<<<前話  次話>>>

 

 

第一九七話    全体の支持

 

 

「糞ッ! 帝国にもできる奴がいるな! 索敵軍狼兵中隊を出せ! 出し惜しむなよ! 全部だ!」

 ザムエルは、想像と違う状況に戦域図に平手を打ち据える。なかなかどうして敵軍にも優秀な奴がいる、とザムエルは獰猛な笑みを見せ、〈ドラッヘンフェルス軍集団〉の面々に視線を巡らせた。

 〈ドラッヘンフェルス軍集団〉とは、陸軍より抽出された五個歩兵師団と、皇州同盟軍より抽出された二個装甲師団を基幹とした軍で、後続には皇州同盟軍からの増援として三個装甲擲弾兵師団や二個野戦列車砲聯隊を初めとした各種補助戦力が付随する。

 しかし、未だドラッヘンフェルス高地の防御陣地は完成を見てはいない。挙句に戦力も揃ってはいない。

 既に泥の大地は皇国北部に現れつつあった。春先へと足を踏み入れたのだ。例年と比して長い冬が過ぎ去りつつある。

 皇国北部は風光明媚な冬の景色を各地で見せる美しい大地である。幾つもの湖に森林、河川を有するが故の景色は雪化粧によって美麗なる事この上なきものがあった。

 しかし、春先にもなると凍てついた湖や河川は融け、大地を覆う大雪も激流となる。結果として、多くの大地が泥沼と化す。

 泥濘に蚕食された大地に、帝国〈南部鎮定軍〉は足を取られる筈であった。進撃速度は著しく低下し、機動打撃は困難となる。無論、皇国側も同様であるが、 装甲戦力の主力となっているⅥ号中戦車は、当初より北部での運用を前提としている為、幅広の履帯を装備し、防水対策にも配慮がなされていた。軍狼兵や装虎 兵も踏破能力は決して低くはない。問題は魔導車化歩兵部隊であり、履帯装備の車輌が不足していた。

 ――戦車跨乗(タンクデサント)じゃ随伴させる意味がねぇな。随伴による死角の低減は可能だろうが、被害が大きくなり過ぎる。

 装甲戦力に歩兵を追随させるのは機動戦に於ける基本である。トウカが装甲戦力単独兵科による総戦車戦闘教義(オールタンクドクトリン)に 対して極めて否定的であったことから、装甲部隊の単独行動への研究は早々に潰された。視界確保に難のある装甲部隊単独での突出は歩兵部隊の接近を容易に許 すと“証明されている”ので許可できないというトウカの発言に抗するものなど居るはずもない。軍事技術と政戦、戦備に於ける裁定者の取捨選択を覆し得る実 績と経験を持つものなど皇州同盟には存在しなかった。

 ――泥濘じゃ狼共の鼻も怪しいもんだぜ。索敵能力も知れてる。

 戦車に軍狼兵、装虎兵という機動打撃戦力と輜重、工兵、通信などの部隊を纏めて迂回突破を狙う事も難しい。索敵で後手に回れば機動打撃など意味はなく、主導権を握れない。突出した挙句の防戦など兵力の無駄遣いに過ぎないのだ。

「敵軍は数個師団相当だが、問題は森林地帯を行軍している事だ。これは厄介だぜ。偵察騎の索敵でも判然としない挙句、森林じゃ戦車は使えねぇからな」

 ザムエルは、〈ドラッヘンフェルス軍集団〉の面々を一瞥する。

 森林地帯を浸透する事で進軍する帝国軍部隊は、既存の帝国陸軍の戦闘教義(ドクトリン)から外れた用兵思想を持つ指揮官によって統率されている事は疑いない。

 ザムエルは軍帽の上から頭を掻き毟る。

「狂ってやがる。道路もねぇ森林を行軍? 砲兵や車輛なんて随伴できるはずもねぇ。いいとこ中迫(中口径迫撃砲)が限界だろ? そんな支援で銃剣突撃?」

 優勢な砲兵戦力の下での大兵力による突撃こそが帝国陸軍による基本的な戦闘である。単純であるが膨大な工業力から生まれた大量の火砲と、大人口と速成教 育による大兵力は、戦争の基本である敵よりも優勢な兵力を揃えるという点を満たしている。無論、そこには教育制度の不備により士官育成に難があり、将兵の 質から機動戦などの複雑で現場の判断に負うところが大きい作戦行動を大多数の部隊が選択できないという事情もあるが、帝国陸軍は自軍の欠点を良く理解して いるとも言える。

 だが、今回現れた敵軍は違う。森林地帯を分散しながらの進撃だけでなく、広域無線封鎖までして魔力波の放出を抑えて所在を不明確としている。トウカが近代戦に於ける要素の一つとして挙げた“隠蔽”に通ずるものがあった。

「だが、籠る訳にはいかん。未完成の防御陣地を見せるのは面白くない」

 〈ドラッヘンフェルス軍集団〉の副司令官となったタルヴェラの言葉に「そりゃそうだ」とザムエルも鷹揚に頷く。

 未完成であると気取られれば主力が早々に攻め寄せるという選択肢を執るかも知れない。

 帝国陸軍〈南部鎮定軍〉も最大で四〇万を超える被害を出していると推測されるが、その被害の大部分は侵攻に合わせて徴兵された急造の師団に集中している と見られている。彼らは矢玉を凌ぐ肉盾である。エルライン要塞攻防戦時の憲兵隊による検死から、国内の少数民族を寄せ集めていると判明しており、帝国上層 部は国内の潜在的脅威を磨り潰せたと、被害と考えていない公算が大きい。

 迅速な運用が可能であろう〈第三親衛軍〉を初めとした正規軍の過半は健在である。

「敵が機動戦を選択すると面倒だな。防御陣地という金床の意味がなくなる」

 機動戦で対応できるかと言われれば疑問符が付く。人海戦術ではなく機動戦を〈南部鎮定軍〉から挑まれた場合、ドラッヘンフェルス軍集団の機動戦力はこれに応じざるを得ない。迂回突破で後背に回り込まれては最終的に包囲を免れなくなる。

