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第六二話    飛び交う銃弾と思惑





「性格は違えども戦闘に対する姿勢は同じ、なのかしら?」

 リシアは戦闘騎や戦闘爆撃騎が駐機する飛行場の端に架設された戦闘爆撃航空団の司令部施設の屋上から、嘶きを漏らす龍達に視線を巡らせる。

 その数、一六〇騎余り。

 全てが戦闘爆撃騎で統一された航空集団としヴェルテンベルク領邦軍内で編成された。本来は重戦闘騎として運用されていた戦闘騎の中でも比較的大型な騎体 に戦闘爆撃兵装として、軽対空砲MK九五 三〇㎜機関砲を砲弾と共に収めた装備……Bordkanone BK 三〇を翼下に外部武装(ガンポッド)方式で翼下に二門搭載。その上、下腹部に専用の軌条(レール)や|懸吊装置を装備し、多目的噴進弾や油脂焼夷(ナパーム)弾を搭載可能でもあった。

 これが初陣となるが、対地戦闘訓練は然して回数を重ねている訳でもなく、ましてや中には生粋の戦闘騎乗りもいるだけに、リシアは近接航空支援を不安視し ていた。征伐軍と蹶起軍の扱う車輛には大きな差異があるとはいえ、誤射や誤爆の可能性も皆無とは言えない。特に機甲突破は瞬間的にして双方の戦力が交差 し、混戦となる場合があり、そうなると可能性は増大する。

「よぉ、リシアちゃん。久し振り」

 背後からの声に、リシアは舌打ちを一つ。

 振り向けば、湯気の立ち昇る金属鋺(マグカップ)を 左右の手に持ち、軟派な笑みを浮かべたザムエルが立っていた。紳士的な佇まいであるものの、軽薄な笑みが全てを台無しにしている。しかし、それ故に何処か 気安さを感じて女性たちはザムエル・フォン・ヴァレンシュタインという男に警戒感を抱かない。当人はそれを意識して成している訳ではない点も始末に負えな いが、リシアにとっての興味を引く要素がない以上、どれ程に誘われても無意味なことであった。

 そんなザムエルを一瞥すると、リシアは再び戦闘爆撃騎達に視線を下ろす。

 現在は氷雪が舞っていないものの気温が低いことには変わりなく、龍達の為に焚火が行われていた。リシアは焚火を、敵の注意を惹き付ける可能性があると反対したが、トウカは龍の体力の消耗を防ぐことを優先した。

 しかし、トウカもリシアの懸念に対して配慮を怠らなかった。飛行場の隅に配置されている対空戦車や牽引式対空機関砲が配備されて砲門が空を睨み、数騎の戦闘騎が空中での哨戒任務に就いている。

 そんなリシアに背後のザムエルから金属鋺(マグカップ)が差し出される。

 一瞬の逡巡の後、その金属鋺をリシアは受け取る。決して催眠薬などが入っているのではと疑ったわけではなく、戦場で使われる食器の衛生面……特に野郎が使う物の清潔感の欠如を知っていたからであった。可能なら当人共々滅菌洗浄したいと思う連中も兵士にはいる。

「しかし、壮観な眺めだよな。いくらウチの領邦軍の航空戦力が多いとは言え、これだけ集めるのは相当揉めただろうに」

「でしょうね。でも、御前と違ってトウカは行き当たりばったりじゃない」

 詰まらなそうなリシアの言葉に、ザムエルは顔を引き攣らせるが反論はしない。

 その点に関しては、腹立たしいまでに真実である。

 当人も理解しているのだ。己の戦果の多くが“運”によって齎されたという事実を。

 無論、運も実力の内であるが、当人がそれに納得することは往々にしてなかった。無論、巧遅よりも拙速を尊ぶ性格は機甲戦力との相性が良い。機動戦に関し ては少なくとも常に戦機を察知し、先手を取り続ける程にザムエルは装甲部隊指揮官としての適性はあったが、それらに対する評価は決して高いものではなかっ た。装甲部隊という新兵科であることも大きく影響しているが、やはり小競り合いでの戦車運用などの指揮は、大規模な衝突ではない為に評価は低い。

「此処で勝てば俺は昇進できる。トウカがさせるだろう」

「それだけの影響力がトウカにあるの?」

 ザムエルの言葉にリシアは疑問を呈するが、当の本人は“ある”と断言する。

 トウカとマリアベルの遣り取りを知る者からすると、二人の会話は完全に母子のそれである。無論、双方共にそれに気付いてはいないことを見るにマリアベル は勿論として、トウカも家族関係に於いては恵まれていなかったと推測できる。そして、その様子を見たフルンツベルクなどの古くからマリアベルに付き従って いた者達は、その楽しげな姿に歓喜することも多い。あのマリアベルが心を許す者が現れたのだ、と。

「今この時に、ってのは皮肉だけどな……俺はトウカならウチの領主様を受け止められると思うぜ?」

 ザムエルは、金属鋺(マグカップ)の黒茶を口に含む。

 楽しげな笑みで会話するマリアベルなどそうはなく、普段であれば嘲笑か淡い笑みに留まるが、トウカが相手であると途端に無邪気なものに変わる。

「まぁ、会話の中身は殺すだの潰すだの物騒極まりないけどな」

 傍目から見ている分には微笑ましい光景だが、会話の内容は人道的にも宜しくないものであった。状況よって勇士として振る舞うこともあれば、卑怯者の仮面を纏うことも躊躇わない二人は、性格だけでなく在り様も似ていることから御似合いに見えなくもない。

