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第十話    巫女服とパンチパーマ

 

 




「もう、そろそろかな? 多分、この上が生徒会棟だよ」


 深雪が、天井を見上げる。実際、天井は暗くて見えないのだが、刀樹も言葉につられて上を見上げる。全く見えない天井からは、機関砲の重い連射音や、無限軌道キャタピラを付けた車輌が走る際に発する独特のリズムが聞こえてくる。


 マズイ。ここまで攻め込まれてるのか。


 司令部でもある生徒会棟付近まで戦場になっているという事は、防戦していたマトモな戦力は、全滅したか後退したという意味になる。生徒会の連中もとっとと逃げればいいものを、と刀樹はあきれ返る。


 実際は包囲されて、逃げるに逃げられないのだが、地下にいる刀樹と深雪にそれを知る術はないので、暗闇を黙々と進むだけだ。


「勝てるのかな、この戦い」


 ポツリと深雪が呟く。


「もし勝てないなら、何とか停戦して血が流れないようにした方がいいかもしれないよ! 死んじゃったら終わりなんだよ。皆死んじゃうなんてイヤだよっ!」


 堰を切ったように深雪から流れ出る感情に、刀樹は圧倒される。


 始めてみた深雪の感情に、刀樹はどう答えるべきか迷う。


 勝てない。確かにそのとおりだよクソッ! だが、停戦なんてこたァできねェ、停戦ならこっちが無条件降伏でもない限り、陸軍のクソどもは認めねェからな。ああ、何をどうしても負けだよ……。


 しかも、停戦は失敗したとしても、時間が経つにつれ有利になるのは学園都市側であることを陸軍が気付かないはずはない。確実に停戦交渉は無視される。


 それ以前に停戦など論外だ。


 いきなり殴られた以上、その百倍は相手をどつき回さないと、刀樹の心情的にも気がすまない。生徒たちも納得しないだろう。何より、陸軍が生徒達をどう扱うか分からない。


 考えた末に、深雪の言葉に答える。


「クソどもに降伏するともれなく陸軍強制入隊をプレゼントだ。軍隊なんでクソくらえだ、って、傭兵になろうとしている奴らもな。明日から軍人にさせられて生徒どもはそれで幸せか? んん、どうだ? それに……」


「それに?」


 深雪が近づく。


「ナニナニであります なんて、ですます口調をウチの生徒どもが使えるはずがねェしな」


「そう、だね。……そうだよね」


 深く頷いた深雪は、刀樹の手を取って走り出す。


 突然の事に、思わず躓きそうになる刀樹を強引に引っ張り、暗闇の中を軍用ライトを頼りに、深雪はひたすらに走る。


「行くよ! 皆が待ってる、主役が遅れるなんて恥ずかしいもんね!」


「ああ、全くだ。それより」


「ん? 何。もうすぐ出口だよ」


 首を傾げる深雪の身体を上から下まで眺める。


「なんで巫女服なんだよ!」


 地下水道に入る前は確かに、普通の生徒会長服だった。


 一体いつ着替えたのかという疑問以上に、何故そんなものを着ているのかという疑問が刀樹の頭を駆け巡る。第一に、深雪はずっと手ぶらだったのにどこからそんなものを引っ張り出したのか非常に気になった。


「似合うでしょ? 大和撫子には巫女服だよね?」


 わけ分からん。偏見だろ明らかに。そういえば、文化祭の出し物で巫女服がどうとか言ってたな。まだ、引きずってたのかよ……。


「あ~、大仏のパンチパーマくらい似合ってンぞ」


「それ、似合ってないよねっ! しかも大仏さんの頭はパンチパーマじゃないよ!」


 大仏の頭は一体、何故あんなことになっていらっしゃるのかは分からない。というかパーマをあてたのか天然なのかは分からないし、実際どうでもいい。


「もう、そろそろだな」


 首を傾げる深雪に、上へと行く手すりを指し示す。


「あ、本当だ。通り過ぎる所だったね。じゃあ、先に行って」


「ああ? 珍しいな、オマエが先を譲るなんてよ」


 混乱を招く時も、問題を起こす時も、常に先頭に立っている深雪にしては珍しい。


「ああ……袴だからかよ。見えるしな」


「分かってるなら先にいってよっ!」


「あ~はいはい。分かった分かった」


 投げやりな返事と共に、スイングベルトで肩に掛けていた学園都市製の短機関銃を背に回すと手摺を掴む。狭い縦道を登り始める。特殊部隊などでは一人が登り終るまで、次の人は登らないのだが・