 そこで一人の情報参謀徽章を付けた妙齢の女性が手を挙げる。

「閣下、進言致します」

「応、情報参謀。言え言え、大いに言えや」

 ザムエルは両手を広げる。麗しい女性の言葉は公私共に大いに耳を傾けるのが、ザムエルという男である。今となっては恒例の遣り取りを揃って流す軍集団司令部の面々。妙齢の情報参謀も何事もなかったかの様に言葉を重ねる。

「〈南部鎮定軍〉による機動戦は、現状の経緯から成されない可能性が高いと推測できます」

「それは有り難い推測だなぁ……理由は?」

 それが事実であるならば有り難い。

 ザムエルとしては機動戦力同士の衝突は望むところであるが、今回の任務は遅滞防御が基本である。敵戦力の誘因と遅滞こそが主目標である。

 妙齢の情報参謀が藍色の髪を掻き上げると、端的に理由を口にした。

「ドラッフェンフェルス高地周辺に於ける我が軍の防御陣地の現状は既に敵軍に露呈しております。少なくとも情報部より、その様に対応せよとの報告が上がっております」

 軍集団司令部の面々が顔を見合わせる。露呈しているとは一大事である。もしや内通者がいるとでもこの場で嘯かれたら、軍集団司令部が疑心に囚われかねない。

 余計な事を言えば犯す、と視線で語るザムエルに小さく頷くと、妙齢の情報参謀は状況報告を始める。手にした書類を見るに、それ相応の情報を集めていると察せる。

「恐らく、既に敵が浸透している事を前提しているのかと。ベルゲン近郊の寒村が襲撃を受けた事実もあります。憲兵隊の摘発もフェルゼンで相次いでいる点を踏まえると、北部への浸透は極めて深刻であると結論付けられました」

 トウカが各地の演説で幾度も言及していた帝国主義者の浸透は既に既定事実。ならば軍事分野に対する諜報活動も頻繁に行われていると見るべきであった。

「元より北部には間諜(スパイ)が無数と浸透していたという事か。憲兵総監が任務に忙しくされる訳だ」

 タルヴェラは、総ての兵科にとっての天敵である憲兵を統べる妖精について口にする。皮肉はあれども非難をする者はいない。北部でトウカが権力を認めるという事は、そういう事である。

「はい、軍への浸透は辛うじて致命的な状況を避けられてはいますが、民間はそうもいきません。軍を優先する余り……と言いますか、人手不足からお座成りとなっております」

 妙齢の情報参謀の言葉をザムエルは片手で制する。それ以上の言葉は不要であった。

 防御陣地構築には民間企業にも協力を仰いでおり、その土木作業員などは正確な素性を把握している訳ではない。数の上から把握するのは時間的に困難であ り、第一に憲兵隊や情報部は北部の軍関係周辺への“草刈り”で多忙を極めていた。ザムエルは、クレアとフェンリスが舞踏会で行った帝国の間諜への対応を眼 前で耳にしている。

 狂った女二人による暗闘。関わるべきではない。彼女達は目的の為であればあらゆるものを犠牲にできる。友軍を捨て石にする事すら躊躇わない。ザムエルは二人の会話で理解してしまった。中位種や高位種の政治とは正にそれである、と。

 沈黙に包まれた軍集団司令部に「これはいかん」とザムエルは茶目っ気のある軽妙な笑みを浮かべる。

「ところで今夜、俺と寝台(ベッド)で機動戦なんてどうだ?」

「……後背の副官の許可を閣下が得られましたならば」

 振り向こうとしたザムエルだが、背後から頭を両手で鷲掴みにされて許されない。

「いけませんよ、閣下。軍議の途中に余所見とは感心しません」

「おふぅ……居たのかよ、御前さん」

 妹のエーリカは残念な事に副官である。書類整理を命じて引き離したと思えば、いつの間にか背後に控えていた。

皇州同盟軍に於いては、隷下部隊司令部の人事権を司令官が持つのだが、陸軍と指揮権統合が成された事で、人事権は限定的なものとなった。副司令官、参謀長、副官に対する人事権だけは喪われたのだ。

 ――下半身のお目付け役はいらねぇだろ。何だってんだ、副官の人事権がないって。

 主要な面々の人事権を陸軍と皇州同盟軍の合議で決定するというのは理解できるが、副官人事は大勢に影響するとも思えない。副官はあくまでも司令官の補佐 に過ぎず、部隊への命令権は皆無に等しい。無論、司令官に互いのお目付け役を配置する為という可能性はある。トウカが陸軍の疑念払拭の為に配慮したのでは ないかとも考えたが、エーリカも皇州同盟軍からの人員であり、陸軍のお目付け役とは成り得ない。

 よもや嫌がらせではあるまいか。そうザムエルが疑うのも致し方ない人事制度である。

 全てが急な布告であり声を上げる間もなかった。軍政に於いても電撃戦を旨とすると言えば聞こえは良いが、人事上の混乱は少なくない。幸いな事に指揮権統 合は〈北方方面軍〉と皇州同盟軍の間に留めるとされており、実際に指揮権統合が急がれたのは〈ドラッヘンフェルス軍集団〉のみである。内戦で交戦した部隊 を〈北方方面軍〉では再配置で置換しているので遺恨は低減できたが、尚も皆無ではない。

 それでも尚、指揮権統合の必要性はあった。ザムエルも理解はできるのだ。人事上の混乱も止むを得ない。敵前で意思疎通の不備から各所撃破される可能性を無視できないとしても、戦域に二つの上級司令部があるよりかは救いがある。

