第三話 文化祭(リハーサル)と、市中引き回し(戦車)
「……刀樹くん、逃げたんだね。ひどいよ……生徒会長の一日奴隷の刑に処すもん」
他の逃げようとしていた生徒会役員をクローゼに捕まえさせつつ、深雪は深いため息を付く。それでも脱走しようとしている生徒を誰一人逃がさなかったのは、380万もの生徒を統率している生徒会長という存在が尋常ではないという事を窺わせた。
「まぁまぁ、刀樹君にも色々事情があるのでしょうしなぁ」
他の生徒会役員が深雪のとばっちりを受けないように逃げ出そうとしている中、一人だけ優雅にコーヒーを啜っている少年が、のほほんとした口調で深雪の言葉に答える。
その少年は、少年と呼ぶには少々大人びていた。
いや、髭を生やして髪を油で固めた姿に、唇を歪めた高校生を少年とは言えないかもしれない。下手をすれば教士と間違えられそうなほどダンディな風貌だ。
「教導連隊長さんは随分と刀樹の事を買い被るんですね。もしかしてホモさんですか? 不潔ですっ! 刀樹くんに手を出したらパラシュートなしの空挺演習の刑ですからねっ! いいですねっ!」
普通に、飛んでる航空機から突き落とすと言えばいいのに、と五十那は思ったが口には出さなかった。
「はっはっはっ、私も男ですからな。落ち込んでいる女を無視できんのですよ」
「???」
頭に?マークが大量発生した深雪を見て、教導連隊長……サニー・千葉(偽名)が皮肉な笑みを浮かべる。元々、皮肉な笑みで唇が固定されているので誰も気付かなかったが。しかも、刀樹は自称・ダンディ中年と会っているだけで、落ち込んでいる女を励ましているなんて事はない。いや、それ以前に刀樹に女性を励 ますなんて芸当が出来るはずがない。
「卿は本当に高校生か? 金持ちマダムの不倫相手みたいな奴だな……」
五十那が目を細めて武藤を見る。
「もう、二人とも静かにしてくださ~い~! これから、最大の懸案事項を解決しますよっ」
深雪は二人を制止する。
その声に他の生徒会役員も嫌々席に着く。
深雪以外の、この場にいる者は皆分かっていた。
(またよからぬことを考えているっ……!)
クローゼも自分も巻き込まれると感じて溜息を付いている。
深雪の思いつきは時に、この学園都市の全ての人間を巻き込む事もあれば、生徒会のような特定の組織や集団を巻き込む事もある。だが、どちらにしても同じ事が一つある。
その思いつきは、刀樹にしか止められないという一点だ。
大抵は、刀樹のハリセンの一撃で深雪は黙る。そして渋々と思い付きを撤回するのだ。惚れた女の弱みなのか、ただ単に刀樹に頭が上がらないのかは生徒会役 員一同には分からないが、刀樹が深雪の思い付きを止める最終防衛線に代わりはない。刀樹自身はそれを全く自覚していない。
そして、刀樹は現在行方不明。というか窓から脱走した。
(燃え尽きた……真っ黒に……)
生徒会役員一同の心の声が一つになる。
「私は、部下どもの訓練があるから演習場に行ってくるぞ」
「もぅ、しかたないね……。今回だけだよ」
深雪の声を背に、足早に立ち去るクローゼ。
(逃げた! あの護衛、護衛対象をほったらかしにして逃げやがった!)
またまた、生徒会役員一同の心の声が一つになる。
「まぁ、会長殿の意見を聞こうではないか」
五十那が他の生徒会役員をなだめる。
それま喧騒に包まれていた生徒会棟が三秒足らずで静かになる。人望が無くては、こう簡単にいかないだろう。この事から、五十那の人望の高さが窺える。
ちなみに、深雪でも静かにできるが、それは皆が報復を恐れての事なので人望とは程遠い所にある。恐怖政治万歳!