 トウカもマリアベルも、他者の不幸を純粋に喜び、その不幸を利用することに心を痛めない人物である。よって大多数とは違った感性と感情の下に行動する。それ故に受け入れられることは稀だ。

 トウカの作戦計画がベルゲンの民間人を巻き込むことを前提にしていることからもそれは窺える。

「トウカはマリア様と同じ視線に立っている?」

 リシアは「まさか」と笑おうとして失敗する。

 確かにマリアベルから信頼されていることは、ヴェルテンベルク領の政戦の一部を任されていることからも理解できたが、同じ視線で物事を見ているということは、マリアベルの思惑も知っているのだ。

 リシアやザムエルでさえ知らないマリアベルの思惑を、トウカが知っている。それはトウカがマリアベルの信任を受けているという意味だけに留まらない。トウカがマリアベルを真に理解しているということに他ならないのだ。

「羨ましいことね……」リシアは、そうとだけ呟く。

 トウカが信頼されていることは知っていたが、それほどまでとは思っていなかった。しかし、ザムエルに気取られることは癪に障るので務めて無表情に振る舞う。

 年齢的にはザムエルが上であったが、幼少の頃から面識がある為、眼前の男が外見や言動の割に察しが良いことを知っていた。

 リシアとしては己を差し置いてマリアベルという孤高の女伯爵に対して憧憬と尊崇の念を抱いていた。同時に力となりその物憂げな表情を払拭して差し上げた いとの思いがあった。無論、自身がその立場にないことも理解している。どれ程に学び、戦い、昇進しようともそれらはマリアベルの求めるモノではなかった。

「まぁ、彼奴(あいつ)に付いて行けば少なくとも楽して勝てる……何より戦死者も減らせるしな」嬉しそうに語るザムエル。

 確かにとリシアも同調するが、内心では疑問を抱いていた。

 マリアベルは明日の犠牲を減らす為に、今日の犠牲を笑顔で許容できる人物である。効果的だと判断するとその犠牲を貶めることも厭わない苛烈さをその身に 内包していた。もし、トウカがマリアベルと同じ価値観を有しているならば、大御巫の殺害が〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉を磨り潰しても利益が損失を上回る と判断した場合、少なくとも表面上は嬉々として戦力を磨り潰す可能性がある。

 自らは何ら責を負う立場に立たずに、である。或いは被害者顔をするかも知れない。

 性格を判断するに、この作戦の成否に関わらず、己の責任を回避する術、或いは正当化できるだけのナニカを必ず準備しているだろう。

 ――若しくは互いに相手の策を利用しようと蠢動している……まさか、ね。

 二人の価値観が同じならば、猜疑と不信感が飛び交いかねない、とリシアは思ったがそれは正鵠(せいこく)を得ているようで違っていたと後に気付くことになる。

「任せなさい。私がいるからあんな得体の知れない変態に頼る必要はないわよ」

「言うねぇ……まあ狐に龍、狼まで侍らしているとなると否定できないなぁ」しみじみと呟くザムエル。

 軍事的な利用価値を見い出したであろうマリアベルは兎も角として、トウカのような胡散臭い人間に侍る狐や狼がいるとはリシアには思えなかった。しかし、 ザムエルという男が他者の感情の機微に聡いことを知るリシアは、咄嗟にその是非を判断することができなかった。自身が是非を問うことができない程に微妙な 魅力しか有していないのか、或いは自身が判断を迷う程に魅力的だと捉えるべきかと逡巡する。

 ザムエルに眉を顰め、口を開こうとしたが、第三者の声がそれを遮る。

「失礼、ハルティカイネン少佐ですかな?」

 温厚な笑みを湛えた中年といった風体の男性。

 野戦迷彩の軍装の上から、冬季戦用の純白の塹壕長外套(トレンチコート)を身に纏い、迷彩布を装備した戦闘用鉄帽(シュタールヘルム)を被った姿は奇抜な装備と軍装の多いヴェルテンベルク領邦軍でも尚、目立つものであった。身体に傾斜するように装備された弾倉嚢(マガジンポーチ)や柄付手榴弾を複数装備した姿は直ぐにでも戦野へと赴けることを示していた。

「ヘンリック=アインハルト・ラムケ少佐です。今作戦の一翼を担う為、馳せ参じました」

 温厚な笑みはそのままだが、眼光は鋭く鷹の如き印象を受ける。


 ヘンリック=アインハルト・ラムケ。


 ヴェルテンベルク領邦軍に新設された特務降下猟兵大隊の指揮官であり、同時にマリアベルの信任厚い人物で、領立孤児院での重要な役職も兼任している。

 実はリシアにとってもザムエルにとっても、ラムケという男性は既知であるどころか頭の上がらない相手でもあった。

 ヴェルテンベルク領邦軍予備役将校であるラムケは、内戦勃発と同時に徴兵されて再編成、再訓練の中である一〇個大隊の内の一つの大隊長として就任した。 嘗て、航空騎による輸送での人命救助を行うなど航空輸送に対して並々ならぬ関心があったことに目を付け、トウカが新設された特務降下猟兵大隊指揮官のとし て移籍させた。