「軍集団司令官。浸透中の敵はいかが為さいますか?」

 命令を、と続ける妹副官に、ザムエルは天を仰ぐ。引き付けて防御陣地で一戦という選択肢はないのだ。

「明朝に〈第一装甲軍団〉は出撃だ。敵の後背を脅かす。輜重線を圧迫するぞ。五個装虎兵中隊は防御陣地の防衛に回せ。各歩兵師団は陣地防御。金床であることを忘れるんじゃねぇぞ」

 相手の挑発や後退に釣られて防御陣地を飛び出す真似は有り得ぬとは思うが、今回の敵指揮官は既存の帝国陸軍の規格から外れた用兵思想の持ち主である。想定外は十分にあり得た。

 ザムエルは両手で戦域図を叩くと立ち上がる。

「陸軍の各戦線からの抽出はあと三か月程度掛かる。それが叶えばベルゲン近郊に三〇万は集結するはずだ。それまで耐えるぞ」

 それは中央軍集団を内戦で擦り減らした皇国陸軍にとっての限界であった。先に避難を終えた北部領民の中では、再び皇州同盟軍への志願者が増えている。速 成訓練では限界があり、義勇装甲擲弾兵師団の編制となるが、ベルゲン近郊での決戦は敗北が許されない。投入も已む無しと判断されるに違いなかった。

「後衛戦闘の前哨戦に過ぎねぇんだ。詰まらねぇ死に方はするなよ。いいな?」

 これは局地戦に過ぎない。主攻を担う〈南部鎮定軍〉主力がドラッヘンフェルス高地を直撃するには未だ時間があり、同時に助攻を担う他部隊は北部に戦線を形成して圧力を加える事が想定される。無論、それも全て決戦ではない。

 ベルゲン近郊に於ける戦線の形成と反攻戦こそが主目標。

 戦力を無為に損なう真似は許されない。

 一斉に応じた隷下の将兵に、ザムエルは楽しげに頷く。












「艦首周辺に問題は起きていないようだな。一体遮蔽型艦首(エンクローズド・バウ)の採用に瑕疵がなくて重畳。最初に吝嗇(けち)が付けば後々の普及に響くからな」

 トウカは飛行甲板の最前部を、艦橋上部の見張り所より帽子を押さえて見下ろす。前方へと迫り出した飛行甲板で艦首の形状は窺えないが、外観は出航前に確認している。

 一体遮蔽型艦首(エンクローズド・バウ)とは、艦体艦首を飛行甲板まで延長して一体化させる形式である。凌波性向上により艦首が波浪の影響を低減し、艦内空間がより捻できるという利点があり、《大日本帝国》海軍では〈大鳳〉型装甲航空母艦の四隻から採用されている。

 ヒラガは、トウカの背後に付き従って備忘録(メモ)を取っている。

 〈モルゲンシュテルン〉艦内で見慣れた光景となりつつあるそれは、トウカの発言と提案を求めてのものであった。

 トウカは航空技術と陸戦兵器の技術への提言は頻りに行っていたが、水上艦艇の技術に対しての言及は航空母艦の建造と潜水艦の試作に留まっている。内戦で 外洋での艦隊運用を想定していなかったからであり、長期的な試行錯誤を伴う航空母艦と潜水艦のみの実用化試験に留まっていた。防空巡洋艦〈ゾルンホーフェ ン〉や球状艦首(バルバス・バウ)に関しては、聞き齧ったマリアベルによる産物である。結果として〈ゾルンホーフェン〉は防空戦闘で大活躍したが、球状艦首(バルバス・バウ)を然して実験もせずに搭載した為に凌波性が低下し、今一度、船渠(ドック)入りしていた。

 トウカは技術や発想として理解しているものは多いが、それを作製し運用するのは現場の者達である。完成形を知るが故に試行錯誤を短縮できるが、皆無となる事はない。球状艦首(バルバス・バウ)に関しても艦船模型による試験などで水流を確認して最適な形状を割り出さねばならない。艦艇の規模や形状、運用で最適解は変化する。発想や数式、概念を開発者や技術者、運用者が理解し、最適から量産までとなると相応の時間を要した。多連装擲弾発射機(ネーベルヴェルファー)ですら、未だに改良が続けられて徐々に精度を増している。対して、即座に運用可能なモノは少なかった。例としては、トウカの眼下にある一体遮蔽型艦首(エンクローズド・バウ)程度であった。外板によって艦首と飛行甲板の間の隙間を覆うという単純なものである。

 電撃戦や航空戦術の大系化に当たっては、陸軍と皇州同盟軍の参謀本部や教育総監部による喧々諤々の議論が続いている。思想に類するとも言える戦略や戦術は、既存のものとの折り合いや派閥争い、果ては体制の是非を問う可能性すら有り得た。

 急激な変化は混乱を招く。

 だが、トウカが継ぎ接ぎだらけのそれらを用いて戦果を挙げて見せた。挙句に優勢な兵力を動員し、既存の戦略や戦術で応じた征伐軍は勝ち切れなかった。 否、兵力差があるにも関わらず、被害比率では負けていた。陸軍府長官であるアーダルベルトが中盤より指揮を執った事で、名実共に陸軍が交戦したに等しい状 況は皇国に一つの現実を突き付けたのだ。

 既存の戦略や戦術が、サクラギ・トウカが提唱したものに打ち勝てない、と。

 実情として綱渡りであった事は否めないが、客観的な事実として皇州同盟軍は圧倒的劣勢でも引き分けに持ち込んだ。トウカは引き分けであると見ているが、 周囲はそうは見なかった。陸軍との協調体制を目指す為、事実とは異なる引き分けという形を演出したとの見解が朝野の識者達を中心に叫ばれている。何時の時 代も自称識者という生物は現実を見ない。人々が潜在的に(こいねが)う美談や英雄譚を“創作”する。トウカですらお手上げである。