「私の言いたい事は一つだけですっ! 最近、刀樹くんが私に冷たい気がするのっ。もしかして、私のこと嫌いになっちゃったのかなっ!」
「「「はっ?」」」
生徒会役員一同はポカンと口を開ける。
だからなんだよ! どうでもいいから! と生徒会役員一同怒鳴りそうになったが、なんとか我慢する。五十那に至っては唇の端をヒクヒクを痙攣させている。爆発5秒前だ。
「と! いうわけで一週間後に文化祭が始まることになったよ。これは決定事項で~す。学園長に賛成させま……していたから完璧だよ」
堂々と腰に手を当てて宣言する深雪。
(決定事項かよ! しかも、学園長……賛成させられたって……)
「会長が刀樹殿に冷たくされると文化祭が開催されるとは初耳だな」
珍しく五十那が嫌味を言う。
ともあれ文化祭の開催は決まってしまったらしい。
この学園では、生徒会長である深雪が一番権力を持っている。それも学園長や教士達が束になっても敵わないほどの権力を、である。この学園のすべての権限 は深雪が掌握していると言ってもいい。極端に言うと全校生徒スカート着用と深雪が宣言すれば、男子でもスカートで登校しなければならないのだ。女装趣味の 男子以外は確実に反乱を起こすだろうが……
「文化祭は秋の一大行事です。それを今学期に行えば、秋の行事は全滅しますよ?」
「そ、それは問題ないもん! ……こ、これは文化祭のリハーサルなの! そう予行練習なの!」
(え~~、マジですか……)
発育のいい胸を張り、満足そうに今思いついた事を宣言する深雪を見て、生徒会役員一同はどうしたものかと頭を抱える。会計司令は、これから出て行くであろう膨大な予算と、予算の再編に気が遠くなったのか、ついでに意識も遠くなって泡を噴きながら机に突っ伏した。
「それで予算を通すとしても、後一週間というのは急ではないか? いくら会長殿でも時間を増やす事はできぬだろう?」
「問題ないよ。明日からは授業なしで準備することになっているの。私の計画に抜かりはないよ。文句を言う人は射撃演習の的にするからね!」
えへへ~と緩みきった笑顔を振りまいて、ブンブン手を振って心配ないと宣言する。
「教育委員会が聞いたら卒倒しそうですな」
千葉が、やれやれ仕方ない人だ、と首を振る。
(いや、仕方ない人で済ますんですか!)
生徒会下っ端の心の叫びが重なる。
「始業式の次の日からいきなり準備期間はさすがにまずいと思うが……。卿はどう思う?」
「全くですな。準備期間と文化祭の期間を考えると、授業がかなり遅れるますからなぁ……」
五十那の言葉に武藤が難しい顔で答える。
「授業なんて受けても無駄だよ~。きっと社会でも戦場でも役に立たないもん! それなら捕らえた敵兵を拷問する方法でも考えた方がいいよ」
「卿は生徒会長でありながら学業を否定する気か!」
半狂乱で叫ぶ五十那。
刀樹がいない事で、一段と凶暴になっている深雪は誰にも止められない。
「もう、皆うるさいよ! そんな事言う人は戦車で学園内引き回しの刑にするもん!」
ギロリと、五十那だけでなく生徒会役員全員を見回す。
深雪なら確実にマイパンツァーで引きずり回しかねないと観念した役員たちは、教士陣に提出する書類を作り始める。教士陣に文化祭を納得させるためにマトモな書類を作らねばならない。いくら生徒会長の権限が強くても教士を納得させなければ、ド派手に揉める事になる。学園長が文化祭に賛成事がせめてもの救いだが、油断は出来ない。
教士陣との交渉に失敗して文化祭ができないと、深雪のマイパンツァーで学園をドライブ(轢き回される)する事になるのだ。
いかん! 何とかしなければ……
千葉を除く生徒会役員全員の重いが一つに重なる。
「副会長の会長に対する態度はもっと……こう……なんというか……そう! お淑やかにして守ってやりたいと思わせるのが一番と冬華は思うのですが……」
深雪や他の女子生徒に比べて頭一つ分小さい冬華が、手を上げて懸命に立ち向う。
魔女(深雪)に立ち向う少女(冬華)の構図。
端から見れば勇敢な光景だが、相手が悪すぎた。ましてや深雪を止められるのは刀樹だけなのだ。
「学園内引き回し? かなかな?」
にっこり笑って首を傾げる。
「教士たちに根回ししてきます!」
と、冬華は生徒会棟から撤退する。負けたと見せかけて自分だけ撤退に成功している。生徒会棟から出る前に一瞬だけ役員たちに目線を向けると敬礼をして逃げてゆく。
逃げやがっな、あんちくしょう!
