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第一一話    反撃の刻

 

 




「トウキって一体何者なのかしらね。こんな作戦普通思いつかないわよ」


 刀樹が、用事がある と言って走っていってから、あきれ半分にリーゼロッテが呟く。


「自慢の副会長だもん。このくらい当然だよ」


 リーゼロッテの言葉に、深雪はえへんと胸を張る。 


 そうしているうちにもレオパルド2A5は生徒会棟目指して走る。


 ハッチから顔だけ突き出しているリーゼロッテに、砲塔に腰掛けた深雪がデレデレとしたオーラを放っている。それだけ深雪が刀樹を信頼しているという証拠でもあるが、横から見ている限りはただのノロケにしか見えない。


「生徒会長としてはちょっと悲しいけどね。後片付けがたいへんだよぅ……」


 しょぼくれる深雪。


 何せ、刀樹が考えた作戦というのが、一区画を丸々吹き飛ばす焦土作戦だからだ。


 敵が接近すれば近くのビルなどの建造物を倒壊させ下敷きにする。これなら少数の戦力でも実行可能で、なおかつ倒壊した建造物の残骸で戦車や装甲車などの侵攻も防げる。それだけでなく歩兵の侵攻ルートもある程度予測できるようになる。


「守るべきものを消費する……そんな事は普通の軍人や傭兵には思いつかなわね」


 守るべきもの……学園都市の全てを守れないなら、敢えて一部を切り捨て消費する事で大多数を守ろうとする。考えはしても、口に出すには勇気のいる事だ。 切り捨てられたものにとっては、たまったものではないし、残ったものもそれを許容しないだろう。たとえ、そうしなければ全てを守れなかったとしても。


 それが人だ。


 職業、民族、性別、思想……何が違っていても、その本質は変わらない。


 人は見たいものしか見ないのだ。


「そうだね……でも、みんなが刀樹くんを否定しても私は肯定するよ。たって私は生徒会長だもん」


 そう、生徒会長は絶対の権力者なのだ。ここは近江学園都市。生徒会長である東郷・深雪が黒と言えば白ですら黒になる場所なのだから。


「そして刀樹くんは私の嫁っ!」


 ……そう、この学園は深雪の願いを全て叶えてくれるのだ。


「いや、おかしいでしょ色々と」


 刀樹が嫁なのが特に。リーゼロッテにはウエディングドレスを着た刀樹が白い紳士服を着た深雪にお姫様抱っこされている情景が浮かんだ。刀樹は戦闘能力に 似合わず顔は意外と華奢なのでドレス姿も似合っているのではと思った。髪はボサボサだが。深雪も長身で男物の服装が合いそう(現に女子にも人気がある)な ので……特に強権を振りかざしているなどは輝いて見える。鬱陶しいほどに。


「本人の意思を無視しまくりね……」


「そういうのは拘そ……監禁してからがでいいもん」


「今、明らかに拘束って言おうとしたわね。しかも、言いなおしてもっと酷くなったじゃない」


 この学園には人権がないらしい。リーゼロッテの故郷であるドイツ第三帝国も社会主義なので大概だが、近江学園都市は……というか深雪個人が社会主義しすぎている。まさに一人社会主義国だ。”将軍様”の異名は伊達ではない。


「勝てば官軍っていい言葉だよね。それに本人の意思なんて後で何とでもなるなる~」


「ならないわよ! アナタ本当に考えている事が自分基準よね……相手にしてると疲れるわ」


「世界は私を中心に回っているもん」


 もうツッコム気にもならないとリーゼロッテは機銃に肘を付け顔を乗せる。


 そういえば警戒してなかったな……と深雪も周囲を見回す。


 かなり杜撰な警戒の仕方だが、レオパルド2A5はサーモグラフィーで人間の体温を探知する機能も搭載されているので問題はない。それにこの辺りはまだ学園都市軍の勢力圏内だ。


 そうこうしている内に、生徒会棟の見える所まで進む。


 生徒会棟は、地上貫通爆弾バンカーバスターの直撃にも耐えられるようになっているのでそう簡単に倒壊することはないが、それでも各所で外装が剥がれ落ち、装甲が露出している。