 しかし、リシアとザムエルにとってはラムケは特務降下猟兵大隊指揮官以前に、領立孤児院の神官であった。

 特にザムエルに限っては、幼少の頃から悪事を働いてはラムケに説教を受けていた。実は表面所は温厚なラムケだが、一度激怒するとマリアベルでも手を付け られないという一面を持っている。マリアベルの信任厚く、領立孤児院での教育を一手に任されているのだが、笑顔で苛烈な物言いをする為、後になって考える と明らかに教育者に適していない。

「さぁ、初代天帝陛下から続く、政教分離の大原則を犯した糞蜥蜴の小娘を殺しに行きましょう」

 慈愛の笑みで両手を広げたラムケに二人は顔を盛大に引き攣らせる。

 ヴェルテンベルク領邦軍のみならず、北部貴族は軍事的脅威に晒されているが、兵数制限を受けている為に保有戦力に限りがあった。しかし、手を(こまね)いていた訳ではなく、初等教育と並行して行われる軍事教練や非正規戦力である郷土防衛隊の演習などは盛んに行われており、ラムケはそれらの教育にも携わっていた。

「御元気そうで何よりです、ラムケ先生」リシアは気を取り直して敬礼する。

 ラムケはそれに対して、優しげな笑みを浮かべ、他人行儀は悲しいです、と二人を抱き締める。空になった二人の金属鋺(マグカップ)が小さな音を立てて屋上を転がり、馴れない感触に二人は気恥ずかしさを感じた。

「まさか御二人と戦野に立つことになるとは思いませんでした。微力ならがら助力致しますよ? 子供達」

「先生はこの作戦の要だからな。俺は敵の主力と盛大に撃ち合わなきゃならないけど、リシアとウチの名参謀が付いていくから安心してくださいよ」

 ザムエルがすかさずリシアの肩を抱いて大いに頷く。

 雰囲気に合わせてさり気無くお触りを敢行するザムエルの脇腹に肘打ちを見舞うと、リシアは深い溜息を吐く。

 正直なところリシアは今回の作戦が成功するとは思っていない。そもそも、ベルゲンに駐留している守備隊主力を〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉が引き寄せた としても、ベルゲン自体が堅牢な要塞都市であり、中央の司令部にまで浸透することは不可能であった。リシアはベルゲンに侵入する手段を空挺だと聞いていた が、敵の魔導探針儀や対空砲が沈黙しているはずもなく、ベルゲン上空に到達する前に補足、迎撃される可能性が高いと考えている。最悪、迎撃騎によって包 囲、撃墜されることも十分に有り得た。

「名参謀……おお、サクラギ中佐ですね! 彼は素晴らしい人物です! あの糞蜥蜴の小娘に万難を排して挑もうとする、正に皇軍軍人の鏡です」

「え、ええ……そうですね?」

 疑問は腐るほどあるものの、皇室尊崇の念と天霊の神々に対する敬愛を延々と聞かされることになるので、リシアは決して否定しない。

 視線を逸らし、飛行場を見るとラムケの旗下と思しき特務降下猟兵大隊の人員が点呼しており、到着したばかりなのだろうと見当を付ける。

 ――数が少ないわね。空挺出来る人数が限られているんだから当然よね。

 傍目に見ても一〇〇名に満たない。しかし、厳選された精鋭であろうことは想像に難くない。見慣れない銃火器を装備し、用途不明の物資も周囲に並べられて いる一角だけは無気味であった。降下猟兵大隊の兵士が油断のない足取りで歩哨をしている姿を見る限り、少なくとも戦士としては不安を感じないほどの練度も 持っている様に見える。

 でも、とリシアは思案する。

 ――空挺が成功して目的を達成したら、どうやって撤退する気?

 リシアは不安だった。

 装虎兵や軍狼兵が徘徊しているであろうベルゲン近郊を少数兵力で突破するなど悪夢である。混乱の最中、魔導車輛を奪っても長駆撤退が叶うかどうかは極め て投機的と言わざるを得ない。無論、〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉と合流できれば良いが、それが叶うとは限らず、ベルゲン守備隊と熾烈な戦闘を繰り広げて いるかも知れない。

 考えるが妙案は浮かばない。

 まさか、殺せるだけ殺して玉砕する気じゃないでしょうね、という懸念をリシアは捨て切れなかった。









「総員、撃鉄を起こせィ! 抜刀せよ! 命を惜しむな! 死して郷土の誉れとなれッ!!」

 ザムエルが曲剣(サーベル)を掲げて絶叫する。

 Ⅵ号対戦車自走砲指揮型の天蓋に仁王立ちする姿は、若手将校ばかりの指揮官集団の中にあっても一際、目立つものであった。

 トウカはそれをⅥ号対戦車自走砲指揮型の横で直立不動の姿勢をもって傾聴していた。将兵も傾注の姿勢のままにザムエルの言葉に耳を傾けており、その表情は一様に戦機に逸っている。対するトウカは醒めた表情のままに、氷雪舞い降りる曇天を見上げていた。