「いや、困ったものだ。一々、潰して回る訳にもいかない」

「……それ程に問題点は多いですか?」

 〈モルゲンシュテルン〉の問題と誤解して捉えたヒラガに、トウカは「これからの情勢だ」と苦笑する。余り自国民を弑するのは、マイカゼとの関係悪化を招く上、識者への警告は反発を招く恐れもあった。

「まぁ、被害統制(ダメージコントロール)が随分と劣るな」

 話題を逸らすべく口にした言葉だが、トウカの偽りのない本音でもある。大日連では、大東亜戦争時から近衛海軍の艦艇が被害統制に優れていたとされるが、それ以上に優れていたのが、朝敵たる合衆国海軍の艦艇である。

 航空爆弾や魚雷を受けて尚、戦闘能力を喪失せず、戦海に展開を続ける継戦能力。或いは、撃沈も有り得る被害からの破断を脱する能力とも言える。最も構造 に差異のある航空母艦は、大日連近衛海軍や海軍が密閉式格納庫のであるのに対し、合衆国海軍は開放式格納庫を装備し、可燃物や航空機を迅速に廃棄できた。 その差は極めて大きい。日本では中型空母〈雲龍〉から半開放式格納庫を採用する事で妥協している。無論、日本側にも事情があり、波荒く台風の相次ぐ日本周 辺海域では開放式の場合、内部への浸水が懸念される為であった。

 兎にも角にも被害統制に関しては合衆国海軍を見習わねばならない。当然、見習うと決意しても不足している要素は多いが。

 当時の合衆国の基礎的な化学工業技術は皇国を遥かに優越している。魔導技術が代替できる部分など各分野の極一部に過ぎない。不燃材料に不燃塗料。実体験に基づく検討考察からなる教育手順書(マニュアル)。各種工学からの技術を取り入れた艦体構造。合衆国という工業大国の技術分野が広大にして多岐に渡るからこそ、優れた被害統制(ダメージコントロール)は高い次元で実現した。

 第二次世界大戦中期、合衆国は多くの科学技術分野で他国を優越していた。他国が劣っていた訳ではない。合衆国が非常識な程に突き抜けていたのだ。あの時代に於いて資本主義である事は科学技術の進展に対して有効だったのだ。

 対空兵装一つ取ってもその差は歴然だった、とトウカは艦橋横の機銃座に設置された対空機関砲を見下ろす。

 《大日本帝国》海軍の四〇口径八九式一二・七糎高角砲や六五口径九八式一〇糎高角砲とて世界水準を十分に満たしていた。控えめに見ても性能(スペック)を見れば僅かに劣っている程度。

 しかし、稼働に使用される発動機や射撃管制機構には大きな差があった。

 供給電力の差は旋回速度の差となり、管制能力の差は射撃精度と差となって表面化した。

 近接信管(マジック・ヒューズ)という要素が艦隊防空に於ける要素の中でも大きく取り沙汰されるが、この優れた信管を装備した砲弾とてある程度目標の近くへ投射する必要がある。

 電波反射で敵機を認識して信管が作動する近接信管(マジック・ヒューズ)は、それ以前の爆発地点を事前設定するしかできなかった時限式信管では成せない命中率を実現したが、正確な対空射撃が不可欠には違いない。

 もし、《大日本帝国》海軍の四〇口径八九式一二・七糎高角砲や六五口径九八式一〇糎高角砲が近接信管(マジック・ヒューズ)を擁した高角砲弾を用いても、《亜米利加(アメリカ)合 衆国》海軍の対空砲火には程遠い命中率となった筈である。高性能な射撃管制装置の開発にも苦労していた《大日本帝国》海軍は、秋月型防空駆逐艦にも、射撃 管制装置を当初は一基しか搭載できなくなった。後部に追加で設置されたのは大戦中期に近づきつつある時世までずれ込んだ。

 三次元機動する航空機を狙い撃つのは並大抵の技術では成せない。その上、大戦期は著しい性能向上で高速機が次々と実戦投入された。兵器単体ならば《大日本帝国》も然して劣ってはいなかったが、《亜米利加(アメリカ)合衆国》は兵器を効率的に運用する基礎技術の面で遥かに優越していたのだ。

 工業力も重要だが、化学技術分野の基礎の全体的底上げもまた重要な要素である。皇国にはそれが足りない。周辺諸国に対して酷く劣っている訳ではなく、寧ろ魔道国家と呼ばれるだけあって優越する分野も多い。だが、圧倒する規模ではなかった。

 忘備録(メモ)を片手に聞き逃すまいとするヒラガに向き直り、トウカは軍帽の上から頭を掻く。

「帰れば海軍艦政本部との連携を模索しよう。彼らの予算と戦力で技術開発と試験運用ができるならば、これ程に有り難い事はない」

「それは良いですな。しかし、宜しいので? 得る技術も多いでしょうが、閣下の抱えた先進的な技術の流出も避け得ないかと」

 部門所轄主義(セクショナリズム)極まれりとでも言うべき発言にも、トウカは笑みを崩さず沈黙で応じる。内戦中に大いに煽動して見せたトウカに、他勢力への隔意を見せる姿を咎める真似はできなかった。自らの姿勢を安易に変える真似は信頼と信用を損なう。

「しかし、工廠といい一般企業といい、機械化が全く進んでいないな。魔導技術を用いた工作機械が開発されているにも関わらず、採用を拒んでいる節がある。気に入らない」

 持たざる国という訳ではなく、資源は豊富にある。機械化により一層の生産量増大と費用対効果(コスト)低 減を目指すのは効率的ですらある様に思えるが、トウカの見たところ皇国の生産分野を担う企業の大多数は多くを雇う事で生産を支えようとしている。当然、膂 力に優れた種族が多く、魔術による身体強化で高射砲の砲身を担ぐ者達の一人当たりの労働力が祖国と比しても極めて高水準にある事はトウカも理解している が、同時にそれを上回るだけの生産力を機械化で叶うとも知っている。

