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第十二話    陸上戦艦

 

 

 




「凄い……この短時間でここまで戦線を押し上げるなんて」


 SFに出てきそうな司令室の前面に設置された三次元映像ホログラフの戦場を見下ろし、リーゼロッテは顔には出さないが、内心驚いていた。


 深雪の指揮は、刀樹の提案を元にしたとはいえ、異常なほどの鋭さを持っていた。


 刀樹が提案した爆破作戦も行なっているが、同時に大小無数の部隊を運用して地形や特性を利用した奇襲や迎撃も行なっている。それによって陸軍の戦力は凄まじい勢いで減少している。そして、それによって生じた戦線の僅かな綻びを深雪は見逃さない。


「砲兵隊のみんなっ! 商業地区の第三区間に曳火射撃を開始して!」


『了解です!』


 感動した面持ちで宙に浮いた画像の中の少年が敬礼する。


 中に浮いた画像が消えると深雪は、いつも通りのユルい笑顔を浮かべ椅子に座る。


「あ~っ、疲れた~。綾乃~、お腹すいた!」


「せめて戦いが終わってからにしなさい!」


 綾乃が和菓子を学生鞄から出していたので(四次元ポケット?)それを横から略奪して貪りつつ、リーゼロッテは深雪の頬を引っ張る。


「いや~、でもでも~集中力持たないよぅ。それに、作戦指示は先にしちゃったし……正直、ヒマだよねっ」


「死ぬ?」


 頭をグリグリされた深雪が奇声を上げる。


 それを横で見ていたクローゼは、やれやれと溜息を付く。


 だが、深雪がりーゼロッテとじゃれ合いながらも、三次元映像から目を離していないことには気付いていた。見た目はいつも通りでも、油断はしていないのだろう。


「お前ら……一応、戦争中なんだから静かにしてはどうだ?」


「分かってるよ。リーゼ、お願いがあるんだけど聞いてねっ」


「聞いてくれる? でしょ。遠まわしに命令しないで」


 で、何かしら? と、目線で先を促すリーゼロッテに深雪が笑顔で振り向く。


「機甲部隊……あ、やっぱり全軍の指揮をヨシシクねっ」


「死んだわ」


「過去形なのっ!」


 深雪は表情はそのままだが、目には決意の意思が宿っていた。


 その意思に何か思うところがあるのか、リーゼロッテは黙り込む。


「冗談はこれくらいで……私はちょっと大事な用事があるの。それに」


 深雪が表情を引き締め、リーゼロッテを見つめる。


 それは、紛れもなく一人の生徒会長の顔だった。


「リーゼにとってもこの学園都市の情報を掴むいい機会だよね」


「…………」


 その言葉にリーゼロッテは黙り込む。


 何か裏があるのではないかと思ったからだ。


 だが、よく考えてみれば深雪は人を騙したり陥れたりする時は、いつも通りのしまりのない笑顔なので、何か企みがあるわけではないだろうと、独りでに安心する。


 確かに深雪の提案はリーゼロッテ――リューゲン学園都市にとっても悪い話ではない。世界で一番科学力の進んでいる近江学園都市の軍隊の内部情報を一時的とはいえ、全てを覗き見る事ができるのだ。しかも、ノーリスクで。