 ――さて、突破できるかどうか……

 正直なところ、トウカは〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉の練度に不安を抱いていた。無論、それも織り込み済みで戦術を立案していたが、練度は攻撃、防禦、 機動、の全てに影響し、指揮統制の面でも不安があった。特に装甲兵器はその構造上、死角が多い為に歩兵の随伴が必要不可欠であるが、装甲車や輸送車の不足 からそれらを十全に満たせていない状況は、トウカの不安の種の一つであった。無論、死角が増大する密林戦や市街戦は想定していない。雪原という開けた地形 での火力戦に終始させる予定であるが、一度、大兵力にものをいわせた歩兵に接近されると甚大な被害を受けるだろう。

 しかし、トウカも無策ではない。

 |近接防禦兵器(Sマイン)の搭載に加え、同軸機銃の設置も長砲身への転換と共に行われている。何よりも皇国軍車輛は車長用司令塔(キューポラ)に魔導障壁を展開する機能がある為に戦車長用車載機銃を銃弾飛び交う戦野でも運用可能であった。トウカの知る大戦期型戦車を比しても対歩兵戦闘に関しては高い次元にある。

 無論、それでも尚、完全とは言えない。

 そこで登場するのが対空戦車である。

 速射性に優れた対空機関砲を複数門装備した対空戦車による掃射は障害物を吹き飛ばし、歩兵を薙ぎ払うには打って付けである。トウカは元より対歩兵戦闘を 見込んで対空戦車の量産に踏み切ったのだ。そもそも対空戦車が必要とされる状況は、航空優勢を失った戦局不利の状況であるが、その場合は航空機や牽引対空 砲などの、安価で数を揃え易い通常の対空兵器の生産配備が優先される。対して対空戦車を量産できるほどに余力が生じている状態とは、普通戦局が有利で航空 優勢を得ている状態であり、わざわざ対空戦車を量産する必要がない状態である。どちらにしても対空戦車の量産配備は後回しで十分な数が揃わない傾向にあっ た。だからこそ、トウカは早い段階で対空戦車の量産に踏み切った。何よりもこの世界の攻勢は現在のところ密集した戦力による突撃が主体であったという理由 も大きい。

 対空戦車はそれらの戦術を兵器性能だけで覆す存在である。無論、大口径対空砲による対地攻撃は兼ねてから行われていたが、それは機動力が皆無に近く、装 虎兵や軍狼兵の接近に無力であった。しかし、戦車の車体を利用した対空戦車は陣地転換が容易であり、速度こそ装虎兵や軍狼兵に劣るものの機動力を付与され ている為に、後退や前進も容易である。

 多種多様な装甲兵器を揃える事によって弱点を軽減し、機動力を生かした戦闘を展開する。単一で多くの状況に対応できる戦艦の様に。それがトウカの目指す装甲部隊であった。

 無論、全てに対応することは難しく、戦艦が対潜戦闘を行えず、圧倒的戦力の前には無力である事からもそれは分かるが、限りなく全対応型の部隊に近づける努力を怠ってはならないことは確か。

 指揮官に最大限の選択肢を与えられる部隊を。
 兵士に最大限の生存への選択肢を与える武器を。

 軍としての被害を軽減し、一人でも多くの将兵に再び故郷の大地を踏ませてやることが作戦立案者の使命だとトウカは信じて疑わない。

「我が戦闘団(カンプグルッペ)はこれより、作戦行動を開始する!」ザムエルの大音声。

 将兵がそれに合わせて叫びを上げる。

「――――――――ッ!」

 爆発したかのような喚声は、何ら言葉として成立しない咆哮であった。

 だがその苛烈なまでの戦意は空気を震わせ、轟々と氷雪舞う大地を震わせる。

 国家や歴史。
 家族や恋人。
 主君や部下。
 矜持や覚悟。

 護るモノ、奉ずるモノ、掲げるモノ、抱くモノ、愛するモノ……それぞれの戦う理由に違いは有れどもそれらを優しく包み込む郷土を護らんとする意志に一片の曇りはない。

 ザムエルが叫び、将校達も咆える。

 最早、理屈ではないのだ、とトウカはこの時、思い知った。

 故に、異邦人も叫ぶ。

「|祖国万歳(Heil dem Vaterland)!!」

 生まれは違えどもこの北の大地に愛する者がおり、個性的なれども優しく、そして何よりも気高く生き続ける人々がトウカの背後にはいるのだ。

 行き着く先はトウカにも分からないが、不思議と負ける気はしなかった。

 或いは、嘗ての祖国の烈士達も敵に劣る装備でありながらも果敢に戦い続ける事が出来たのは、同じ理由に依るところかも知れない、とトウカ想いを馳せる。

「|勝利万歳(Sieg Heil! Viktoria)!!」腹の底からの咆哮。

 叶う限り冷静を保つことに務めていたトウカだが、今この時は一匹の野獣となった。










「これほどとは……な」

 ベルセリカは二の句が継げなかった。

 火力優勢という言葉は、領邦軍士官学校を覗いた際に聞いていた。

 だが、トウカはそれを異常なまでに徹底して行った。

 顔を隠すほどに大きな深編み笠を右手で押し上げてその光景を見つめる。

 密度は低いが歩兵を隠蔽するには十分な雪化粧をされた森林。多種多様な砲爆撃に晒され、土砂と木片を巻き上げながらも黒煙に包まれており、時折覗く着弾の炎が砲爆撃に依るものだと告げていた。そうでなければ森林火災と見紛うばかりの光景である。