 トウカの疑問に、ヒラガは驚いた表情を見せる。皺の多い顔に驚きを湛え、両の眉を跳ね上げた姿に、トウカは想像以上の過大評価を得ているらしい、と肩を竦めて見せる。

「閣下、それは労働力を維持する為です。政府が望み、企業も労働力の減少を恐れているのです」

「……理解できない話だ。人口維持が目的という事か?」

 人口維持を叫ぶ癖に労働条件と環境の改善には乗り出す気配のない経団連の阿呆共に叩き込みたい程の高潔を、皇国企業が有していると言うのか。或いは、熾 烈な内戦戦略を考慮して、有事下での国民皆兵体制で十分な兵力を維持するべく人口増強に努めるという姿勢が遺伝子に刻まれる程に染み付いているのかも知れ ない。皇国は肥沃な国土を有する為、近代以前は幾度も戦火に晒され、建国期も血みどろの闘争で権利を主張した。心の根底には人口減少に対する潜在的恐怖が あるという可能性がある。

 人口は国家維持を実現する上での重要な要素である。

 生産も消費もまずは国民によって成されるべきである。それが雇用と消費を安定させ、持続的な税収を実現する。外需は母数を増大させる要素としての側面が 強く、情勢変化次第で安定性を急激に欠く部分がある。内需の安定なく外需を求めれば、他国の不況や経済難、紛争や戦争の一つで多大な損失を蒙るのだ。経済 とは複数の柱を以て安定を図るべきであり、被害管理(リスクマネジメント)が必須である。技術革新が高度情報化社会を実現し、遠方との取引が個人でも可能になった時代であれば、遠方の国境戦争一つで世界経済は急落する。民間旅客機の撃墜や共同体からの離脱でも大きなうねりとなるのだ。戦争など遠方であれ大惨事を招く。

 《大日本皇国連邦》という巨大な勢力圏の盟主たる《大日本皇国》は、製造分野の輸出で多大な利益を得ている外需に依って立つ国家という印象が大きい。だ が、実際は旺盛な購買力と他国よりも幾分かは恵まれた貯蓄を根拠とする国内消費に依って立つ内需を主体とした国家である。

 無論、トウカは内需減少を恐れるという事実に違和感を抱いた。それ程の視野と行動力を持つ企業人が多ければ、皇国は今以上の繁栄を得ていたはずである。輸出も今以上に積極的に行われただろう。

「いえ、閣下。失業者の増大を避ける為です」

「…………まさか、雇用数確保の為に敢えて機械化を避けているのか?」

 トウカは、ヒラガの言葉に天を仰いだ。艦橋上部で回転する空中線(アンテナ)が視界を満たす。

 狂っている。経団連と良い勝負だ。死ねばいい。

 ――そう言えば、皇国にも経団連(もど)きが居たな。

 加えて暗殺という手段を用いて権利を護った覚えが、トウカにはある。北部の権利を求めて蠢動する軍事力を持たない相手に暗殺という抑止力は極めて効果的 であったが、当然ながら遺恨が生まれた。あれは止むを得なかった。トウカはそう断言できるが、周囲がそれを認めるかと言えば疑問符が付く。北部に重きを置 く企業は、トウカが断固として利益を護るという姿勢を見せた事で安心し、目敏い企業は進出の機会を窺っている。その事実は〈南部鎮定軍〉を退けた後の復興 と発展に欠かせないものであった。

 トウカは中央貴族や政府などに期待はしていない。対立で北部が発展するならば十分である。無論、その対立を演出し、操縦するのは自身でなくてはならないと、トウカは確信していた。

 北部は国家の内需でなく、地域での内需を前提とし、マリアベル統治下のヴェルテンベルク領による外需獲得を以ての安定が客観的事実であった。マリアベル は他者を信頼する事はなかったが、北部地域が限界を迎えて中央貴族や政府に隷属する事を恐れ、外需で得た資金を積極的に北部に投じた。資源購入や特産品を 買い上げて輸出し、その循環を以て北部を、一領地を以て単独で支えたと言っても過言ではない。

 正直なところ狂気以外の何ものでもないが、フェルゼンを主体とし、複数の経済都市が支えた事実は今も揺るぎがない。単独で人口三〇〇万を超える領地が辺境とされる地域にあるというだけでも驚異的の一言に尽きる。

 それでも尚、マリアベルが北部貴族の大多数から信を得られなかった点は敢えて指摘はしない。トウカが信を置かれる理由は内戦であった。そうした機会は頻繁に得られるものでもない。

 トウカは「この国の神は常に不在だな」と嘲笑を零す。

「狂っているな。民需品とて母数を増やせば外需が期待できるというのに。世界に冠たる魔道国家の製品だぞ。買い手など工夫次第で幾らでも増やせるだろう。機械化後も労働力に似合うだけの生産規模を成せばいいと何故思わない」

 だが、心情は分からないでもない。《大日本帝国》にもそうした時代があった。

 陸軍でも工事機械や機械化設営部隊は編制されていたが、極めて小規模に留まった。そうした機械化は政府主導の事業でも控えられている。理由は各種国土開 発事業が不興によって苦しむ国民の失業対策として扱われたからである。機械化によって雇用数が減少すれば、失業対策による国民の救済という観点からは遠退(とおの)く。無論、不況により労働力が多く余り、低賃金で運用できたという点も大きい。

 その代償は戦時下に支払われた。湯水の如く消費される軍需物資の製造は国家総動員法の制定を以てしても補い得ないものであった。急速な需要拡大は軍組織 でも同様で、快進撃による占領地の拡大に追随できるはずもない。対する近衛軍や藩軍によって研究された兵站や生産技術の効率的運用は現在でも大日連を支え ていた。