「登りにくいよ、もうっ!」


 思いっきり登ってきてるしよ! しかも、直ぐ後ろに。


「ええい、下に戻ってろ! 邪魔なンだよ!」


「大丈夫、私は、刀樹を信じているから」


「コンバットナイフを上に向けて戻れンようにしながら、言うセリフじゃねぇよな!」


 能天気な笑顔のままで、狂気……凶器を向けてくる深雪。


 歩く国際問題の異名を取るだけあって、やってる事と表情が全く違っている。全く、親の顔が見てみたいもンだ……って、あのクソジジィか。


 深雪の父親でもあり、刀樹の保護者でもある東郷・篤胤の顔を思い浮かべる。自称、世界最強と言うだけあって個人戦闘能力は刀樹を上回り、なおかつ軍の指揮でも世界有数の能力を持った変人。


 よく考えりゃ、あの過保護ジジィが深雪を危険に晒すとは思えねぇな……。


 深雪のために三個師団を護衛に出した事もある子煩悩パパな篤胤が、こんな大事件を見逃すはずがない。ましてや同じ陸軍なので、不穏な動きをすればすぐに分かるはず。例え、学園都市侵攻の動きに気付かなかったとしても、戦闘が開始されれば嫌でも気付くはず。


 だが、何のリアクションもない。


 この事を深雪に伝えるべきかと思ったが、心配させたくはないので何も言わない。


「着いたぞ。オマエはそこで待ってろ。様子を見てくる」


「うん、分かったよ。でも、無茶しないでね」


 刀樹は無言で頷くと、マンホールの天蓋を少しずつ押しのける。


 流石の刀樹もこのときばかりは緊張する。マンホールを押しのける時は、音が鳴ることに加えて、無防備になるからだ。地上では大規模な戦闘中なのでマンホールの音に気付かないだろうが、万が一という事もある。


 右脇のホルスターに吊るされていた機関拳銃を抜き放つ。


 グリップやハンマーなどの機関部は蓮大寺先生と同じくコルト・ガバメントのような形状になっているが、トリガーの前には5.56mm弾が二十発搭載され たマガジンを装備し、バレルも普通の拳銃に比べて凄まじく長い。全体的に見てみると旧ドイツ軍のモーゼルC96のような外観をしている。


 オーダーメイドの銃なので正式な名前はない。


 刀樹は〈トレイター〉とだけ呼んでいる。


 学園都市製の対装甲拳銃であり、刀樹が一番頼りにしている相棒だ。


 足をバネのように動かし地上に転がり出る。直ぐに近くの障害物に身を隠す。障害物を見てみると破壊された陸軍の装甲車だった。その装甲車の中央部には大きな穴が無数に開いている。その穴が学園都市の兵器の攻撃によって作られたものではない事を、刀樹は直感的に気付いた。


 ラインメタル社の120mm滑空砲。


 ドイツの兵器会社の戦車主砲用の砲だ。


 日本陸軍の戦車は、日本製鋼所製の国産44口径120mm滑腔砲を使っている。無論、学園都市の戦車の主砲も学園都市内の工廠で作られたものだ。刀樹の 記憶が正しければラインメタル社の120mm滑空砲を装備した戦車は、研究材料として購入されたものが陸軍の博物館に二台あるだけだったはずだ。