 空を往く無数の滑空音を聞き、ベルセリカは反射的に空を仰いだ。ベルセリカは知る術もないが、〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉の自走迫撃砲大隊や自走榴弾砲大隊だけではなく、〈傭兵師団(ランツクネヒト)〉に属する野戦砲兵聯隊の一六〇㎜牽引式重榴弾砲や一一〇㎜牽引式軽榴弾砲が砲兵陣地を形成、健在な敵陣に対し砲撃を開始したのだ。砲弾は、敵の前線である雪化粧の施された森林に次々と弾着し、黒々とした火柱を吹き上げる。

 だが、それでも砲撃は続行される。

 〈傭兵師団(ランツクネヒト)〉の牽引式野砲だけでなく、〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉の自走砲を合計すると七〇門を越え、その上、迫撃砲は重、軽を合計するとそれとほぼ同数となる。領邦軍は基本編成を無視した場合が多いが、〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉と〈傭兵師団(ランツクネヒト)〉は極め付けであった。

 双方共に火力重視の編制である。

 英雄より火力こそが趨勢を決すると考えているトウカは兎も角、〈傭兵師団〉の編成はこの世界では異端である。火力集中は、この世界の軍隊では珍しく、特 に傭兵として各地を転戦していた〈傭兵師団〉の面々にとって、野砲や迫撃砲は扱い難い兵器であると踏んでいたベルセリカだが、その期待は裏切られた。

 ――マリアベルめ。あれもトウカと同じ方向性で戦をする腹積もりであったな?

 そうでもなければ、これほどの火砲を集中して運用することはできない。火砲の集中に伴う弾火薬の集積所の設置と、総合的視野で効率的な統制砲撃を行う為 に必要不可欠な射撃指揮所の配置。移動に関する車輛や膨大な弾薬供給を可能とする輜重線の保持。それらを護衛する為の部隊。

 短期間で用意し、育成できるものではない。〈傭兵師団〉の将兵に対する運用訓練などを考慮すると、元より前提としていたとしても不思議ではなかった。端から火力戦を実行する腹積もりであったのだろう。

 効力射によって土砂と共に天高く舞い上がった人影を見つめ、ベルセリカは騎士の時代が終わりつつあることを察した。戦車を前にした際に薄々感じ始めていたが、眼前の狂気じみた火力戦を前にそれは確信へと変わる。

 ベルセリカは、双眼鏡で砲撃の様子を確認しているトウカを横目で確認する。その横顔は何ら感情を宿さず、内心は読み取れない。無心に草刈りをしているかのような瞳だが、眼前で駆られているのは紛れもない人命。

「戦闘団司令官、意見具申」

 双眼鏡から顔を離したトウカが、ザムエルに向き直る。

 その感情を宿さない瞳に一瞬気圧されたザムエルだが、指揮官を務めるだけあって直ぐに頷くと言葉の続きを促す。

「散布界が広すぎるかと。突破予定地点に火力を集中させるべきでしょう。砲弾は無限ではありません」

「しかし、後続する〈傭兵師団(ランツクネヒト)〉の主力部隊が突破できるだけの破孔を作らねば必要以上の被害が出るのではないか、参謀」

 二人の言葉をベルセリカは吟味する。

 双方の主張には一理あり、一方が間違いということはない。

 確かに砲撃の散布界を絞れば砲撃密度は向上し、砲撃地点は塹壕諸共早々に砲弾で耕されるだろう。だが、砲撃範囲を絞れば兵数が少なく、高い機動力を有する〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉は兎も角、後続する予定である〈傭兵師団(ランツクネヒト)〉は兵数も多く、歩兵主体の突撃を行う為に敵戦線に広い破孔を必要とし、その上、防禦力に劣る為に反撃を受けると被害が増大する。

 しかし、とベルセリカは思う。

 ――敵が壊乱するならば、それに平行する形で浸透できやもしれん。

 敵は誤射を恐れて攻撃に大きな制限が加えられ、突破が目的である〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉は敵の体制が整う前に戦域を離れることが可能だろう。

「戦闘爆撃航空団があります。これの爆撃と掃射によって敵戦力を大きく漸減できます」

 トウカの言葉に、ベルセリカはそう言えばそのようなものがあったか、と思い出す。

 航空騎とは航空騎同士で航空戦を行うものという固定観念は《ヴァリスヘイム皇国》のみならず、世界共通のものである。対地攻撃という手段が取られることは極めて少ない。龍による火炎吐息(ブレス)は、軟装甲目標に対しては有効であるものの、硬装甲目標に対しては効果不十分であることから多用される例は少ない。

「そうか、では参謀。その様に」

 ゆったりとした動作で折り畳み椅子に腰を下ろすザムエル。傍目には指揮官然として見えるが、ベルセリカには内心で動揺していることが見て取れた。

 トウカの無表情はそれほどに恐怖を誘うものであった。

 響き渡る砲声に、大地を揺らす着弾音。

 煉獄への扉が開いたかのように黒々と黒煙を上げる大地を背にしたトウカ。

 時折、征伐軍からの集団詠唱による砲撃魔術や火砲での応射が付近に着弾し、大外套の裾を揺らすが、それらに怯える様子はない。その毅然とした佇まいはま るでトウカが戦闘団の指揮官であるかのように錯覚させるほどで、濃緑茶褐色の野戦用の参謀飾緒がなければ初見での区別はつかないだろう。

