第二三四話 ミナス平原会戦 三
「向こうも苦労している、か」
「敵の指揮官は中々に優秀な様ですが、残念ながら詳しい情報までは……」
トウカはリシアの返答に致し方ないと首を横に振る。
帝国軍という巨大な行政機構を完全に把握する事は困難を極める。ましてや政争の舞台としての側面を持つ軍組織ともなれば、政治的理由で将校の退役や昇 格、銃殺も有り得る。師団長以上の役職の流動性は皇国軍よりも遙かに高く、個人情報の取得は後手に回る傾向があった。無論、諜報員の不足という部分も大き い。大部分の諜報人員は、兵力移動の監視や反政府運動の支援が主体となっている。
「ただ、名前に関しては判明していますので、そこから辿った情報はあります」
トウカは視線で言葉の先を促す。
然したる興味はないが、航空攻撃が夜の帳が降りても尚、効率的に機能しているとの報告を受けたトウカは、戦況が自身の手を離れたと判断していた。
リシアとの会話の余裕は多分にあった。
「アレクサンドル・ドミトリエヴィチ・ユーリネン。帝国南部の沿岸部、ユーリネン子爵と姓と紋章が一致します」
簡潔な指摘と共に、リシアが書類を差し出す。
受け取ったトウカは、彼女が情報将校として戦争に揉まれている事を言祝ぐべきであろうかと逡巡しつつ、手にした書類に目を通す。書類と言えど、枚数は二枚に過ぎない。
帝国南部の沿岸都市ドヴィナを策源地とする〈第二六四狙撃師団〉を隷下に収め、そのドヴィナを擁するユーリネン子爵領の領主を務める彼は、原隊が辺境軍であるものの今戦役に参加している事から〈南部鎮定軍〉に転属したと推測される。
ドラッヘンフェルス高地後退戦に於ける帝国軍捕虜の情報を統合すると、辺境軍時に隷下であった〈第二六四狙撃師団〉が再編制で〈南部鎮定軍〉の戦闘序列 に組み込まれた。概要の上では部隊を師団規模で辺境軍より引き抜いたに過ぎない。方面軍規模での再編制では特段珍しい事ではないと言える。帝国東部沿岸で
は漁業が盛んな事から、他地方より食糧事情が比較的恵まれており叛乱も少ない。帝国東部よりの戦力抽出は妥当である。
「恵まれた境遇とは言い難いな。つまりは貧乏貴族か」
「はい閣下。下級貴族で少将です。それ故に政戦に於ける知見が相応にあるとみて間違いないかと」
リシアの指摘にトウカは首を傾げる。
平民や下級貴族が少将の階級を得るには政治的才覚が必要である。或いは、政治に全く興味がないと示し続けながら戦功を挙げ続けるという幸運に恵まれねばならない。
もし、将官に任じられても、自らが捨て石とされない様に細心の注意を払わねばならない。捨て石の範疇は政戦問わずであり、他国の軍人達が考えるように帝 国軍の将校が政戦問わず上層部の意向に関心を寄せているのは立身出世の為などではなかった。無謀な作戦に参加せずに済ませる為、或いは参加已む無しの状況 で後手に回らない様にとの保身である事が大多数である。
「少将か……相応の戦力を統率する以上、野戦昇進している可能性もあるが、能力はあると見える。まぁ、最善が見える程度ならば、障碍足り得ないだろうが」
歩兵師団ばかりである以上、機械化率の高い皇国軍の運動戦に追随できないのは自明の理である。ましてやザムエルには、ヴェルテンベルク方面の戦力を独自 裁量で運用できる様にしていた。錬成中とは言え、相応の数の各航空団も居れば、〈大洋艦隊〉司令官のシュタイエルハウゼン提督ともザムエルは極めて良好な 関係である。
ザムエルの指揮だけでも突破は不可能ではないと、トウカは見ていた。
無論、例え突破が叶わずとも、誘引できるならば問題はなかった。
最悪、ミナス平原で〈南部鎮定軍〉主力を撃破し、迫撃戦に移ればいいのだ。
ザムエルは包囲殲滅戦の一翼を自らが成すと考えているが、実際のところは帝国軍が輜重線防衛の為の戦力をフェルゼン封鎖に充てるならば最低限の目的は達成できる。
輜重線を寸断すべく、索敵軍狼兵や狙撃猟兵が小隊隊規模で浸透している。
帝国軍の貧弱な輜重を攻撃する事で、早期の弾火薬欠乏を意図していた。〈北方方面軍〉や皇州同盟軍の参謀達は、食料の焼き討ちで、食糧不足を誘発できるのではないかと期待していたが、トウカはその辺りに関しては期待を持っていなかった。
後送、或いは廃棄できなかった市町村のものが収奪されている為に短期間では不足がないという情報部の推察を肯定するものではなく、民兵を捨て石にするが如き前衛の扱いを見れば、消費する食糧の急速な減少は容易に想像できる。