冬華が消えていったドアを恨みがましく見つめる生徒会役員一同。だが、直ぐに動き出す。ぼさっとしていると、次は自分が深雪に目を付けられかねないからだ。
「文化祭のリハーサルについて何か他にいい案はあるかな? 刀樹さんが私と二人っきりになれる案なら最高なの! これが成功したら勲章をあげるよっ!」
もはや本音を隠す気もないのか、生徒会長用の執務机をバシバシと叩く。生徒会長の権力をここまで私的な事に使った人間は、きっと深雪一人だろう。
「なら卿と刀樹殿二人で遊園地にでも行けばいいだろう」
「だめだよ、普通すぎるもん。刀樹くんだって、遊園地なんて行きたがらないに決まってるもん。……それ以前に、その発想自体古いんじゃないかな?」
古い、と言われた五十那はグハッとショックを受ける。
「では、会長がメイド服を着て……」
「却下。そして戦車で市中引き回しだよだよ?」
千葉は、それはそれは と微笑を浮かべる。千葉は、他の生徒会役員と違い深雪の魔の手から逃れる事に関しては学園一だ。そして、深雪が刀樹に知られたく ない秘密も無数に知っている。深雪も口では言いたい放題言っているが、千葉にだけは実力行使をしない。深雪とは別の意味で恐ろしい男だった。
「皆さんやる気あるのですか! この学園の危機に動かないなんて許さないよっ!」
深雪個人の危機かも知れないが、学園にとっては極めてどうでもいい気がする。
無論、やる気のある人間など、この生徒会棟には一人もいないのだが、皆仕方なく各々の案を深雪に進言する。
「いいねいいね。これでいくもん!」
深雪の目が爛々と輝いた。
そして、刀樹の事になると手段を選ばなくなる深雪に、その場にいた全員が頭を悩ませた。
「なんだ、職員棟でも捜してンのか?」
あからさまに挙動不審な少女に声をかける。その少女は、これまたあからさまにビクッと肩を震わせると、ギギギと音がなりそうな動作でゆっくりと刀樹のほうを向く。
黒いロングクートに黒いカウボーイーハット。極めつけは、これまた黒いサングラス。唯一、髪がプラチナブロンド(銀髪)なのがせめてもの救いだ。そうでなければ完全にまっくろくろすけさんだ。
……あからさまに怪しいなコイツ。警備員は何をしているんだと言いたくなるほど怪しい少女だ。はてさて、どうしたもンか……。
「あなた、生徒会棟は知っているかしら?」
「あン?」
堂々と、ものを尋ねてくる少女に、つい反射的に冷たい声になってしまう。
生徒会棟とは……またやっかいな。案内してもいいが、その場合刀樹は確実に深雪に捕まえられる。警備員にでも案内させるか?
「……ッ!……」
「あら、どうしたの? 風邪?」
「いや、なんか急に身震いが……」
刀樹は、ふと校舎のある方角を見てため息をつく。
「深雪がよからぬ事でも考えたンだろうな……。いつぞやみたいにクルーザーで船上パーティーを開くとか言って、巡洋艦を持ち出したりされたら、たまったもンじゃない」
「ふふっ、相変わらずね会長さんは……」
苦笑いしつつ、少女は刀樹に同情する。
ある程度は、この学園の事も知っているようだ。
この学園ものなら魔王の如く君臨している深雪の事を知らないものはいない。当然、被害者として、であるが。ある意味、学園を有名にしているのは深雪なのかもしれないが、それは深雪の迷惑極まりない思いつきによるもので、決して生徒達の努力によるものではない。
少女は、生徒手帳を取り出し、前半部を読み上げる。
「この学園の規則って変わっているわね。近江学園都市ハ生徒会長之ヲ統治ス。生徒会長ハ陸・海・近衛・戦略宇宙・戦略情報軍ヲ統帥ス。生徒会長は、陸・ 海・空・近衛・戦略宇宙・戦略情報軍・ノ編制及常備兵額ヲ定ム、生徒会長ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス、なんて事も書いているわ。やりたい放題 ね……」