「戦闘爆撃航空団に近接航空支援要請。戦域内の敵火砲戦力と機動戦力に反復攻撃を加えよ」

 付近で雪原に置いた野戦電話を操作していた通信兵に、トウカが命じる。

 戸惑いの表情の通信兵が慌てて、受話器に手を掛ける事にも目もくれず、トウカは大外套を翻す。

「そろそろ機甲戦力投入の好機かと」

 そう呟いたトウカは、その場から静かに去った。










「敵戦車正面……距離、六〇〇! 数三、各自個別に対処!」

「六時の方角、四〇〇に対戦車砲中!? 何の為に榴弾を積んでいると思って――」

「正面に対戦車阻害!? 工兵大隊で――」

「敵の増援!? 聯隊規模!? 航空支援を――」

 忙しなく無線機でのやり取りを続けている幾人もの司令部要員達をトウカは指揮官席に座って見つめる。この場に本来座っているはずのザムエルは指揮戦車に飛び乗って今頃は最前線で機甲戦の真っ最中であろう。

 トウカに戦闘団の指揮を押し付けて。

 端からその心算だったのか、戦車兵用戦闘服に身を包んだザムエルに、トウカは呆れるよりも先に納得した。ザムエル・フォン・ヴァレンシュタインという男 は指揮官である前に一人の戦車兵なのだ。魔導通信は魔術の飛び交う眼前の戦野に於いては途切れ途切れの反応しか示さないが、壊乱しつつある敵情を見る限 り、逆撃を受ける可能性は低く、心配するほどではない。

「第三戦闘爆撃中隊、|上空通過(Ein overflight)……|今(Jetzt)!」

 頭部音響通信具(ヘッドセット)を耳に押し当てた司令部要員の言葉に、トウカが上を向くと一二騎の戦闘爆撃騎が嘶きと共に頭上を通過するところであった。

 戦闘爆撃航空団は後方の飛行場から現れて盛んに航空支援を敢行している。

 装甲部隊が遅滞防禦を意図した有力な敵戦力と接触した際、近接航空支援によってこれを集中した火力を提供する事によって粉砕し、進撃路を確保する。砲兵 の面制圧と違い、近接航空支援の利点は単一目標に対して攻撃を集中可能であるという点であった。対する砲撃は面制圧が基本であり、少数目標に対しての攻撃 は効率が悪い。

 指揮車輛として改装された大型雪上車輛の荷台部に設置された装甲指揮室が立ち上がる。上面開放式(オープントップ)の装甲指揮室に仁王立ちし、氷雪舞う大空を往く騎体を、トウカは見据えた。

「航空機を全て投入し、一二時の方角の敵を制圧しろ! 前面に展開している装甲部隊は両翼に進出し、戦線の破孔拡大に努めよ! ……ハルティカイネン少佐!」

 手早く命令を出したトウカは装甲戦闘室の隅で、地図に部隊配置を記入していたリシアを呼ぶ。突然の声に驚くリシアだが、そこは軍人であり、素早く敬礼を以て応じる。

「中佐殿、如何(いかが)いたしまして?」

 先刻とは打って変わり軍人としての対応をするリシアに対し、トウカは笑う。

 急造の部隊だが士官の比率が多い為、部隊は急進撃の最中にあっても未だ統率を保っている。元来、ヴェルテンベルク領邦軍は有事の際、予備役を編入して再 編成し、戦力を短期間で増大させる為に下士官や曹長などの中堅層の占める割合が三分の一を超えていることも良い影響を齎した。

「前衛に破孔の拡大は任せる。我々は本隊と後衛を糾合し、中央突破を行う」

「前面に展開中の敵はどのように?」

 トウカは、分かり切った事をと笑う。

 ザムエルは前衛の三個装甲大隊……一個装甲聯隊〈第一装甲聯隊『ラインバッハ』〉の一〇〇輌を超える改修型Ⅵ号中戦車を率いて猛然と行進間射撃を繰り返していた。だが敵はその突撃を逸らす為に左右の森林へと後退しつつ二手に分かれる。

 ――ザムエル。行進間射撃は歩兵を排除するなら兎も角、敵戦車を撃破するのは難しい。

 戦車同士の平面での機甲戦を想定すると、行進間射撃は基本的に直撃弾を得ることはできない。相手がこちらに正面を向けている場合、前後方向に移動するだ けならば、照準している側からは変位差が無いので命中弾を得易くなる。しかし、相手が横に移動している場合は着弾時の未来位置を想定して射撃する必要があ り命中弾を与え難い。そして相手も発砲炎確認後に急停止や加速を行うので難易度は倍増する。その上、地形の起伏を考慮すると命中率は更に下がる。

 敵にも少なからず戦車が含まれているらしく、〈第一装甲聯隊『ラインバッハ』〉も無傷とはいかない。中には黒煙を噴き上げて停止する車輛や、対戦車小銃に履帯を撃たれて擱座する車輛が散見される。歩兵戦力が少ないので敵歩兵の接近を許した車輛があるのだ。