死者は食糧を必要としない。
それを前提とした輜重を〈南部鎮定軍〉は行っている。不穏分子の処理を兼ねた遠征であるならば、食糧消費とてそれを前提とした輜重計画となっているのは自明の理。
「作戦計画が複数の意味と思惑を有するのは当然だが、ザムエルは拗ねるかも知れんな」
「……シャルンホルスト大佐ですか?」
感心しないというリシアの視線をトウカは黙殺する。
交代で仮眠する参謀将校が居る為、閑散とした総司令部ではベルセリカを中心として指揮を継続している。皇州同盟軍首席参謀のアルバーエル中将と航空参謀のキルヒシュラーガー少将がそれを補佐している。大規模な陸空立体戦闘の経験は、現状では皇州同盟軍にしかない。
航空攻撃の目標指示を淀みなく行う司令部を尻目に、トウカは小さな狐の将校の思惑に想いを馳せる。
――目的は商用街道の破壊か。経済的な復調を遅らせようとしているのだろうな。
トウカは帝国侵攻の意図を露わにしているが、壊滅状態に近い北部に対する経済政策も行わねばならない。それを軍事行動と並走させる為、帝国侵攻の為の策源地として皇国北部を発展させるという思惑があった。
北部に戦時下の策源地という役目を国家戦略として与える。
帝国侵攻ともなれば、地政学的都合上、北部で軍需物資を生産して帝国へ侵攻している部隊へ輸送するのが最も輸送費を低減できる。エルネシア連峰の存在が敵性戦力の浸透を抑止し、帝国の航空戦力も多数が漸減された。防空網の形成は既に立案が進んでいる。
北部がある程度、安全地帯と化せば、軍需産業による労働者増加を商業的好機と捉えた民間企業も進出してくるのは疑いない。寧ろ、その程度の好機すら嗅ぎ取れない嗅覚では商人とは言えない。
そして、帝国侵攻が進めば進む程に前線が押し上げられ、北部は縦深を得られる事で安全性が増す。
問題は兵力消耗による人的資源の枯渇であるが、帝国という国家は様々な異論と不満を軍事力で抑圧する事で国家の体裁を整えた国家である。付け入る隙は十 分にある。ある程度の自治権を認めて緩衝国家を成立させれば、帝国は自国民同士で殺し合う事になる。火器と兵器だけを鉄鋼資源と引き換えに売却する事で戦
力を整えさせる必要はあるが、その鉄鋼資源を以て生産した物品もまた輸出物となるだろう。ヴェルテンベルク領にも豊富に鉄鋼資源は存在するが、資源はあれ ばある程に新たな製品を製造できる。
何より、流通量拡大による鋼鉄の単価引き下げを以て、北部での重工業の優位性を示さねばならない。帝国領で産出した鉄鉱石を北部で鋼鉄にするが、北部の 事業所で使用する場合に限り売却価格を下げるという約定を、トウカは北部貴族に認めさせる心算であった。元より算出地域に近い場所で精製して売却する都合 上、近くに事業所を建設するのは輸送費用の低減という面で大いに意味がある。
民間工業の北部への進出。
それを促進する法案を北部貴族領で成立させ、北部全体を経済特区とするのだ。
ネネカはその辺りも察したのだろうと、トウカはふぅんと気のない言葉を漏らす。
恐ろしい事である。気付く者は未だ居ないと、トウカは推測していたが、その見通しは崩れた。
そして、その流れをネネカは遅延させようとしている。
阻止しようとするのであれば、露骨な敵対である為に対処は容易であるが、遅延となると話が変わる。
経済の流動を担う交通網の破壊は経済政策が北部に効果を齎す時間を遅延させる。
遅延が続けば、帝国侵攻に投じる筈の人員や資源を投じねばならなくなる。皇都で北部復興に資金投入が成されないなら他地方からの収奪も已む無しと口にしたトウカだが、実情として空腹に腹を抱える民衆を差し置いて帝国領へ侵攻する無謀は選択できない。
民衆が復讐を叫ぶのは確かだが、己の飢餓を差し置いて敵手の打倒を叫ぶかと言えば、それはないとトウカは断言できる。
〈露西亜帝国〉崩壊から〈ソヴィエト連邦〉成立までの経緯を見れば、致命的な貧困に陥った民衆がいつの時代も敵意を燃やすのは自らの食糧や資産を収奪する者に対してである事が分かる。外敵に目を見けるのは、自らの空腹を満たしてた後であった。
民衆の誘導は適度な貧困でなければならないのだ。飢餓にまで陥ると、外敵ではなく統治者に批判が向く。そして、その批判は外敵に逸らし切れるものではない。歴史がそれを証明している。
――北部の不安定化が続けば、皇州同盟軍の拡充は遅れ、俺は帝国侵攻を断念。