ホントすまん。心の中で謝る刀樹。それらは、深雪が生徒会長になってから作られた規則だ。当然、その時の副会長は既に刀樹だったわけで責任を感じすにはいられない。むしろ泣きたい。というより、まんま大日本帝国憲法だろオイ。
この学園は、生徒会長が圧倒的な権力を持っている。そして、陸・海・空・近衛・戦略宇宙・戦略情報の六軍を有しているので、よく軍人の育成機関と間違われる。しかし、実際は違う。
傭兵の育成機関なのだ。
1941年、大日本帝国はアメリカ合衆国や連合国各国に宣戦を布告した。それと同時に同盟国ドイツからの要請によってソヴィエト連邦にも同時に宣戦を布告した。
1942年、同盟国ドイツとの攻勢に息を合わせて大日本帝国はソヴィエト連邦の領土深くにまで侵攻した。太平洋におけるアメリカとの戦いでも、ミッドウェー海戦に勝利しミッドウェー島を占領する事に成功。
1943年、ドイツがスターリングラードの戦いで歴史的大勝利。その余勢を駆ってモスクワを占領しソヴィエト連邦を崩壊させた。大日本帝国もウラル山脈 までの広大な領土を得る事となった。太平洋では、海軍が戦力を結集させてハワイ諸島を強襲。のちに占領。帝国軍はハワイに新型爆撃機を展開し、アメリカ各 地を爆撃し始める。
だが、1945年、第二次世界大戦は各国家の指導者の予想とは大きく違う形で収束した。
見返りを求めない講和条約。
なぜ、そんな条約が成立したのか?
答えは簡単だった。
戦車や航空機、艦艇などに変わって、ある兵器が戦場を支配するようになったからだ。
核兵器だ。
互いに新型爆撃機を投入し、敵国の至る所に核兵器を投下した。
広島、長崎、大湊、大連、サンディエゴ、サンフランシスコ、デトロイト、キール、ハンブルク、ミュンヘン、ニュンベルク、マンチェスター、バーミンガムなど様々な都市が核の洗礼を受けた。
これで人類が絶滅してしまうと危機感を感じた各国首脳は、見返りを求めない講和条約《布哇条約》によって歩み寄り戦争を終結させた。
しかし、水面下での戦いは続いていた。
互いの核兵器による牽制はもちろんの事、スパイによる諜報戦や兵器の開発に置いてもだ。
互いに牽制しすぎたせいもあって、各国の軍は他国を刺激し核戦争が再び起こる事をおそれ、軍事行動を行う事が難しくなった。
そこで、目を付けられたのが傭兵だ。
正確には、傭兵を束ねる民間軍事会社で、各国の軍に変わり各地で多発する内戦や武装蜂起などの鎮圧に多用された。国名を大日本皇国連邦と名前を変えた日本は、旧ソヴィエト領や浸透する盗賊や匪賊の為に治安維持に大量の戦力を必要とした。
そこで大量の傭兵を育成するために創設されたのが近江学園都市だ。
創設当時は、軍の旧式となった装備を与えられていたが、現在ではその有用性が見とめられた軍以上の装備と予算を与えられている。
そして、現在その頂点に立っているのが深雪なのだ。
「なんか急に不安になってきたな……」
「――そ、そうね。会長さんなら世界を敵に回しそう。しかも、きっと勝っちゃうわね」
あり得るな……と刀樹は頭を抱える。
近江学園都市生徒会長は大国の指導者ほどの力を持っているのだ。やりようによっては世界を相手に喧嘩を売ることだって出来なくは無い。
何故、この少女が深雪の人となりを知っているのか気になったが、面倒なので聞かなかった。
「もう、あのバカの話は終了だ。生徒会棟以外でアレの話をしたくねぇよ」
少女も、同感ね と手を上げると
「そうね、私も新しいぬいぐるみが欲しかったの」
と言って、近くのゲームセンターの前に置いてあるUFOキャッチャーの中の赤い兜を被った白猫を指す。
「あからさまにパチもん臭ぇな……」
「彦左衛門って言うのよ。最近大人気なの。やさぐれ将軍シリーズも人気で、私は前作は全部コンプリートしているわ」
刀樹には、不細工な猫将軍がUFOキャッチャーに押し込まれていて一種異様な光景に見えた。下のほうにある何処かの猫将軍に限っては、重量によって腸(綿)をぶちまけている。
女はこういうのが好きなのだろうか……