 ドイツ、そう言ァ……、リーゼもドイツ出身だっな。


 そんな事を考えていると、遠くからガタガタと重低音が連鎖的に近づいてくる。


 無限軌道キャラピラの音だ。それも重量級の車輌の。


 チッ、戦車か。この音は。


 聞きなれない音だった。陸軍の戦車でも学園都市の戦車でもない音をしている。


 刀樹が、今、持っている武器の中に対戦車用のものはない。戦車を相手にするには分が悪すぎる。


「クソっ! ここまで攻め込まれてるのかよ」


 副会長である刀樹が知らない部隊など学園都市には存在しない。すなわち、刀樹が知らない戦車ということは陸軍の戦車という事になる。


「刀樹くんっ!」


 深雪がマンホールから顔を出す。


 心配して出てきたんだろうが、タイミングが悪かった。


 重低音を響かせて前進していた戦車が道路に溝を付けながら停止する。


 影から見た限りでは暗くて正確な形は分からないが、少なくとも学園都市には存在していない型の戦車だ。


 だが深雪が危ない所に変わりない。


 刀樹は影から飛び出す。


 狙いは深雪ではない。


 深雪を助けるためではあるが、深雪の下に駆けつけても戦車の攻撃の前では盾にすらならない。


 なので戦車に駆け出す。


 今なら確実に近づける。


 本来なら歩兵などを近づけないために機銃が付いているのだが、対戦車戦を考慮しているのか車載機銃に兵が張り付いていない。


「はぁっ!」


 短い掛け声と共に、近くの瓦礫を踏み台にして、戦車の砲塔の上に飛び乗る。


 ダンッ! と、鉄とコンバットブーツの底が接触して打撃音のような音が鳴り響く。今の音で戦車内の兵にも気付かれただろうが、砲塔の上に乗ってしまえはそれも関係ない。


 右手に持った〈トレイター〉をキユーポラ(ハッチ)に付いている複数の留め具にフルオートで銃弾を撃ち込む。学園都市で製造された無薬莢ケースレスの弾丸は一発も外れることなく留め具に命中する。


 装填されていた銃弾は学園都市で秘密裏に開発されていたHVAP弾(劣化ウラン貫通芯入り高速徹甲弾)。初速を上げるために弾芯にのみ比重の重い劣化ウ ランが使用され、周囲は比重の軽い軽合金で覆われている。命中すると、弾体である劣化ウランの弾芯のみが飛び出し、目標の防御を貫通する。


 流石に戦車の装甲を打ち抜くには至らない。


 だが、全ての留め具は完全に破壊される。


 空になったマガジンを交換しながらハッチを蹴り飛ばし、〈トレイター〉を車内に向ける。戦車は、ハッチのすぐ下が車長席になっているので、まずは車長に銃弾を叩き込む。


 はず、だったのだが……。


「こ、降参よ……」


 そこにはリーゼロッテ・シュタウフェンベルク・フォン・グロース=バーデン・ヴェルテンベルクが両手を挙げて降参のポーズを取っていた。









「なんでオマエがいるんだ。陸軍の回しモンか? ついでに深雪の巫女服にはツッコムな。話が逸れる」


「違うわよ、失礼な。それなら、もっとうまく立ち回っているわ。それより……その銃下ろしてよ」


 油断なく銃を構える刀樹を見て眉をひそめるリーゼロッテ。


 留め具とはいえチタン製のものだ。それを容易く破壊した〈トレイター〉の途轍もない暴力を本能的に感じ取ったのだろう。確かに劣化ウランなどという物騒なものを使用する拳銃など〈トレイター〉以外には存在しない。


「オマエが味方とは限らんか……がはっ!」


「もう、刀樹くんは黙っててよ! 話が面倒になるんだからっ!」


 深雪に蹴り飛ばされる。一応、深雪も軍事教練を受けているので武術の心得はある。という事でかなり痛かった。


「それより、この戦車は何なの? 中々、萌え……燃えるカタチをしてるよ? 一台いくら? 三百億以内なら……」


「買うんじゃねェぞ。生徒会費を勝手に注ぎ込むな、バカモン」


 ちなみに深雪の九〇式戦車(自称マイカー)なども勝手に生徒会費で購入されたものだ。購入といっても深雪の独断なので、気が付いた時には請求書と現品が届いていたような有様だ。