大方、そんなところだろう、とトウカは狂相を湛える。
戦時下でなくなれば、トウカの権勢は忽ちに不安定化する。
北部以外に於ける影響力は忽ちに喪われるだろう。帝国という脅威が低減された場合、陸海軍も皇州同盟と強調する意義が低下する。必要に迫るからこそ短時
間で近しい関係になり、必要不可欠な存在にまで深化できるのだ。時間を掛ければ、一線を引きつつも協力する関係に落ち着くだろう。時間があれば危険性を低減させる為の方策を巡らせる余裕ができるのだ。平時にまで危険性を愉しむ狂人などそうは居ない。
「あれは想像以上に俺の思惑を読む。陸軍め、中央貴族の阿呆など簡単に掣肘できただろうに。詰まらん理屈で政治への介入を躊躇するからだ」
ネネカであれば、陸軍の予算減少に掣肘を加える術など容易に立案できたに違いなかった。
しかし、トウカはネネカからの提案を受け入れ、ザムエルの下へと赴く許可を出した。陸軍参謀本部所属のネネカは移動にトウカの許可を得る必要はないが、ネネカはトウカに作戦計画の承認を求めた。
トウカはザムエルに判断を投げた。ユーリネンなる帝国軍指揮官が相応に優秀である以上、現場情勢にそぐわない作戦計画となっている可能性が捨て切れない為である。
――さて、つまりは樹海を横断する鉄道網の構築を前倒しする必要がある訳だが。
樹海はマリアベルによって数百年の時を掛けて拡大された背景がある。その目的は軍事行動に於ける侵攻路の制限に尽きる。
マリアベルにとって経済活動とはシュットガルト運河を用いた海運業に他ならない。周辺貴族や国内への商業活動は寧ろ最低限度に留めていた。彼女にとり国内での商業活動は遺恨と敵を招く行為に他ならないのだ。
しかし、内戦後期はマリアベルも戦後を見据えた北部貴族との連携を想定した鉄道路線の敷設を計画していた。膂力に優れた種族が多いとはいえ、樹海の開拓は短期間に成せる事ではないものの、事前調査の予算は既に承認されている。
「戦場では誰しもが戦死する可能性を捨て切れません」
「……優秀な参謀将校を喪うのは好ましくないな。今後の戦役の為にも」
リシアの迂遠な暗殺の進言を、トウカは明確に拒絶する。
ネネカは国家を相手取れる才覚を持つ。
方面軍という一国を相手にする戦線を預けられるだけの才覚を持つ将校の存在は千金に値する。トウカが帝国を相手にしている中で他国の侵攻があった際、そ の一方の敵国への対処を任せるに値するのだ。方面軍司令官となる必要はない。方面軍の意思決定に影響を及ぼすだけで十分である。
その箔付けを含めた意味を踏まえて、トウカはネネカの作戦計画を受け入れた。
何より、ネネカは優秀であるが、トウカを履き違えている。
トウカは戦争屋であって軍人ではない。
国体護持や国土防衛、国民保全などという建前を口にはしても、その実行に際して被害よりも利益が上回るのであれば許容する展開もある。
ネネカはトウカが帝国侵攻を一時的に断念し、北部臣民の食糧事情と労働事情の改善に奔走する事になると踏んでいる様であるが、それは国民保全を責務としている正規軍人の発想なのだ。
領邦軍を前身とする皇州同盟軍は軍閥である。だからこそ国民を護る必要性は認めつつも、それを自らが絶対的に成さねばならないなどとは考えない。
――シャルンホルスト大佐は典型的な職業軍人だ。身形はあれでも。
それ故に認識の齟齬に気付けなかった。
現状、大規模避難を継続している北部臣民を中央貴族に押し付け続ける事に、トウカは躊躇いなどない。寧ろ、中央貴族と政府が支出に耐えられず、北部臣民 を安全が確保されたと北部へ返そうとする動きを見せるまで、難民達には政府と中央貴族の諸兄らの予算を蚕食させる心算ですらあった。
北部臣民の帰還事業遅延の理由として主要街道の復興があるならば、それで構わないのだ。
それを理由に街道復興費用を要求し、復興に従事できる年若い者達を最初に北部に帰還させる事で労働人口を抑制する。
復興事業があるとはいえ、予算や各計画、備蓄物資との折り合いもある。労働者を忽ちに吸収する受け皿はなかった。
避難した事で労働環境を喪った者達全ての労働環境を用意するのは時間的にも予算的にも不可能なのだ。北部臣民の数だけでも一〇〇〇万を超える。それに対する対処を行うだけの規模を持つ組織を北部地域は有していない。
