことに加え、内燃機関と比して同 出力でも三割増しで大型化してしまうという欠点があった。Ⅵ号中戦車が全長で九mを越え、トウカの知る重戦車に迫る勢いなのはそれによるところであった。

 被弾面積を最小限に留めるには小型であることが好ましいが、その為に防禦力や機動力、不整地踏破能力……そして何よりも稼働率を犠牲にしては本末転倒で あるので、トウカはこれの量産を許可した。トウカはあの苛烈な二度の大戦に於いて最も多くの戦車が失われた理由が駆動系の破損、或いは燃料不足による放棄 であることを理解しており、特に前者への対応に固執した。重戦車並みの車体に本来は更に大口径の砲を搭載できるにも関わらず、七五口径85㎜ Pak九九対戦車砲を選択したのは足回りへの負担に対する懸念からであると言える。

「足回りも魔導的に強化している。これで悲惨な撤退戦も行えるな。擱座して放棄など勿体ない事この上ない」

「……だから試してみる」ヘルミーネが大いに頷く。

 その無表情ながらも形容し難い気配にトウカは背筋に悪寒が走る。年齢不詳にして無表情なヘルミーネの謎の気迫にトウカは気圧される。

「……戦闘爆撃騎各自、装甲部隊に攻撃を開始。|パウケ、パウケ(航空攻撃を表す符牒)!」

 トウカの知る限り、初めて声を荒げたヘルミーネ。寝不足で感情が昂っているという可能性も捨てきれない。

 航空攻撃はこの世界では、頻繁に運用されてはいない。

 それは対地攻撃力が極めて限定的であるからであった。転化した龍族、或いは翼竜や飛龍に搭乗して運用される航空騎は友軍陸上戦力に張り付いて、これを防空することが主任務である。航空目標に対する攻撃は極めて命中し難いが、龍種の火炎吐息(ブレス)も逆に軍事目標に対して大きな損害を与えられず、騎乗している龍騎兵の武装もまた硬装甲の目標に対して無力であった。

 そして、龍騎兵の戦いとは近代化が進む中に在って尚、騎士道が残る戦いであった。

 一騎打ち、或いは同数での戦いも頻繁にあり、己の技量の持てる限りを尽くして戦う様は蒼空の騎士と呼ばれるに相応しいものであった。地上の対空砲を指揮下に持つ指揮官がそれを見て、騎士の戦に手を出すは罷り成らん、と対空射撃を行わない事とて世界的に珍しい事ではない。

 だが、トウカはそれに対して異を唱えた。否、嘲笑と罵声を浴びせたといった方が的確である。

 これは、ヴェルテンベルク領邦軍に配備されている戦闘騎部隊の演習を見ての感想だが、これを聞いたマリアベルが蒼空の騎士に聞かれてはならん、顔を蒼くした程に苛烈な物言いであった。

 確かに一騎打ちでの航空戦などトウカの知る世界ではよほどのことがない限り起き得なかった。航空戦とは高度に統制された集団の衝突であり、決着が瞬間的に決まる為にその統制は厳格なものであらねばならない。

 トウカは航空戦に関しても戦術の変更を指示していた。無論、反発する者がいたので、同調する者だけを一つの部隊として編制しての対応であった。主な対応 は、航空戦に於ける戦闘騎の基本的な戦術・編隊構成で、二騎で一つの編隊を組むロッテ戦法の採用に加えて、ロッテを二組(二個分隊)の二騎+二騎の四騎編 成で一個小隊として運用するシュヴァルム戦法として、戦闘機部隊の基本戦術とした。

 だが、それだけではない。

 トウカは対地攻撃の手段に対しても複数の指示を出していた。

 軽対空砲であるMK九五 三〇㎜機関砲を外部武装(ガンポッド)内に砲弾と共に収める装備をBordkanone BK 三〇として採用して、翼下に搭載し、重戦闘騎と呼ばれる戦闘騎のなかでも比較的大型な飛龍に二門搭載した。その上、下腹部に専用の軌条(レール)や懸吊装置を装備することにより、多目的噴進弾や油脂焼夷(ナパーム)弾を搭載可能なように配慮した。