「戦闘団司令官殿に伝令! 我が歩兵戦力は少数。森林に近づけば歩兵の接近を許す、と。此方から対空戦車を増派する」

 この為に率いてきた対空戦車である。

 対空戦車は非装甲または軽度の装甲しか施されておらず、戦闘車輌や対戦車兵器との直接戦闘を考慮していない。しかし、対空機関砲による水平射撃の威力は 魅力的であり、対地目標への火力支援に投入されれば、特に歩兵などの非装甲目標に凶悪なまでの威力を発揮する。同時に、この様な運用では反撃による損耗も 大きい。対空戦車による対地戦闘を前提とした戦術を持つ軍隊は少なく、特に機関砲を搭載した歩兵戦闘車が登場すると非装甲目標に対する攻撃に対空戦車が割 り当てられることは少なくなった。

 しかし、トウカは早期にこれらを運用する必要性に迫られ、既存の車台や対空機関砲を用いて対空戦車を製作した。

「突撃砲に乗せている装甲擲弾兵を降車させます」

「任せる」

 トウカはリシアの言葉に即答する。

 続けて命じようとしていた言葉を先取りしたリシアに、トウカは、領邦軍士官学校首席は伊達ではない、と薄く笑う。野戦指揮官としての能力は十分に備わっていた。

「ただし、進撃は戦車を楯にしつつ行えと伝えろ。既存の歩兵戦とは違う」

 懸念している注意点だけを述べ、トウカは地形図に進撃部隊を書き込む。

 征伐軍防衛部隊が壊乱状態にあるとはいえ、戦車や砲兵は未だ組織的な抵抗を続けている。

 何より雪中戦は環境的な要因が部隊の戦闘に大きな影響を及ぼし、作戦行動が阻害される。無風状態にであっても極めて低気温であるが、風がある場合は体感 温度は更に低下し、積雪地域において風雪などは体感温度を下げるだけでなく、装備、兵器に雪、水が付着。体温を奪い、視界を制限して機動力を低下させた。

 身体面では低体温症と凍傷の危険性が増大し、適正な防寒具を装備していない人間は短時間で意識を失う。そして氷点下の気温は思考力を低下させる為に意志 決定を阻害し、円滑に動作と指示ができずに疲労は高まり、これは寒冷地帯に強い種族であっても長時間外気に晒されれば例外ではなかった。装備に於いても多 大な影響を受け、氷点下になると金属類は耐久性が低下し、作動中に装備が破損する可能性もある。

「そろそろ、か」トウカは空を往く戦闘爆撃中隊を見上げる。

 正面の敵は遅滞防禦を意図した一個師団規模の戦力。増援に現れた一個聯隊の指揮官はかなり優秀な者らしく、壊乱して後退を続ける部隊を糾合して戦力を増加させた。無論、〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉の失策に付け込んだという側面もあった。

 トウカが予定していた機甲突破は敗走する敵を突破し、更に後方の敵に攻撃を加えるという流動的なものであったが、既存の基本戦術で少数での浸透を否定し ていることもあり、前線の小隊指揮官などが忌避感から壊乱する敵を横目に進撃する事ができなかった。トウカからすると包囲される危険性などなく、もし包囲 されても近接航空支援や自走榴弾砲による支援の下で悠々と囲解できるのだが、古典的な戦術を学んでいた軍人達の包囲への恐怖心は簡単に拭い去ることはでき ない。

 古来より包囲戦は軍人にとっての理想であり悪夢なのだ。

 トウカは限定的ながらも電撃戦と呼べる高機動戦術を可能とする戦力を集める事に成功したが、それを実行可能な将兵は集められなかった。装虎兵や軍狼兵に 近い戦術を戦車で行うという初めての試みとして、好意的には見られていたが、実情としては手探りの状態であった。トウカも戦術としては理解していたが、経 験としての蓄積がある訳ではなく、常に最善の判断を下しているという自信はない。

 最も、近接航空支援はそれらを補って余りある威力であったが。

 着弾……雪原を駆けた風圧がトウカの顔を撫でる。

 最初にトウカの上空を通過したは戦闘爆撃飛行中隊の半数が緩降下によって集束爆弾を投下し、方陣を形成しつつあった前方の敵部隊に炸裂させる。爆竹を撒 き散らしたかの如き爆発の煌きは後続する敵聯隊を一瞬にして壊乱状態に追い込む。しかし、時折大規模な障壁を展開する閃光が見えることから、地上部隊であ りながらも爆弾に対する防禦を行えることが見て取れた。

 だが、戦闘爆撃中隊もそれを見越していた。

 障壁が集束爆弾によってばら撒かれた弾子に晒されて過負荷により砕け散る。

 そこへ後続の戦闘爆撃騎が緩降下で殺到する。

「|攻撃、攻撃(Pauke Pauke)!!」航空支援を指し示す符牒をトウカは叫ぶ。

 最早、航空戦力も全力投入し、強行突破するしかない。敵は防禦縦深を想像以上に取っており、後退を許せば遅滞防禦を許すことになる。継戦不可能なほどの被害を与えるか、一部を突き崩し、機動力を以て突破するしかない。

 友軍騎の航過によって大地に生まれた紅蓮の炎の壁が、此方に対して銃を構えた敵兵の背後から瞬く間に広がり、追いつき飲み込んでいく光景をトウカとリシアは見守った。全身を炎に巻かれ、飲み込まれていく敵兵の影達。