失敗すれば、北部臣民は戦争によって荒廃した土地に労働環境なきままに追い遣られることになる。忽ちに不満が噴出する事は間違いないが、その矛先は皇州同盟にも向くだろう。ただ、郷土解放を成すだけでは意味がない。労働環境と公共施設が整わねば、不満は蓄積する。
よって避難解除は段階的に行わねばならない。
トウカは帝国軍を駆逐し、種蒔きの季節までに北部を取り戻すと宣言したが、戦争が続く中での帰還は困難だと見ていた。
しかし、帝国の国内情勢がトウカの想像以上に逼迫している事もあり、〈南部鎮定軍〉は強行軍を強いられた。夏季にまで持ち込むと見ていたが、決戦は春季 に完了すると見られている。代償に準備期間を喪った皇国軍の被害は増大したが、帝国軍も強行軍で疲労が蓄積し、戦線形成に苦労していた。
――エルライン回廊近傍での航空要撃戦が決定打になったな。
ただでさえ、帝国は帝都空襲で甚大な被害を出して権威を傷付けられている中、可及的速やかななる報復を望んでいた。
そうした中、帝国軍が有する戦闘騎の漸減に成功した事で、戦略爆撃騎部隊がエルライン回廊を跨いで諸都市に戦略爆撃が可能となったと帝国貴族は見て取っ たのだろう。その突き上げに帝国政府と帝国陸軍は抗する事が出来なかった。それ故の短期決戦である。無論、そこには戦略爆撃を阻止するには皇国軍を早期に 打倒するしかないという戦略的要求も含まれているに違いなかった。
トウカは、これ程までに短兵急な軍事行動が成されるとは考えていなかった。
速成錬成の兵士を主体とした歩兵師団の中には、融雪に足を取られて未だ前線に到着していないものも存在する。帝国貴族の戦略爆撃に対する恐怖を軽視していたという以上に、エカテリーナが何としてもその動きを阻止すると考えていた為である。
エカテリーナは方針転換を図ったのだ。
ネネカと同じく、皇国軍の撃破から帝国逆侵攻に対する遅滞行動へ。
恐らくは戦争の長期化と皇国軍の被害蓄積を意図したものである事は疑いない。壊乱した帝国軍の残敵掃討が悲惨な不正規戦に陥ることで長期化するという目論見もあるかも知れない。
経緯はどうであれ短期決戦が起きた。故にトウカは備えればならない。
決戦が前倒しになる以上、北部奪還後の避難民帰還計画も前倒しになる。中央貴族も熱心に進める筈であった。彼らの支出にも限界がある。
帰還支援委員会は既に立ち上げられているが、未だ人員と予算は足りていない。未だ帝国軍を北部より撃退していない以上、割り振れる予算と人員には限度が ある。しかし、早期復興の為には労働者をある程度は帰還させねばならない。何より、形だけでも避難民の一部を北部に戻せば、種蒔きの季節までの帰還という
約定を一応は満たす事となる。可能となりつつある中で、それを断念する慎重さが許される程にトウカの政治権力は安定していないのだ。
「中々どうして上手くはいかないな。上手く梯子を外される」
ネネカもエカテリーナも戦後の帝国侵攻を抑制しようと目論んでいる。
トウカにはそう見えた。
復興事業に於ける労働人口の一部を北部で新規の軍需産業に担わせようと考えていたトウカにとり準備期間を喪った事は大きな問題であった。他地方の企業や 資産家を引き込む時間を喪った。戦時下で国策に等しい軍需産業が儲かるという印象付けは内戦を通して終えつつあるが、参加企業は未だ皇州同盟によって影響 を受けた一部企業や資産家達でしかない。
「いかがなさいますか?」耳元に顔を寄せて囁くリシア。
眼前の軍事行動に対する問いであるそれであれば、トウカは答える必要性を感じなかった。
軍事的勝利に関しては確定しているのだ。
「取り敢えず…………寝る」
トウカは立ち上がると、仮眠室へと足を向けた。
「旭日がこれ程に厭わしいとはな……」
地平線に窺える曙光の気配を見据えたリディアは、木々の間隙より戦場の空を見上げる。
遠望から響く砲声とも炸裂音とも取れる何かが空気を震わせ、戦場の片隅であると自覚させた。
迂回行動は成功しつつあった。
〈南部鎮定軍〉主力が航空攻撃を吸収する中での迂回行動である事もあるが、夜間では航空索敵も効果を十全に発揮しない。皇国軍が視力に優れた種族を用い ても尚、大前提として視覚による索敵というものは限界がある。疲労や先入観による見落としや誤解の余地は多分に介在した。
リディアの判断で戦場となり難い地形を選択しての行軍であった事も大きい。