 油脂焼夷(ナパーム)弾の製造には、ナフサという原油を蒸留分離して得られる製品の、沸点範囲が概ね三五~ 一八〇℃程度のものが必要不可欠であるが、これは魔術によって原油を隔離した状態で加圧し、蒸留して異なる沸点を持つ留分に分離させることで成功していた。

「カリスト中尉……」

『はっ! 最高であります、中佐殿』

 最早、トウカの言葉を理解する気もないのか、戦車の指揮に夢中になっているのか無線越しのカリスト中尉からは嬉々とした声が返ってくる。その笑顔が演習後の車体の大掃除が避けられないと知った時、一体どの様な顔をするのか、とトウカは溜息を吐く。

「中尉、演習内容を変更する。これより航空攻撃に対する回避行動の演習を行う」

『え? いや、航空攻撃……』

 戸惑いの声に、トウカも無理からぬことかと唸る。

 龍騎兵の航空攻撃で、戦車を破壊できるのは極めて強大な力を持つ転化した龍種に騎乗するか、或いは魔導資質に優れた魔導士を騎乗させるかしかない。しか し、前者は数が限られており、龍種に対して思うところがあるマリアベルが指揮しているヴェルテンベルク領邦軍は特に少なく、後者は魔導の研鑽を積んできた 者に更に龍に騎乗させるほどの練度を身に着けさせるという難題を解決せねばならない。

「新型の航空騎だ。戦闘攻撃騎……差し詰めヤーボと言ったところか」

 ヤーボとはトウカの知る戦闘爆撃機(Jagdbomber)を縮めた名称である。

 くすんだ白色の冬季迷彩が、演習用塗料によって奇抜な迷彩に変化し、それを寒い中掃除せねばならないカリスト中尉を始めとした装甲兵には同情するが、ヘルミーネの満足気な顔を見ると止める気にはなれない。

『全車、個別に機動! 付近の森に隠れろ!』

 カリスト中尉の怒声とも悲鳴とも取れる声が無線越しに響く。

 トウカは無線を手放し、野戦天幕から足を踏み出したヘルミーネに続く。

 高空からは、飛龍の嘶きが轟いていた。







「全騎、対戦車攻撃用意! 一二時の方向より低高度からの射撃を行う。外すなよ!」

 口元の喉頭音声機(タコホーン)で指示する男は、今一度、愛騎の背を叩いてやる。

 重戦闘騎とされる愛騎と中尉の階級を持つ男に命令が下ったのは四日前であった。

 ――貴官には新型航空兵器の運用実験をして貰う。

 初めて見る中佐の階級章を付けた若い男が、柔らかな笑みでそう告げた。

 自身が然して優秀だとは考えていない男は、運用実験の試験龍騎兵(テストパイロット)などという任務が舞い込んでくるとは予想だにしていなかった。男よりも遙かに空戦を得意とする者もヴェルテンベルク領邦軍には存在し、練度でいうならば少なくとも精鋭ではない。

 ――何故、小官が選ばれたのでしょうか?

 男は疑問をそのままにぶつけた。上官の命令に対して疑問を投げかけるという不躾な行動にも若い中佐は曖昧な笑みで答えた。

 ――貴官の姓がルーデルだからだ。

 男は首を傾げるしかなかった。

 皇国に於いてルーデルの姓は決して多いものではなかったが、珍しい程のものでもなかった。特に男は、臣民出身であり、実家も至って代わり映えのしない農 家の三男坊で、目に留まる要素など何一つ持ち合わせていない。牛乳を好んでいるかなどという質問が、航空機の運用に必要とも思えない。