 油脂焼夷(ナパーム)弾。

 油脂焼夷弾の充填物は人体や木材などに飛散するとその親油性から極めて落ち難い。水をかけても消火が困難で、本来ならば消火する為には界面活性剤を含む水か、揮発油(ガソリン)火 災用の消火器が必要である。当然、その様なものが戦野に準備されているはずもない。否、そもそも未だその様な科学的産物はこの大地に生まれ落ちていない。 そして、油脂焼夷弾の燃焼の際は大量の酸素が消費される為、着弾地点から離れていても酸欠によって窒息死、あるいは一酸化炭素中毒死することがあること は、炎に巻かれなかった付近の兵士が次々と斃れ伏していることからも分かる。

「陣形を装甲楔型陣形(パンツァーカイル)に! 敵を一気に突き崩す!」

 トウカの言葉に戦車や自走砲、対空戦車が前進する。

 装甲楔型陣形(パンツァーカイル)とは敵に対し 強力な防禦力を持つ戦車を先頭に楔形陣形を形成し、敵陣を一挙に突き崩す機甲部隊の突撃に適した陣形であった。先頭を行く戦車が陣形の要で、敵に破壊され ないことが肝要で、本来ならば重戦車が配置されるものの、ヴェルテンベルク領邦軍はおろかこの世界に重戦車という概念は未だなく、トウカも新型戦車を開発 し、量産するだけの時間はないと判断し後回しにしていた。そして、攻撃準備射撃や障害処理などを省略すると、 攻撃失敗の危険性が高まるが、トウカは全てを航空騎と自走砲で吹き飛ばすよう命令する。

 無論、征伐軍も撃たれてばかりではない。

 魔導射撃と野砲の応射。

 装甲指揮車の付近に着弾し、リシアが姿勢を崩すが、トウカは腰に手を回してそれを支える。武芸を嗜んでいる以上、足腰はそれなりに鍛えられていたので、至近弾の衝撃にも耐えることが出来た。

「応射! 応射ッ! 敵特火点を粉砕せよ!! 戦闘爆撃航空団は魔導士を、砲兵は対砲迫射撃!! 叩き潰せッ!!」

 対する〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉……トウカも黙ってはいない。

 対砲迫射撃とは、砲兵で敵砲兵を攻撃することであるが、今回行われた対砲迫射撃の基準を越える膨大な量の砲弾によって実現された。純粋な火力の叩き付け合いである。

 トウカが拳を突き上げて声を張り上げる。その断固たる姿は多くの戦友に戦意を与え、攻撃を一層苛烈なものへと変化させる。

 再び双方の砲弾や魔術が交差する。〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉に限っては完全な機械化編制であり砲撃魔術を行使する部隊は存在しない。

 前方の敵陣の各所から弾着の焔が舞い上がり、それは加速度的に数と轟音を増大させた。

 魔導の閃光や野砲の発砲炎の位置に航空攻撃と砲撃が集中する。障壁を有する魔導士という個別目標には、集束爆弾と油脂焼夷(ナパーム)弾による二段攻撃が降り注ぎ、装甲兵器や歩兵に対しては自走砲や野砲の砲火が集中する。

 敵部隊の応射は結果的に敵に特火点を暴露することと同義であり、〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉の砲兵や龍騎兵に正確な砲爆撃を行うことを可能とさせた。 砲爆撃の時間こそ短時間だが、砲爆撃の量と間隔は凄まじく、大量に集中し、多数の目標を破壊し、将兵を心身共に圧倒した。

 狂気に駆られたかのような火力集中に味方の将兵すら畏怖するが、それ以上に歓喜した。

「さぁ征こうではないか諸君! 郷土を護る為に!!」

 異邦人に限らず、此処にいる者の全てが光指す前方を見据えた。

 郷土に悲劇を齎さんとする絶望を吹き払う光。
 愛する者の下へと帰る遙かなる道を照らす光。

 〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉の誰もがその光を一心に見据える。

 彼等は国体護持を担う皇軍ではない。だが、郷土を護持する領邦軍である。しかし、郷土という集合体こそが祖国を形成している以上、彼らもまた皇軍と言えるのではないか。

 皇軍双撃という、本来であれば忌避され事象に対し、彼らは迷いなく、砲弾と爆弾を以て己の意志を示し、戦友達と肩を並べる。愛する日常を郷土が紡ぎ続けられるように。

 必ずである。必ず護らねばならない。トウカは軍帽を押さえ付けつつも叫ぶ。

 「|戦車、前へ(Panzer Vor)!!」

 幾百の爆弾が降り注ぎ、幾千の砲弾が飛来する。

 戦域は閃光と黒煙に満たされ、視界を塞ぐ。

 だが、彼らには遙か先が、未来が見えていた。

 異邦人が叫ぶ。

「我々は今、悪魔のように前進を開始する!!」

 ありとあらゆる装甲兵器が前進する。

 本来であれば、支援車輛であるはずの、自走榴弾砲や対空戦車、突撃砲なども砲撃を繰り返しつつ前進し、装甲擲弾兵も小銃や対戦車小銃、拳銃を手に突撃を開始する。

 戦域全体を押し上げんと言わんばかりの突撃。

 誰も彼もが、戦意の発露としての突撃を選択する。

 魔導機関の重低音が戦野に響き渡り、それを砲声が掻き消す。


 時に皇歴四五九九年の出来事であった。

 

 

 

 

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「我々は今、悪魔のように前進を開始する!!」

       《独逸第三帝国》武装親衛隊少将 クルト・マイヤー