「この真っ黒女も深雪といい勝負かもしねェな……」
むうっ と唸る刀樹を尻目に、少女はUFOキャッチャーに挑戦している。
しかし、中々欲しいものが取れないのかUFOキャッチャーをベシベシと叩いている。服装からは想像もできないその光景に刀樹の自然と頬が緩んだ。
「あなた、これ取って」
ブンブン手を振る千早に駆け出した刀樹は相手の素性の事も忘れて、二人並んで彦左衛門との戦いを始めた。
「あっ、ちょっと隠しなさい!」
その声に反射的に反応した刀樹の横を、素早く駆け抜ける真っ黒少女。
止めようと思えば止められたが、面倒ごとが自分から駆け足で消えてくれるのだ。止めようとは思わない。せめて名前ぐらい聞いておきたかったが、刀樹にはあの少女を止める理由はない。よく考えて見れば、刀樹はあの少女の事を何も知らないのだ。
「オイ、ソコノ目付キノ悪イ少年! プラチナブロンド髪ヲシタ少女ヲ見ナカッタカ!」
マフィア……もといマフィアみたいな人が近づいてくる。これまた全身真っ黒なスーツを着こなしている。関ると次の日には琵琶湖でナマズ(天然記念物の方)の餌にされていること請け合いだ。
「コンナ髪ヲシタ少女ダ!」
そう言うと、懐から銃……ではなく銀色のモジャモジャを取り出して頭に載せるコワモテマフィア。うん……さっきの少女よりこっちの方が不審者だ。銀色アフロを装備したコワモテマフィアなんか見た事も聞いたこともない。
「あ~、相方さんか?」
「違ウ! 芸人デハナイ! 女ノ子ダ」
と言って、アフロを掻き揚げるコワモテマフィア。
すると、銀色アフロは流れるようなプラチナブロンドになる。
ああ、さっきの女の事か……。
似ていないが外見的特長は何とか掴めた。非常にキモイが。
「知らん、見たくもねェ」
「フン……ソウカ」
刀樹を一睨みすると銀色のロングヘアーをしたコワモテマフィアと別れた。
しばらくするとコワモテマフィアが走っていった方角から警備員の怒号と奇声が聞こえてきたが、聞かなかった事にした。
「おい、出てきていいぞ。相方は追い払ってやッたぜ」
「相方じゃないわよ!」
近くの路地から真っ黒少女が出てくる。少女の言葉からして、どうやらさっきの男は知り合いらしい。最近の不審者は黒い服が好きなのだろうか?
「で、これからどうする気だ? 校門前まで送ってやるくらいならかまねェぞ」
あからさまに関りたくない人種だ。できれば、この学園からとっとと退去していただきたい。問題児は深雪だけで十分間に合っている。この上、深雪クラスの問題児がもう一人増えるとなると刀樹の胃に胃潰瘍で穴が開きかねない。
だが、世の中そう都合よく出来ていない。
「生徒会棟に連れて行ってくださるかしら? 私はこう見えても忙しいの」
「断る。全力で断る」
コワモテマフィアに追いかけられて忙しいのかどうかは知らないが、刀樹にはこの少女を深雪に会わせてはいけないと本能的に感じた。深雪によって鍛えられた危機管理能力がいくつもの赤ランプを出している。
「私を怒らせないほうがいいわよ? 後悔したくなければ……ね」
スッ と刀樹の懐に入ってくる少女。
「……ッ!」
刀樹は反射的に距離を取る。冷静にしていたつもりだが、後ろの壁に背中をぶつける。
コイツ……! 只者じゃねぇ! スパイか!
「フフッ、落ち着きなさい。慌てすぎよ」
「オマエ……何者だ」
すっと目を細める刀樹。
その射抜くような視線を、不敵な表情で正面から受ける少女。
「あ~私の負けよ、負け。だから生徒会棟に連れて行きなさい」
「ナンデスカその態度は? 大体、あからさまに怪しい奴を学園の中央に連れて行けるかよ。用があるなら出直しくるンだな」
「あら、つれないわね……」
サングラスを揺らしながら、日本人はガンコね……と呆れる少女。
いやいや、世界中のどこの学園でも不審者として扱われること間違いなしの格好で何を言いますかこの女は。
刀樹は、良からぬことに巻き込まれつつある現状に、溜息を吐いた。