「莫迦者め、大莫迦者め。生産規模の増大を逃してどうするのだ。最終的には経済も停滞するぞ」

 怠惰以外の何ものでもない。考えれば内戦勃発を看過した者達が経済難や不況に対して有効な対策ができるとも思えない。輸入品が席巻すれば、消極的な労働力の維持など忽ちに徒労となる。

「政策の用意は終えていたと思います。恐らくですが、陛下の到来をお待ちしていたのかと。権威なくば国家は十全に機能し得ませぬ」

 ヒラガの苦笑に、トウカは理論家の造船技官でこの有様とは、と胸中で毒付く。誰も彼もが権威に依存している。七武五公という過去の経歴を見れば総じて優 秀者である集団が余りにも消極的であったのは、天帝不在に大きく関連している。個人に依存した体制であるが故の欠点である。

 二人は艦橋内へと入り、舷梯(タラップ)を下りる。高齢のヒラガには急な舷梯(タラップ)は厳しいようで、トウカは手を取って降りる。

「貴方の設計案を流用した新造巡戦も六隻同時に起工された。これから忙しくなる。高齢だからという言い訳は認めませんので」

「望むところですぞ。しかし、新造巡戦に関しては艦体を先行建造しておりますが、新型揚弾装置の開発が遅れておりましたな。艦体も積木(ブロック)建造方式ですが、それも設備を造りながらです」ヒラガは問題点を挙げる。

空母機動部隊の直衛艦として五五口径三六㎝砲三連装四基と五五口径一三㎝連装高角砲一〇基、複数の対空機関砲や対空機銃を搭載した四万tを超える排水量の 巡洋戦艦。陸戦主体の内戦で計画の悉くが撤回された皇州同盟軍や、帝国による侵攻で陸軍の軍備が優先された海軍の熟練工員の雇用を維持する目的もあった。 一番艦の完成は一年半後見込んでいる。

 内装の完成を急ぐ工員達や、被害統制(ダメージコントロール)訓練の勤しむ水兵を横目に、二人は会議室へと入る。

 今後の海戦に必要な艦艇への意見の擦り合わせを行わねばならない。実務視点からシュタイエルハウゼン、設計視点からヒラガ、戦略視点と新規技術の視点か らトウカが意見を出し合う。叩き台を作り、その後は皇州同盟軍造船部と海軍艦政本部に提出するという流れを想定していた。海軍艦政本部が熱望しているとい う理由もある。積極的に巻き込む事で皇州同盟傘下の軍需企業の砲噴火器を積極的に取り入れようという魂胆が見え隠れしていたが、トウカはそれを受け入れ た。海洋戦力増強が急務であるのは間違いなく、帝都空襲もそれを周知させる為の作戦であるという側面もある。

 無論、最大の理由は、海軍までもがトウカとの関係(コネクション)構築に躍起になっているという印象造りに大いに役に立つという点である。

 それらを意図したトウカだが、世の中上手くいく事ばかりではない。

 シュタイエルハウゼン提督が来られる時間はまだ先ですな、というヒラガの言葉を背に扉を開けるトウカ。

 その会議室では黒板にお絵描き中のミユキ。隣で呆れたリシア。端の椅子で微笑ましい表情をするアーアルベルト。色々と想定外の光景である。

「あ、主様……じゃなくて上級大将閣下」

 楕円形の船体に主砲と艦橋が付いた謎艦艇を落書きしているミユキが振り返る。アーアルベルトは振り返りもせず、リシアは立ち上がり敬礼する。

 答礼しつつトウカは入室する。ミユキに政戦の勉強を教えるのはどうなったと、トウカはリシアに視線を向けた。無論、返ってくる頷きは進めているという意味であろう。

「主様、私ね、新兵器を思いついたんです!」

 擦り寄ってきたミユキ。トウカは眉を顰める。

「その落書きか? 海鼠(なまこ)に武装を施した様にしか見えないが……」

 海鼠(ナマコ)型戦艦。

 恐らく世界初であり、世界最後であろうという自信が、トウカにはある。三千大千世界の規模で自信がある。

 ミユキとアーダルベルトが笑声を零す。ヒラガは「もしや艦体の収縮で陸上を航行する陸上戦艦では」と生真面目に推測している。そうであれば、楕円形も被弾経始と取れなくもない。

「酷いです! これは潜水戦艦です! 沈める船に大きな艦橋と砲塔を載せて敵艦の目の前に急に浮き上がって砲撃。そしてまた直ぐに潜るんです!」

「水密に苦労するから止めて差し上げろ」

 世界初の潜水空母を建造した海洋国家生まれのトウカが言える台詞ではないかも知れないが、二〇・三㎝連装砲二基を搭載した〈スルクフ〉型大型潜水艦を建造した《仏蘭西(フランス)共和国》海軍には負ける。後者は対して役に立たなかったが、前者は開戦と同時に巴奈馬(パナマ)運河に航空攻撃を敢行、米本土空襲で活躍した。後の戦略重原子力潜水巡洋艦(戦略原潜)の系譜へと先鞭を付けた実績がある。

 ――学園都市が開発中の電磁力による推進機構や核融合炉があれば可能ではあろうが……

 一世紀は先になりそうだがと、トウカは軍帽を取る。

「フラウ・サクラギ。余りに大きく抵抗が大きい構造となれば速度を出せぬでしょう。砲撃後の加熱した砲身を其の儘に急速潜行というのも砲身命数が……」

 奥方に使う敬称を以て応じたヒラガだが、専門家からの駄目出しにもめげず、ミユキは黒板に近付いて何かを書き足す。

「潜る時は砲塔を鎧戸(シャッター)で覆います! 艦首も艦尾もびよーんって出てくるんです!」

「それならば或いは……」

 ――こら、そこ。乗り気になるんじゃない。艦政本部を混乱させるな。

 しかし、トウカは捨て置けない事実に気付いていた。ヒラガは、ヘルミーネの設計に関わっている。潜水機構はヘルミーネの試行錯誤の産物だが、艦体構造は ヒラガが請け負った部分も大きい。艦内容積に合わせて諸々を配置するという軍事兵器ならではの設計は、ヘルミーネは門外漢である。特に容積に厳しい艦種と もなれば、ヒラガなどの専門家しか設計できない。