本来の騎兵では踏破不可能な地形であっても帝国最精鋭の重装魔導騎兵であれば不可能ではない。崖を駆け下りての奇襲という戦歴もある者達は、輜重を顧み る事もなく前進を続けた。乾草などの糧秣も軍馬に括り付けての強行軍は、リディアですら初めての経験であった。魔獣と掛け合わせた特殊な軍馬が基礎能力で 通常の軍馬を遥かに優越するからこその芸当であるが、睡眠時間に変わりはない。
最低でも四時間程度は必要である。否、強行軍による疲弊を踏まえれば六時間は必要である。
リディアは足を投げ出して睡眠する軍馬の群れを一瞥する。その軍馬に寄り添うように仮眠を取る騎兵達の姿は牧歌的ですらあった。歳若い騎兵などは一層と健気が滲む。
斯くいうリディアも愛馬の腹を背にして座している。
森林と辛うじて呼べる規模であるが一〇〇〇騎近い程度の数の騎兵を隠蔽するには十分な規模を持つ深緑の揺り籠は、木々の慈悲によって地面に積もる雪は僅 かしかない。魔術で炙る事で水分を飛ばしてしまえば、這い寄る寒気は遠ざかる。軍馬と騎兵が冷えぬ様に、魔術で乾燥させた木葉や小枝を地面に敷いている事 もあって熱病に犯されるものは少ない。
幸いな事に、愛馬の熱もある。
――朝日を疎んじる、か。そう言えば、トウカの軍旗は旭日の象意であったな。
木々が揺らす木葉の間隙より辛うじて差し込む陽光。
しかし、それは帝国軍の死を呼ぶ光である。
航空攻撃が本格的に再開されるからである。命中率も跳ね上がる事は疑いない。無論、今のリディアにできる事は隠れ潜む騎兵が見つからぬ事を祈る事しかできなかった。
「姫様、馬と騎兵共は後退で睡眠させますが、空からの隠蔽には自信を持てませんぞ」
〈第一重装魔導騎兵師団〉師団長を勤めるセミョーノフが近付づく。
軍規格とは程遠い純白の大きな耳当て帽を被る彼が、のそのそと匍匐前進え近付く様は妙な面白みを感じる。皇帝髭に付着した雪の欠片に奇妙な愛嬌が窺えた。
「それは私も同様だ。しかし、この辺りならば索敵には掛からないと思う」
「確かに帝国軍魔導騎兵が戦場でこそこそする光景なぞ想像も付かんでしょうな」失笑するセミョーノフが皇帝髭を震わせる。
大陸に名を轟かせる帝国陸軍重装魔導騎兵が、主戦場から離れた位置の森林で軍馬を寝かせて昼間の行動を避けるというだけでも十分な話題性を伴う珍事に他ならない。
昼間の航空攻撃の優位を帝国軍が認めたとも取れる。
交戦を避けるという事は、相手の優位を認めるという事でもあるのだ。戦後、帝国軍は軍事思想の根本的な転換を迫られるだろう。最強の矛の存在意義を問い直さねばならないのだ。
「まぁ、飛行場の奇襲に成功すれば、騎兵科は今後百年は安泰でしょうな」
「さて、どうだろうな。装甲兵器への転換を目指すかも知れない」
リディアとしては、その可能性が高いと踏んでいた。戦闘で行動不能になった車輛も鹵獲している為、技術移転は可能である筈であった。一度、製造工程に乗 せてしまえば国力差から製造数は帝国軍有利となる事は疑いない。編成予算が近いならば汎用性に優れる装甲兵器の主力化を推進するのは自明の理である。陸軍
内の騎兵閥も皇国内の内戦で装虎兵や軍狼兵に引けを取らなかった点に揺れている中での消耗ともなれば権勢に多大な傷が付く。
何より帝国軍に於いて戦車は歩兵科の兵器である。
前線の塹壕や鉄条網を突破する兵器として運用されている以上、当然の帰結である。皇州同盟軍の突撃砲も歩兵の直協支援を担う為に歩兵科で運用されていた。
歩兵科は派閥争いの範疇として、騎兵科の予算削減による戦車部隊増強を意図した動きを見せるだろう。否、既に見せているに違いなかった。それが派閥争いである。
「世知辛いですなぁ。まぁ、馬共が戦地に赴かずに済むのは良い事やも知れませんな」
「ああ、そうだな。なにも人間の酔狂に付き合わせる事はない」
リディアは睡眠薬で深い眠りについた愛馬の腹を撫でる。
同族で殺し合う為、自らの細胞を材料に多種多様な生物の遺伝子を組み込んで人工生命体を製造した旧文明時代からヒトの本質は変わっていない。技術は進歩 すれども、扱うヒトはなに一つ進歩していなかった。それらしい建前を口にすることが進歩と言うのであれば、進歩しているのかも知れないが、リディアは悪知 恵を付けたとしか見ていない。
人間は愚かだ。賢い振りばかりして、より愚かになっていく。
しかし、その愚かな行為を畏怖すべき程に全力で行う者こそが主導権を握る組織こそが繁栄するのがヒトの世である。否、愚かである事を意に介さぬ者こそが強者足り得るのだ。