「お願いねっ☆ じゃ、そゆことでっ!」


「待てぇい! このアホ娘っ! 戦闘中に指揮官がふらついてどうするんだ馬鹿者が」


 クローゼは、司令室から脱走しようとした深雪を足払いで床に転がす。もはやどちらが護衛か分からない。


 あまりの衝撃に司令室にいる生徒会役員たちが絶句しているので、仕方なくリーゼロッテが言葉を発する。


「で、ミユキはどこに行くの? まさか、戦車に乗って前線で暴れるなんて言わないわよね?」


「…………」


「少し、いえ、かなり……頭冷やそうね?」


「いや、冗談って、い痛痛痛痛痛痛たっ!」


 リーゼロッテがで深雪をの頬を抓る。


「黙れ。そして、腐れ。猛獣……いや、珍獣を調教するには暴力が一番よ」


「言い直してもっとヒドくなってるよソレ……」


 世界で三つしかない学園都市の生徒会長だということを考えると、確かに深雪は珍獣だが、


よくよく考えてみるとリーゼロッテも学園都市の生徒会長なので同じ珍獣なではないか?と


深雪は思ったが、叩かれたくないので口にはしなかった。


「ふん……どうせ、刀樹を探しに行く気だろう」


 腕を組み、壁に背を預けていたクローゼが、溜息混じりに呟く。


『…………』


 それを聞いた二人の生徒会長は沈黙する。


 二人とも刀樹の行き先が気になってはいたのだが、その話題はあえて避けていた。


 不吉な予感がしたからだ。


 別れ際の刀樹の顔は、いつも通りの不機嫌です的な顔をしていて二人には、その真意を見抜ぬけなかった。


 だが、深雪には嫌な予感がしていた。


 漠然とした感覚だが、途方ない圧迫感を感じていた。


 まるで巨大な鋼鉄の塊にせまられているような……。


「あのね……嫌な予感がするの。刀樹くんに何かあるかもしれないから……」


「深雪の勘はよく当たるからな……。あの若造も今頃、戦車にでも轢かれているかもしれん」


 クローゼは、呆れ半分に呟く。


 深雪の予感は幼い頃からよく当たった。無論、それはいい事ばかりではない。母親の命日の日もその予感は無慈悲にも的中した。


 深雪は、無性にやるせない気持ちになった。


 母様の命日ですら予感があったのに、なんで陸軍の奇襲には何も感じなかったのか。


 陸軍の奇襲も腹立たしいが、それ以上に気付けなかった自分に腹が立った。自分が気付かなかったからこそ、今、この瞬間にも刀樹が傷つこうとしているかも しれない。刀樹は、深雪のせいじゃねェ と言ってくれるだろう。刀樹はいつも不機嫌な顔をしているが、驚くほどに気を使ってくれる。それに甘え、泣き付け ば助けようと動いてくれもするだろう。


「刀樹くんを助けにいくもん。邪魔するならクローゼでも」


 深雪は、そっと懐に手を伸ばす。そこにはホルスターに収まったミネベア9mm自動拳銃が吊るされていた。今までに感じていた以上に、その一丁の拳銃は重く感じた。


「撃つよ」


 銃の重みは人の命の重みである と父親である東郷・篤胤より学んだ。刀樹は、それをアホくさいと一蹴したが、深雪は改めて父親の言葉の意味を思い知った。


 背中にイヤな汗が流れる。


 周囲でせわしなく動いていた生徒会役員も固唾を呑んで三人を遠巻きに眺めている。


 深雪の真剣な表情を見た者達は驚いた。悪巧みや生徒会の仕事をする時でさえ真剣な顔をしなかった深雪が、真剣な表情で信頼しているはずの護衛を睨み合っているのだ。深雪とクローゼから放たれる凄まじい殺気に司令室の温度が下がったように感じられるほどだ。