 ヒラガは潜水艦に付いて既知であるが、ミユキもリシアも知らぬ筈である。ベルセリカが伝えるとは思えない。

「二人が何故、潜水艦の存在を……」

 そっと視線を逸らすアーダルベルト。

 ――御前かぁ。こいつぅ……

 中央貴族は潜水艦について何故に把握しているのか。防諜を強化しても尚、この有様であれば、クレア隷下の憲兵隊やカナリス隷下の情報部には及びもつかな い諜報網が形成されているのかも知れないと、トウカは帰還後に防諜体制の見直しをせねばならないと心の片隅に書き留める。

「ここに居る面々は潜水艦を知った訳か」

 こうして機密は機密でなくなる。世は事もなし。幸いな事に民間に流布した訳ではない。そして敵方に漏らす面々ではなかった。恐らく。

 だが、アーアルベルトに関しては政治的交渉材料の一つにしかねない、古今東西、政争から軍事技術が漏洩するなど良くある悲劇に過ぎなかった。当たり障りなく近代戦の重要な要素足り得ないと主張する必要がある。

「海底資源調査用の艦でして……」

「商用航路の遮断だな。哨戒にも使える」

 神龍は海洋戦略にも詳しい様子であった。苦しい言い訳は承知の上であるが、あくまでも哨戒に留まる姿勢を見せねば潜水艦隊の設立に大きな障害となる。

「高速で航行する水上艦艇を砲撃や魚雷で攻撃するのは至難の業かと。何せ攻撃をするには姿を見せねばならない。或いは、水中から攻撃できても命中率は期待できないでしょう。何せ、視界が余りにも限定的です」

 魚雷発射管注水の原理もまた機密事項である。現状では魚雷共々安定性を欠く状態が続いているが、将来的には解決する問題である。大東亜戦争初期、日米両 軍は自軍の魚雷の不発や自爆に悩まされていたが、共に解決している。ヴェルテンベルク領邦軍艦隊謹製の酸素魚雷と言えど、不発とは無関係足り得ない。解決 しないならば、技術者を魚雷発射管に装填して射出するしかないが。

 いそいそと黒板の海鼠(なまこ)型潜水戦艦を黒板消し片手に消しながら、トウカはアーダルベルトへと言い募る。幸いな事に、潜水艦最大の特徴である遍在性についての言及はない。遍在性が既存の海洋戦略に伴うという恐怖は、実感や数値があって初めて重視される。

「将来的には解決する問題だろう。それに、あの妙に射程の長い噴進弾、搭載する心算だろう?」

 そちらまで露呈しているのか。とは、トウカも思わない。弾道弾の実証実験は内戦中から行われており、花火大会や軍事演習などと手品を変えて偽装はしてい た。しかし、長距離の飛翔体である以上、完全に遮蔽する事は難しい。弾体に対する光学遮蔽魔術の刻印も研究段階にあるが、未だ目処は立っていない。それで も尚、強行したのは露呈する事で抑止力になると判断したからである。寧ろ、気取られる様に展開している海軍艦隊付近の海域に撃ち込みすらした。

 忽ちに二つの兵器を繋げる視野。戦略重原子力潜水巡洋艦(戦略原潜)への技術発展を求める自身の思惑すら、アーダルベルトが見抜いていると言われても、トウカは驚かない。

「遙か遠方の国すら深海より迫りて一撃を加える……政治的には有効かと」

 寧ろ、搭載弾頭次第では世界終焉すら有り得る事までは隠さねばならない。彼らは均衡を求めている。過ぎたる力を手にして動乱に足を踏み出す真似など許容するはずもなかった。トウカに世界を紅蓮に染める一撃を委ねる程、彼らは夢見がちではない。

「どころで……あの弾道弾、幾らだ?」

「……非売品ですが?」

 欲するというのか。トウカは、その意図を計りかねた。

弾道弾は核弾頭があって初めて協力無比な兵器となり得る。再突入段階を有する弾道弾は、化学兵器や生物兵器は再突入の際に生じる高温で熱分解される可能性 が常に付き纏う。性質上、短距離弾道弾であっても宇宙弾道飛行によって再突入するという手順は変わらず、搭載物への制限は不可避である。魔術による温度遮 蔽は可能であるが、逆探知の可能性を考慮して未だに研究が続けられている。再突入前であれば極短時間であり迎撃不可能と見るか、可能と見るかは性能試験を 以て判断すべき項目である。何より、現時点では魔術による電磁加速を巨大な射出台を以ての投射となっており艦載は不可能である。初期型は設置式の円筒収蔵庫(サイロ)となる予定であった。

 ――命中率に難があるとは言え、魔術的には解決できる問題だ。陰陽式にある式神の応用、精神投射で弾道弾に意識を分け入れるという手も有り得る。

 誘導性能が著しく向上した場合、要人や政治中枢、軍事施設を精密攻撃できる。北部に向けられては堪ったものではないが、弾体が砲弾と比して極めて大きい 弾道弾は、魔導障壁に対しての貫徹力がない。砲弾の様に金属の塊ではなく、弾体は精密部品の塊である。質量による貫徹は望めず、高速であることから魔導障 壁との衝突は分解を意味する。飛翔体の構造強化や飛距離を魔術で底上げする事は容易だが、それでは探知される可能性が生じる。

 至上命題。

 ベルセリカが個人で迎撃できると断言して見せた事からも分かる通り、魔術は個人の資質に左右されるという近代兵器にあるまじき欠点はあるものの、個人が 絶大な資質を保有するという事実が各地で実在する事になる。探知と迎撃はそうした有象無象の彼らによって行われる可能性があった。強大な魔力と魔導術式を 伴った構造物。ベルセリカ曰く、容易に気取れるとの事である。

 ――いっそ、性能試験として魔術を各部に使用した、性能のみを追求した試製型を製造して売り付けるか?