だからこそリディアはトウカに敗北しつつある。
帝国本土からの戦略指示など放置して自らが思う侭に戦争指導を行えば良かった。〈南部鎮定軍〉に於けるリディアの権威は確立されている。軍部内でも若手 将校を中心に理解者が多い。少なくともリディアはその点を確信していた。実際は絶大な人気と言っても差し支えない。軍人とは勝てる指揮官こそを渇望するの だ。
「さて、生き延びれば馬には長い平穏を。しかし、私は少し我儘に生きるとしよう」そうすべきなのだ、とリディアは天を仰ぎ見る。
寒さに詰襟の軍用長外套に口元を隠したリディアは固い決意を吐露するが、セミョーノフは感心しないとばかりに皇帝髭を揺らす。指揮系統の逸脱を意図した言葉であると察したが故であろうが、それでも尚、否定しないのは彼の軍上層部に対する不満を示している。
――内憂外患か。だが、それは皇国も同じ。さぁ、トウカはどうするのか。
強大な政治的権勢を何千年に渡って堅持してきた五公の権威を短期的に優越できない以上、消去法で軍事行動による状況の打開に絞らざるを得なくなるのではないかという期待がリディアにはあった。
内戦と露骨な敵対政策はトウカの北部での権勢を確固たるものとしたが、代償に中央貴族との敵対関係を齎した。大部分が中央貴族との紐帯が強い七武五公も信義や信頼という無形の財産を堅持すべく、それらを支持しているものが少なくない。
リディアの与り知らぬ事であるが、トウカはアーダルベルトやヨエルを筆頭とした飛行種族に対する政治勢力拡大の手段を与えるなどして、中央貴族に不和の 要素を蒔いていた。安易に再度の内戦が行われない程度に連携を乱すだけの手段は講じているのだ。無論、そうした機体にはリディアの軍人としての思考に基づ く誤解がある。
リディアは、トウカがアーダルベルトとヨエルを伴って帝都空襲を行ったという事実が持つ政治的意義を軽視していた。純軍事的な意義に留まらないのはリ ディアも理解しているが、その意味は彼女が考えるよりも遙かに大きかった。例えそれが神龍と熾天使の参戦がトウカに主導権のあった出来事でなくとも。
――姉上とトウカが手を取り合ってくれるならば、両国の内憂も事は容易くなるものを。
当然、猜疑心の強い二人の連携は、神算鬼謀の駆け引きの中、余力を以て内憂外患と争う事になる為、最終的には破綻するだろうと、リディアは顔を顰める。
実際、二人は政戦に於いて同等、或いは上と認めた者であれば適正な距離を模索する。特に相手が相応の勢力に参加しているのであれば、陣営の被害を考慮して決戦を避けた。
千日手染みた争いが戦場と議会の片隅で続発するだろう。
その常識的な解を導いた者こそが《スヴァルーシ統一帝国》帝位継承者第一位、ヴィークトル・ゲオルヴィチ・アトランティスである。
対して、トウカの勝利を確信したのが、《ローラン共和国》大統領、オーギュスト・バルバストルであった。
彼らは遺物や記憶、慣習や常識を胸に其々が異なる解を導いた。
当然ながら、リディアはトウカの優位を確信していたが、直近でエカテリーナを排除するには至らないと見ていた。
身代は未だ小さく、皇国内で主導権 は取れないトウカであるが、軍事行動に於ける才覚は紛れもない当代無双。しかし、エカテリーナの帝国に対する影響力は、帝都空襲で門閥貴族の権勢が著しく
後退するであろう事を踏まえると増大するのは間違いない。度重なる戦争で疲弊するトウカでは、帝国で影響力を増したエカテリーナを撃破する事は難しいと見 ていたのだ。何より、エカテリーナは未だ表面上は何一つも瑕疵のない白き女帝である。
敵は少なく、潜在的好意が朝野に満ちている。
トウカは軍人であるが故に、敵味方の区別を明確にし過ぎる。帝国主義国家の軍人であるリディアから見てもそう思えるのだから、皇国内での評価は容易に想像が付く。
――まぁ、時間が必要なのは変わりないか。
千金に値する時間を捻出すべく、リディアはミナス平原会戦に於いて皇国軍に、帝国侵攻を頓挫させ得るだけの被害を与えねばならない。
「ところで、真に済まないが貴官には魔導騎兵の生き様をこの戦野で見せて欲しい」
この航空兵力と圧倒的砲兵火力、そして泥濘が支配する戦場で生き様を見せる。
つまりは死ねと言っているのだ。
目を丸くしたセミョーノフ。何を今更という感情が窺えた。