 混乱する男に若い中佐はこう告げた。

 ――もしかすると貴官は、対地攻撃の先鞭を付ける為に生まれてきたのかも知れない。

 その時、その言葉を理解していたとは言い難かった。

 だが、男は答えた。やって見せましょう、と。

 それがハルトヴィヒ・ヴァルター・ルーデルという三十路に差し掛かろうかという男の転機であった。

 手綱を引き、急降下を始めた愛騎が小さく嘶く。

 胴体から翼端への途中で上向きに曲がり、逆ガル翼となった愛騎が降下を開始する。これは突入時に正面の魔導障壁を展開する上で、展開範囲を可能な限り抑える為に翼の両端を短くするための工夫であり、龍騎兵の魔力消費を抑え、魔導障壁の密度向上を狙ったものであった。

 光陰矢の如し。

 そうトウカが後に表現するほどに、一分の乱れなく一列に並び、放たれた一本の矢の如く急降下する戦闘爆撃騎達。全騎が一列となり、先頭の騎体に障壁を展 開する事で複合障壁を展開し、対空砲火に対しての防護とするという発想によるもので、トウカが提案した円錐状障壁によって避弾経始の能力も付加されてい た。残念ながら、眼下で雲の子を散らすように森へと逃げ込もうとしている戦車からの対空射撃はない。一応、Ⅵ号中戦車には戦車長用司令塔(キューポラ)にMG九二機関銃が装備されており、これは対空目標に対する攻撃としては力不足なものの対空砲火としても使用できる。

 しかし、これは演習であり、車長用司令塔(キューポラ)に対狙撃用に個人用障壁展開装置が組み込まれているとはいえ、三〇㎜演習用機関砲弾の直撃は荷が重い。演習時は戦車から身を乗り出す事を禁止されているので、対空砲火を受ける心配はない。

 ――あの中佐は対空戦車も配備が進むと言っていたが……。戦闘爆撃騎の力、存分、に見せつけてやろうじゃないか。

 魔導障壁によって中和できない重力加速度を肌に感じつつ、ルーデルは不敵に笑う。本来であれば、爆撃照準や無線通信、後部機銃の運用の為に背にもう一人 乗せることもできたが、ルーデルは一人で飛ぶことを望んだ。己の操縦で死ぬのは己だけで良いという思いと、新参者が搭乗することを酷く嫌う愛騎を慮っての ことである。

「全機、散開! 攻撃開始!」ルーデルが叫び、愛騎が嘶く。

 地を這うように進む愛騎の後を追う様に大地の雪が舞い上がる。感覚的に愛騎が地面への衝突を避けてくれるので、思い切った低空飛行も不可能ではない。こ の時、トウカもこの光景を見て、その果敢な姿と龍という航空兵器の性能の高さに感嘆の声を上げていた事をルーデルは後になって知る。航空機は人間一人が運 用し、失敗は即死に繋がることは珍しくないが、航空騎に関しては飛行に関しては練達とも言える龍と共に飛ぶので、操縦に関する不手際による墜落は滅多とな い。

 航空眼鏡(ゴーグル)に投影された照準用光像(クロスゲージ)に長砲身を持つ新型戦車の影が映る。

 これもトウカが瞠目した《ヴァリスヘイム皇国》の既存技術の一つで、米帝で開発されて主要国の多くで運用されている光学照準器(ダットサイト)に準ずる機能を有する照準器であった。

 トウカはそれにも改良を加えた。

 鉄製照準器(アイアンサイト)が照星、照門を合 わせるのに対しこちらは単純に点に合わせるだけなので、素早い照準が可能となることもあるが、龍騎兵は魔導杖という航空騎用魔導機銃を手にしており、両手 が塞がっている場合もある。特に同時使用できない事を避ける為であるが、航空騎用魔導機銃と航空眼鏡、対地攻撃照準は全てが有線で繋がっており、腰に吊る されている小型魔導演算機で一つに統制され、その結果として航空眼鏡はそれ一つで騎体が搭載する全ての武装の照準を行えた。可能ならば目標の未来位置を計 算し、見越し(リードアングル)を自動的に加える回転軸保存(ジャイロ)式を開発し、魔導探針儀と連動するものを搭載する予定だったが技術的な問題の前に叶わなかったと笑うトウカの憮然とした横顔を思い出してルーデルは笑う。