「もう、やめなさいよ。司令官がそんな騒がしいと部下が不安がるわ。……心配しなくても刀樹は私が助けに行くから心配しないで」


「ちょっとぉ、アンタァ何言っんですかぁ! 死んじゃうよデストロイだよ不慮の事故だよっ!」


「アナタ……キャラ変わってるわよ……」


 深雪の変貌ぶりについていけない役員なども、その場で固まっている。


「別に三大学園都市の生徒会長が行くほどでもないだろう。私が行こう。お前ら戦闘能力がない連中が行くと護衛を付けねばならん。大体、二人が行っても邪魔になるだけだ」


 刀樹に劣らない不機嫌な顔でクローゼがため息をつく。


「「でも……」」


 二人の生徒会長はなおも食い下がる。


 しかし、クローゼの言葉には理があるので、反撃の言葉が見つからない。


 クローゼが正しいのは分かるよ……。でも、私は……。


「私は、刀樹を助けに行くもん。たとえ自分が死ぬ事になっても」


「お前の父上殿がそれを聞けば、刀樹の命はないだろうな」


「たとえそうなっても指一本触れさせないもん」


 深雪は立ち上がると、席の横に立て掛けられていた89式小銃を手に取り、背に担ぐ。


「クローゼは知らなかったよね。私は刀樹に命を助けられた事があるんだよ。だがら私は行くよ。それに……このままじゃ刀樹が報われないよ」


「報われない……だと?」


「刀樹は一年前までアフリカにいたんだよ……気付いたときからアフリカで少年兵として戦ってたんだよ……そんなの、悲しすぎるよっ! だから、私が幸せにしてあげるの」


 クローゼは刀樹が只者ではないと分かっていたが、アフリカで戦っていた事は知らない。ドイツ軍人であるクローゼにとってもアフリカは因縁の土地でもある。


 北アフリカ平定のために三大国が派遣した戦いでは、軍と無数の民族・軍閥・主義者たちが衝突し容赦のない凄惨な戦いが行なわれた。街の人間を虐殺し、略奪し、蹂躙する。そんな事が日常だったアフリカに刀樹はいたのだ。


「……私が行こう」


「はっ?」


 クローゼの言葉に深雪が唖然とする。


 護衛対象である深雪を放置してクローゼがどこかに行ってしまう事はありえない。普段は、深雪の傍にいないように見えても何らかの手段を用いて雪を護衛している。だが、刀樹の支援をするという事は一時的に深雪の護衛を放棄すると言う事だ。


「私の護衛なんだから行っちゃダメっ! それ以前にクローゼ一人行っても意味ないよ!」


「ここなら安全だから護衛はいらん。それに、深雪が行くよりマシだろう。……私なら刀樹のいる場所を見つけられるからな」


 自嘲的に笑うと、言葉を続ける。


「聞きたいこともあるしな……」


 そんなクローゼを見て、一人黙っていたリーゼロッテは静かに司令席に座る。


 この二人には、それぞれ事情があると、今までの言葉から感じ取った。リーゼロッテには刀樹と何の繋がりもない。だからといって刀樹のことを諦めるつもりは毛頭ないが、二人と刀樹の過去を知らない以上、不用意に関れない。


「私が指揮を預からしてもらうわ。悪い話じゃないしね……でも、トウキは渡さないわよ」


 それに学園都市のメインサーバーなら刀樹と深雪の過去に何があったかわかるかもしれない。指揮そっちのけで調べようと心に誓うリーゼロッテだった。


「ホント? 助かるよっ! 刀樹くんは渡さないけど」


「仕方ない。行くぞ……深雪」


 クローゼもやむ終えないと思ったのか、黙って装備を整えている。バーレット・モデル82A1やワルサーP38を装備し、防弾マントを纏った姿は護衛や兵士というより中世の戦士のような姿に見えた。


「ああっ、ちょっと待ってよクローゼっ! ……リーゼちゃん一つ頼みたい事があるんだけど」


「何よ……早く言いなさい」


 イライラしているリーゼロッテに深雪は小さく耳打ちする。


「何をしている! 早く行くぞっ!」


「りょ~かい、じゃあね~」


 深雪はブンブン手を振ってクローゼと共に司令室を出てゆく。









「多いな……。それにしても兵の様子が変だな。一体、何がしてぇんだ」


 車庫の中に潜みつつも機会を窺っていた刀樹は、戦車の物陰に隠れながら警備の兵たちの様子を遠目に探る。


 何とか陸軍司令部に隣接している車庫に忍びこんだものの、物資集積所と違い錬度の高い兵が隙間なく警備しているので簡単に侵入できなかったのだ。警備の兵が持っている装備も近接戦で威力を発揮する軽機関銃サブマシンガンばかりで、出て行けば蜂の巣にされるのは目に見えている。そうと分かっていて突撃するほど、刀樹は悲劇のヒーローを演じたいとは思わない。