〈第一重装魔導騎兵師団〉の戦闘序列で主力を成す〈ヴォロシーロフ重装魔導騎兵聯隊〉〈ブジョンヌイ重装魔導騎兵聯隊〉のみを率いて強行軍を行っている様に、隷下の将兵達は死を覚悟しただろう。
騎兵砲大隊や輜重大隊、機関銃大隊、迫撃砲大隊、通信中隊、工兵中隊などの火砲支援や後方支援を行うべき部隊を分離しての強行軍。加えて、航空騎に装甲車輛の大軍が友軍を散々に引き裂いていた。
騎兵聯隊将兵が死を覚悟するには十分な出来事であった。
リディアの心情を慮らずとも状況が死を覚悟させる程に熾烈である以上、セミョーノフもまた生きては還れまいと腹を括っていた。
ベルゲン直撃を意図していた〈アルダーノヴァ軍集団〉も皇国軍の索敵網に引っ掛かった。無線傍受の結果判明した事であるが、夜間航空攻撃の命中率は低い 為に被害は限定的であるとの事であった。それでも尚、攻撃を断続的に受けている点に変わりはなく、ベルゲンへの直撃には至っていない。そして、夜が明け始 めた中、〈アルダーノヴァ軍集団〉の運命は決した。
「彼方は、強情な事に引かない。私の盾となる心算だ。……莫迦者め」
余計に撤退などできなくなる。進出が露呈しても尚、航空攻撃に身を晒しながら侵攻を続けている理由は、リディアの別動隊を気取らせない様にする為であった。挺身という他ない。
犠牲に似合うだけの戦果をリディアは挙げなければならなくなった。そうした可能性が高かったとは言え、犠牲は犠牲に他ならない。
「飛行場襲撃に成功すれば、こちらは大兵力で再び巻き返す事ができます。彼らの犠牲は徒でありますまい」
「……そうだな」
実際のところ、航空基地襲撃に合わせて帝国軍は後退戦に移るという作戦も〈南部鎮定軍〉総司令部にはあった。被害と指揮統率の低下を踏まえれば、混乱に 合わせて撤退するしかないというのは正しい。リディアは、その中で殿軍を勤める事になる。後退しながら壊乱しつつある急造師団を糾合しての撤退戦。口にす
るだけでも背筋が凍る程の難事である。そもそも最も敵中深く進出したリディアが前線付近まで後退できる可能性も然して高くはない。
撤退か全面攻勢か。
その決断は、リディア主体となって行う集団戦術魔術による種類によって伝達される。
飛行場による魔導士の資質を持つ重装魔導騎兵の魔導砲撃の閃光は夜間であれば、遠方まで良く見える。加えて、今作戦に於いて帝国軍偵察騎は夜間出撃している。
リディアの決断次第で、両軍の戦死者が何十万という単位で追加されるのだ。
泥濘が戦場を覆いつつある中、土色の擬装布を羽織る魔導騎兵達をリディアは窺う。
本来、狙撃兵用の擬装布であるが、リディアはこの一戦の為、輜重統括部と各歩兵師団の狙撃兵から徴用した。軍馬もまた泥濘に合わせた色合いに塗装されている。皇国軍航空騎が、上面は地上軍の迷彩。下面は当日の気象に合わせた色をしている姿を見ての模倣であった。
皇国軍航空騎は、上方からみれば地上の色に紛れる様な模様をし、下方から見れば空に紛れる様な迷彩を龍体に塗装している。視認性が極めて低く、単騎であれば発見は困難であった。
友軍の揺動と擬装の成果か、〈第一重装魔導騎兵師団〉の浸透は露呈しなかった。
しかし、次の夜には攻撃を掛けるのだ。それは、敵中深くで自らの存在を露呈させる。
それを理解してか、騎兵の中には伏して就寝する軍馬に背を預け、酒盛に興じている者も少なくない。斯くいうリディアも懐にはウィシュケの入った酒筒を忍ばせている。それを知るが故に彼らも持ち込んでいた。
リディアは自らが酒を持ち込んでいる事を無理に隠さない。それは隷下の将兵に羽目を外さない限りは黙認するという意志表示であった。堂々と口にするのは上官として憚られるが、仕草で示す事で非公式な見解を示したのだ。建前を兼ねた本音であるが咎める者は居ない。
因みに、リディアは北部の蒸留所で鹵獲したウィシュケを好んでいたが、帝国軍将兵には極めて評判が悪かった。木材臭いとの事で、蒸留所は放置されている ものも少なくなく、それどころか度数の高い原酒などは焚木の際の着火剤扱いされている。加水したウィシュケは燃えないので突撃前の軍馬の身体を温める為に 飲ませたりしていた。
リディアは、懐から酒筒を取り出して、ウィシュケ……樽出し原酒を煽る。
突き抜ける様な刺激を舌に感じ、仄かな森林の気配が鼻先を満たす。戦場の片隅……森林で味わうには上出来な安らぎがあった。
セミョーノフもまた同様に腰の水筒を煽っている。水ではなく酒精の臭いが鼻に突く。水分補給に気を遣う騎兵だが、偶にこうした猛者が居るのだ。