 現状では兵装に合わせた照準光像を記憶させた魔導結晶を複数搭載し、必要に応じて回路接続を切り替えての多目的照準企図するまでが限界であったが、あのサクラギ・トウカという男ならば新しい境地を龍騎兵に示してくれると言う確信があった。

 だからこそ、この新兵器でそれ相応の戦果を示さねばならない。

「ちっ、悪くない動きだ」

 戦闘爆撃騎の攻撃を避けられないと悟ったのか、真下へ潜り込む事で照準を狂わそうと考えている戦車にルーデルはその戦車長の思い切りの良さに舌を巻く。

 ルーデルは魔導杖の被筒(ハンドガード)下部に付けられた補助銃把(フォアグリップ)に追加されたMK九五 三〇㎜機関砲用の引き金に左手の人差し指を掛ける。

「恨むなよ!」

 命中の塗料が付着した戦車は、それに搭乗する装甲兵が責任を持って掃除せねばならないことをルーデルは知っていたが、だからといって容赦する気はない。諦めて寒い中、掃除して貰うことにしよう、と薄く笑う。

 三〇㎜機関砲用の引き金が引かれる。

 機銃の射撃音は銃声というが、MK九五 三〇㎜機関砲はその名が示す通り機関砲というだけあってその発布音は砲声に近い。初めて扱った際は航空騎の中に 在って非常識な口径のMK九五 三〇㎜機関砲に対する不信感があったが、今ではその破壊力の虜である。否、寧ろ更なる大口径機関“砲”を搭載するべきだと すら思っていた。

 破裂音に近いその砲声が等間隔で響き渡る。

 大口径であるが故に発射速度や銃口初速は高くはないが、それを補って余りある威力がある。

 甲高い金属音を放ち三〇㎜演習用機関砲弾が戦車の装甲に赤い大輪の花を咲かせる。銃弾ではなく砲弾なのでその塗料の搭載量も極めて多く、装甲も砲塔も砲身も空間装甲(シュルツェン)も履帯も分け隔てなく真っ赤に染まる。

 雪の大地に視線を巡らせれば、他の戦闘爆撃騎も大半の戦車に直撃弾を与えていた。

「悪くない。これからは戦車にも装虎兵にもデカい顔はさせずに済むな」

 ルーデルな満足気な声に応じるかのように、愛騎が今一度、嘶く。

 この日、ヴェルテンベルク領邦軍航空部隊に新たなる部隊が新設された。


 〈第1戦闘爆撃大隊『シュツーカ』〉


 後に《ヴァリスヘイム皇国》に於いて一個軍団に匹敵する戦力と称された戦闘爆撃騎部隊の誕生であった。









「くそぅ、この塗料、無駄に落ち難いな!」

「いや、すまんなカリスト」

 戦車の砲塔天蓋を長刷子(デッキブラシ)で磨くカリストに、ルーデルは笑顔で謝罪する。

 後になってルーデルが知った事であるが、あの愛騎の下に潜り込んで攻撃機会を逸らそうとした不遜な戦車の戦車長はカリストであったのだ。同じ戦車に搭乗する他の四人の装甲兵と共に文句をぶぅぶぅと垂れ流しながら赤い演習用塗料を落としている。

 領邦軍の中にあって、ヴェルテンベルク領邦軍は《ヴァリスヘイム皇国》有数の領邦軍であったが、その北部地域の郷土的な風土は強い結束と、将兵の頻繁な 交流を齎しており、活発な意見交換が行われていた。ある意味に於いて、陸海軍に分かれ、その中でさえ、複数の派閥に分離している正規軍よりもその辺りにお いては優れていると言える。

「御前、俺の戦車にだけ五発も撃ち込みやがって」

「カリストの戦車とは知らなかった。次からは名前でも書いておいてくれ」

 笑顔のルーデル。

 戦車だけでなく、その搭乗員の精神にまできっちりと止めを刺す男としてヴェルテンベルク領邦軍機甲部隊を震え上がらせた瞬間であった。

 

 

 

 

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