「なるほどな……。何かしら勝算があるわけか」


 無線で状況を聞く限り、学園都市軍が陸軍を圧倒し始めている。そんな状況なら基地全体が騒がしいのも頷けるが、それにしては敗軍特有の負の感情が漂っていない。


 まさか……


「ここまで来て司令部を移転する気かよ、全くクソ面倒くせェな。悪党の戦い方、教えてやろうじゃねェか」
 司令部を移転させる事に何の意味があるンだ。


 普通であれば、戦線が押し上げられて遠くなった時や、逆に突き崩されて瓦解した時に移動させるが、それにしては予定事項であったかのように泰然と兵が動いている。


 これも作戦の内って事か……


「何かあるな。陸軍の指揮官が敗走中の軍を率いて勇戦……なんて事はねぇか……ヘタレだし。かと言って逃げるのもあり得ねェな」


 このまま陸軍が撤退する事になれば、薙原大将の立場が危うくなる。というか軍法会議で死刑確定だ。潔く撤退する事はありえない。最後に何かやらかすはずだと踏んでいた。


 そんな事を考えている内に警備の兵たちが司令部の方向に駆けて行く。


 何かは分からないが……始まったようだ。


「おうおうおう……ゾロゾロと団体さんで……」


 双眼鏡で司令部の方角を覗く。


 遠目に見る限り、司令部の玄関前に警備の兵が集結しているようだ。


 警備の兵が、玄関の前を避けるように二手に分かれる。


 玄関の左右にいた兵が両開きの扉を開ける。


 一人の将校が玄関から姿を現す。


 薙原大将。


 写真で見た通りの姿の薙原大将が、葬列のように左右に並んだ兵に敬礼しつつ進んでいく。


その姿は堂々としたもので、小心者だという噂とは全く食い違っていた。刀樹に影武者かと思わせるほどだ。だが、陸軍とてまさか奇襲した学園都市から、早くも司令部に何らかのアクションをしてくるとは思っていないはずなので、影武者である可能性は極めて低い。


「クソっ……人が多すぎて撃てねェな」


 警備の兵が連なっていて薙原大将の姿は、はっきりと見えない。刀樹の持っている銃もAK―47にスコープを付けただけなので遠距離戦には期待できない。これでは狙撃は難しい。


 車輌に乗り込むときが好機だが、車輌に乗り込む気はないようで兵に囲まれたまま、闇の中佇んでいる。何かを待っているのか兵たちも西の大地を見つめたまま動かない。


「やるか? いや……」


 今なら注意が逸れているので、ばれずに至近距離まで近づけるかもしれない。


 だが、薙原大将を撃つ事に成功しても、その後、確実に囲まれる。生きては帰れないのは明白だ。それでも自分の命と引き換えに薙原大将を倒せるのなら、十分に学園都市にとっておりが


来る。一瞬、そんな事を思ってしまう。


 その事実に刀樹が驚く。


 あくまで深雪を影ながら護衛する事が刀樹の仕事だ。半ば強制的に副会長にされた刀樹にとって学園都市を守らなければならない道理はない。むしろ深雪だけ連れて逃げればよかった。そうすれば、依頼でもある護衛の仕事は果たされる。


「気に入らねェな……」


 気がつけば刀樹も学園都市を守りたいと思っていた。


 いつの頃からかは分からない。だが、それが深雪の影響なのは確信できた。そうであっても構わない。気がつけば深雪のために戦っている自分がいる。それも悪くないと思った。深雪のカリスマ性に惹かれているのか、恋なのかは分からないが別にどちらでもよかった。


 感傷的な気分に浸っていた刀樹の身体に振動が走る。


 地面からだ。地震の揺れとは随分と違う。


 地面に顔を当て、震源を探るが、その必要は無かった。


「おいおい……あんなもんに喧嘩売れってのか……」


 城だった。


 それが刀樹の感想だった。


 そして、その言葉は間違ってはいない。


 黒い輝きを放つ装甲に、甲板に装備された主砲。そして、中央に城のように立っている艦橋とアンテナ群。まさに城といった表現が正しいような物体だ。


 昔、海軍では海戦の主力兵器であった戦艦を黒鉄の城と呼び親しんでいた。それを考えれば


刀樹の目の前に現れた物体は間違いなく“城”だった。


 陸上戦艦とでも呼ぶべき代物かもしれない。


「何とかして忍びこむしかないな……」


 その陸上戦艦の舷側に付いているタラップを登ってゆく薙原大将を見ながら侵入する算段を立て始める。あそこまで大きいなら逆に人間の接近が分かりにくいはずだと、20メートルはある舷側を見ながら考える。城の石垣と同じで簡単に人が登る事はできないだろう。


「まさに陸の戦艦ってわけか……。深雪が見たら絶対欲しがるな……」

 

 

 

 

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