 比較対象の存在は有益であり、探知が容易な弾道弾であれば売却も致命傷とは成り得ない。将来的な脅威はあるが、報復を可能とするだけの弾道弾を配備すれば、相互破壊確証の真似事を実現できる。よって、重要なのは目先の利益を長期的な利益の元手にできるか否かである。

「打ち上げに必要な諸々の設備ともなると些か値が張りますが?」

「その辺りも必要か……大型騎に懸吊して運用する事を模索する心算なのだが」共同開発はどうか、という探る様なアーダルベルトの視線を、トウカは一笑に伏す。

 ――フリッツⅩ? いや、ハウンド・ドッグか? 阿呆な妄想だ。

 トウカの下いた世界にもそうした発想はあり、具現化も行われた。

 フリッツⅩは、《独逸第三帝国》が第二次世界大戦中に運用した誘導爆弾である。連合国海軍の戦艦や空母を次々と撃沈、大破させた事から勇名を馳せた。照準手が母機から爆撃照準機で誘導するというもので初期型の誘導爆弾である。

 しかし、こちらはあくまでも誘導爆弾。アーダルベルトの発想は、AGM-28ハウンド・ドッグがより近い。有翼であり、噴流(ジェット)推進の巡航誘導弾(ミサイル)という異色の兵器。核弾頭を搭載しての戦略任務を目的に実戦配備されたが、その運用は規模故に米帝空軍のB-52戦略爆撃機のみに限られていた。極めて大型である為、爆弾倉に収納できず、両翼下に一機ずつ搭載する程である。

 搭載した場合、離陸時に誘導弾(ミサイル)噴流(ジェット)推進機関を点火して滑走距離を低減しなければならない程の重量で、戦闘機に迫る全長を持つそれは当然の事ながら運用には多くの制限がい付いた。対する大日連陸軍は、特殊滑空機である桜花の遺恨と批判から類似兵器の開発は行わず、対艦弾道弾の開発へと傾倒していく事となる。

 武器の“有償”供与による友好関係の演出もありか、とトウカは前向きに検討する。

「後日、書面にして皇州同盟政務部に提出していただきたい。正式文章として提起されてから総司令部で判断致します」

 官僚的回答に、アーダルベルが鼻を鳴らす。貴族と官僚の関係を踏まえれば致し方のない事であった。無論、トウカが先に頷く事で皇州同盟軍を納得させ得るという思惑があったとも言える。

 トウカの立場は曖昧であり続けている。皇州同盟軍総司令官という肩書と上級大将という階級を得ているが、直近の帝国〈南部鎮定軍〉侵攻に対する遅滞防禦 は攻勢の様な多様性を持たない。作戦計画に基づく動きの範疇を越えないと見たからこそ、トウカはこの場にいる。必要な時、必要な部隊の指揮官に収まり、尚 且つ居場所を特定されない。政治的な演出として帝都空襲に同行するとはいえ、本来であれば総司令官が航空攻撃を直接指揮するなど前代未聞である。

 そんなトウカだが、自由はそこまでであった。度を超した自由であるが、皇州同盟軍という組織が肥大化する中で権威が生まれつつある。

 権威。

 トウカの輝かしい……実情としては血と硝煙に彩られ、臓物と鉄屑で装飾されている権威は、当然ながら軍事的背景を伴ったものだ。トウカの行動には、皇国 の軍事組織に属する者達が望む軍人然とした行動が求められつつある。マリアベルの様に自らの意向を大多数の意志とする程の時間が残されていない以上、トウ カの行動は常に軍指揮官として相応しいものが求められた。

 だが、軍指揮官としての最善が、軍閥指導者としての最善とは限らない。トウカは北部の敵を叩き続ける事で、北部の貴軍官民より支持を得たが、皇国全土か らの支持を得ている訳ではない。此度の帝都空襲は、皇国の敵を陣頭指揮を実践して叩く事で、皇国全土の貴軍官民の支持を得るべく行われるという側面もあ る。

 軍高官は指導者の陣頭指揮に良い顔をしないが、元より実績に基づくある程度の信頼がある。問題は政治家と貴族、臣民の信頼が乏しい点であった。内戦で敵 対した軍勢の実質的な総指揮官である以上、否定的な感情に引き摺られるのは致し方ない。トウカには北部結束の為に中央貴族や政府への批判を声高に叫んだ過 去もある。それらを一掃する必要がある。その為に、アーダルベルトを利用するのは、決して悪手ではない。共同で敵国の首都を襲撃するという実績は国内に於 いて大いに喧伝できる。

「まぁ、取り敢えずは今作戦を無事に終える事が先決でしょう」

「同感だ。御前の思惑に目を瞑るのだ。それなりの手土産なくば恰好が付かないからな」

 トウカの言葉に、アーダルベルトが深い笑みを刻む。その一言に、紐帯の関係にある七武五公には自身との連携を説明しているのだろう、とトウカは内心で離間の計は困難であると認識した。

 それぞれの思惑を乗せ、世界初の航空母艦は大星洋上を進む。

 

 

 

 

 <<<前話  次話>>>


 



「学園都市が開発中の電磁力による推進機構や核融合炉があれば可能ではあろうが……」……日本武尊ぅ。学園都市、亡命猶太(ユダヤ)人の技術と資金で運用されている説。ムーに投稿されそう。


 ヒラガは「もしや艦体の収縮で陸上を航行する陸上戦艦では」と生真面目に推測している。そうであれば、楕円形も被弾経始と取れなくもない。……ドンナーぁ


 弾道弾で他勢力を脅すとは……なんて北朝鮮な発想。