 深雪の戦車オタク振りには刀樹だけでなく生徒会全体が大迷惑している。


「だめよ、これは《EFU》の新型なのよ。レオパルド2A5なんで呼ばれているわね」


「レオパルド……一目惚れしたよっ!」


「あ~もう、分かったわよ。一台あげるから少し黙ってなさい」


「うんっ! 絶対だよっ!」


 首を縦にブンブン振ると、深雪は、「お口チャーック!」と言って黙り込む。やっと話ができると言わんばかりにリーゼロッテが戦車に腰掛けていた刀樹に近づく。


「どうするの? このままだと負けるわよ」


「普通の戦い方ならな。まぁ、若狭に後退した部隊をまとめればオレ達の勝利だ。それまで時間を稼ぐンだよ。まぁ、学園都市の全部隊を統率するには生徒会棟が必要だから、生徒会棟死守も必須だろうが」


「本気なの? 死ぬわよ?」


 リーゼロッテは無言で刀樹を見つめる。不機嫌な顔をした少年の真意を探ろうとしたのだ。ただの死にたがりなのか、それとも本当に勝利を掴むきなのか……。


 だが、リーゼロッテには分からなかった。


 合いも変わらず不機嫌顔のままの刀樹を見ても分かる事は何一つなかった。


「フン、負けねェよ心配すんな」


 その言葉と共に、刀樹はドイツの公爵の地位を持つ少女を相手に暴挙に出る。


 なんとリーゼロッテを片手で引き寄せたのだ。


 すっぽりと自分の胸の中に納まった少女が、意外に小さい事に刀樹は軽く驚きを覚えた。


 三大学園都市の一つを統べる者と言っても一人の年頃の少女に違いない。そして、実戦経験がないであろうことは容易に想像がついた。そんな少女が一日で激戦地区となった地に放り出されたのだ。しかも、いきなりで覚悟できていないまま。


「怖かっただろ? すまねェな……。こんな時に一緒にいてやれなくて」


 アフリカではそれが当然だった、と言ってしまえば簡単だが、刀樹も少女たちの心の内をある程度は理解できるほどには成長しているのだ。それまでに一年も時間がかかったが……。


「……うん……。怖かったわ……凄く……」


 リーゼロッテは、刀樹の胸に顔を埋める。その頭を刀樹は黙って撫でてやる。


 初めての極限の状態の中に置かれた際、人間が取る行動は二種類ある。


 一つは、混乱し取り乱す者。これは民間人などに多い。


 一つは、危機に際して冷静に行動できる者だ。これは修練を積んだ軍人や武芸者に多い。


 前者は無数に存在するが、後者は少ない。そして後者は、長時間冷静に行動できない。集中力が持たないのだ。修練を積むか幾多の危機を体験する事によって多少はその時間が延びるが、深雪だけでなくリーゼロッテも実戦はこれが初めてのはずだ。


 二人とも、いつ緊張の糸が切れてもおかしくない。


「ぎゃぁぁ・k、l¥;jcvdっ! 二人とも離れてよっ! 変態だよセクハラだよワイセツ物だよyyヴjtだよっ!」


「いや、落ち着け深雪。日本語でとは言わんから、せめて地球上の言葉で喋ってくれ」


「ミユキは昔から人間離れした思考だったわね……はっ、もしかして宇宙人だったとか?」


「私、人間には興味ありません……って、違うよっ! も~っ、二人して私をいぢめるぅ~」


 プリプリ怒っている深雪をリーゼロッテが、宥めにはいる。


 リーゼロッテも深雪があまりにも騒がしいので自分が泣いている暇さえなくなったようだ。深雪の事なので計算していたわけではないだろうが、万事うまく収まったようだ。


 これが、深雪の不思議な所だ、と刀樹は呆れ半分に呟く。


 取り立てて突出した戦闘能力がある訳でもないし、大軍を率いるような指揮能力もない。だが、気がつけば周囲には人が集まっている。そして、皆が深雪と共に笑顔でいる。


 人はそれをカリスマ性と呼ぶ。


「うぇぇぇっ~。刀樹くんぐゎぁぁ~ハァ~レムぅ目指してるぅよぅ!」


 頭の中はどうであれカリスマ性には違いない……たぶん。


 人間性とカリスマ性はイコールで繋がらないものだと短く嘆息した刀樹だった。


 


 

 

 

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