前線を担っていた速成錬成の急造師団は五〇個を数え、総兵力で七〇万名近い。
ミナス平原に参陣した帝国軍の総兵力は後方支援も含めると、会戦前には一四〇万を超えつつあったが、それも今は昔、強攻に加えて航空攻撃の開始で三〇万 名近い犠牲者が発生しているとリディアが〈第一魔導騎兵師団〉を直率して進発する前の〈南部鎮定軍〉総司令部は推察していた。瞬間的な大規模航空攻撃によ る通信網の寸断は、各部隊の被害集計すら不可能とせしめたのだ。
軍事学上の定義として、三割の損耗により全滅判定を受ける事が常識である。
しかし、この世界に在って帝国軍と皇国軍は違う。
共に六割の犠牲までを前提としていた。
三割の犠牲。
近代化した各種兵器と装備を多数運用する軍ではそれを維持管理、修理、保守点検する人員が多い為、前線で主力を担う三割程度を占める歩兵科の全滅を戦闘 能力の損失を指すが所以である。近代軍は強力な兵器と火力を有するが、それを運用するには多大な人員と知識、部品、予算を要求する。それ故に前線で戦闘を
行う歩兵部隊は近代化するに伴って相対的に減少した。減少した歩兵戦力は魔導車輌化と火力で補える……否、優越するが故に歩兵の比率は減少する。
しかし、類稀なる砲兵火力を整備する帝国陸軍は、それ以外の近代化が遅れていた。特に魔導車輌化は遅れており、荷馬は火砲牽引や輜重部隊に取られている。魔導車輌はそもそも生産自体が低調で圧倒的に不足していた。
そうは言えど、大日連陸軍もまた完全な自動車化は皇紀二六七〇年(西暦二〇一〇年)にまでずれ込んでいた。冷戦下で戦略兵器や艦艇整備、航空機更新に予算を取られたという部分もあるが、長年の防衛的な政策に依る所も大きい。緊急展開能力を輸送回転翼機部隊が担ったという部分もある。
帝国軍が外征に於いて歩兵師団の魔導車輌化による機動力を重視しなかったのは、その魔導車輌を運用する為の魔導資源の不足によって稼働率を維持できない と見たからである。ある種の割り切りであるが、帝国陸軍は稼働率の低い機動力よりも、稼働率の高い既存兵器を求めたと言える。堅実であった。
兎にも角にも、そうした経緯もあって帝国軍の歩兵師団編制は、歩兵科のみで六割に届く。大兵力と火力こそが彼らの戦略の根幹である。
だが、皇国軍もまた均衡の取れた近 代化に成功しながらも全滅判定の被害は六割に設定されていた。建前上は三割としているが、陸軍総司令部や皇州同盟軍総司令部の基準は六割なのだ。これに
は、戦闘に優れた種族が歩兵科以外にも配置されており、必要に応じて歩兵部隊や魔導兵部隊に転用できるからであった。
全軍が銃兵たれ、という予算不足からなる苛烈にして悲壮感漂う歩兵科以外の多用途化の産物と言える。砲兵や迫撃砲兵、工兵、通信兵、輜重兵なども充足状 態の歩兵と同等の装備を有するという特徴もあった。それは国土防衛に特化したが故の性質に他ならない。本土決戦での敗北は国土失陥を意味するが故に、彼ら は常に後がない。不退転の決意が編制に反映されているのだ。
だからこそ、両軍の戦闘は熾烈なものとなる。
全滅判定の数値が周辺諸国と比して倍に設定されているのだから当然の帰結である。
皇国軍は既に全軍の二割、帝国軍は三割の戦死者を出している。
陽光が麗かな時間帯となれば、航空攻撃は一層と激しさを増し、医療技術に劣る帝国軍の被害比率は控えめに見ても皇国軍の四倍以上に膨れ上がるのは間違いない。
それでも尚、戦うのだ。
国家がそれを要求するが故に。
「我々は騎兵だ。走り続けるしかない」リディアは嗤う。
実に騎兵らしい事実である。衝撃力を売りにする兵科である。速度は攻撃力だけでなく、己の生命すら左右するのだ。
次の夜、〈第一重装魔導騎兵師団〉は飛行場を直撃する。
リディアは知らないが、騎兵砲すら除外した完全な騎兵のみの〈第一重装魔導騎兵師団〉は、トウカによるベルゲン強襲時の長躯進撃の平均速度すら優越していた。
「次に立ち止まってしまった者は死ぬ。死神と遺恨は可及的速やかに追い縋る。憎悪が背中を一突きする。決して逃れ得るものか。決して逃れ得るものか。決して……」
遺恨と憎悪という軍刀を携えた死神はきっと軍神の身形をしているに違いなかった。
少なくとも、リディアだけはそう確信していた。
人間は愚かだ。賢い振りばかりして、より愚かになっていく。
古代《希臘》 哲学者 ソクラテス