「ボロボロだよ……。修理費は陸軍から毟り取ろう。うん、それがいいよ」


「アナタ本当に鬼よね……。この戦いだって学園都市が陸軍の予算を毟り取りすぎた結果でしょ?」


「うん、そうだよ。だがら次は反乱なんてできないくらい予算を横取りするもんね」


 深雪は予算について妥協する気はないらしい。ここまでくるといっそのこと清々しい。だが、深雪であれば仕方ないと思わせる何かがあった。


 そんな事を考えるリーゼロッテを尻目に、当の本人は近くを歩いていた兵にお茶目な笑顔で敬礼を返している。暢気なものだ。


 リーゼロッテが、そんな深雪を溜息と共に頬杖を付いて見ている間に、レオパルド2A5は生徒会棟の敷地前に到着する。戦車がいきなり乗りつけたので衛兵 たちが警戒するが、深雪が敬礼すると緊張した面持ちで直立不動になり返礼し道をあける。深雪の指揮官としての才能がそうさせたのか、生徒会長としての暴君 ぶりがそうさせたのかは分からないが……。


「深雪っ! 心配したぞ、全く……このバカ娘が」


 懐かしい声と共に深雪の頭がヘッドロックされる。


「ぐるじいよぅ~、クローゼ~。はなしてぇ~」


「ふん、護衛をスマキにして戦車の砲身に括り付けた罰だバカモンが」


「アナタ普通そこまでする。やりすぎだわ、って、クローゼさんも更にプロレス技をかけようとしない! 一応、有事なのよ」


 護衛対象を半殺しにしようとしている護衛を何とか押しとどめるリーゼロッテ。二人も今が非常時であることを思い出したのか手を止める。


「栗林・綾乃がお前の事を探していたぞ。早く行かんと後でネチネチ言われるかもしれんな」


「そ、それはいやだよっ! 私、司令部に言ってくるね!」


 二人に手を振ると深雪は一目散に生徒会棟の中に駆けていく。


 それを眺めつつも、二人はゆっくりと深雪の後を追う。


「あの若造はどうした? 死んだか?」


「トウキなら無事よ。今は別行動」


「ふん、気に入らんな。たぶん、一人で陸軍の司令官を殺しにいったんだろう」


 煙草に火を付けながら、クローゼは不機嫌な顔をする。その横顔はどことなく刀樹に似ていた。過酷な戦場を体験したものだけが身につけることができる一種の風格のようなものかもしれない。


「そんな、不可能よ……。陸軍の司令部だって警備は厳重なはずだし、それ以前に一人で暗殺なんて……」


「暗殺? 違うな。あの若造がそんな手を使うとは思えない。多分、普通の人間には思いもよらないような卑劣な作戦だろうな。目的の為に手段を選ばないのはいい事だ」


「そんな事はないわ。トウキはそんな事しない。目的の為に手段を選ばないなんて有り得ないわよ」


「手段(戦争)のために目的(勝敗)を選ばない狂人よりマシだ。戦争は勝てば正義だ。正義だから勝つんじゃない。勝ったから正義なんだ。そんな事も分からんのか」


 確かにそれも一つの真実かもれない。


 実際に過酷な戦いを経験し続けたクローゼの口から出た言葉だからこそ重みがある。


「確かにそんな事を考える人もいるわ。でも中には勝者になっても敗者に手を差し伸べる者もいる。勝てば正義なんてことは無いとは言わないけど少なくとも……」


 不機嫌な顔のまま、クローゼは紫煙を吐き出す。


「勝者が敗者に手を差し伸べるのは打算故だ。そうやって敗者達を手なずけるのさ」


「ずいぶん悲観的ね。世の中、悪意だけじゃないわ」


 プラチナブロンドを揺らし、クローゼの言葉を否定する。


「刀樹か?」


 煙草を放り投げながら、クローゼは苦笑い交じりに問う。


「そうよ」


 リーゼロッテの言葉に「そうか」とだけ答え、気取った風に指を鳴らすと空中に浮いていた煙草の吸殻が小さな音を立て燃え上がる。


 相変わらず不機嫌な顔に見えたが、答えた声はどこか嬉しそうだった。


「まぁ、これで世界三大学園都市の生徒会長三人のうち二人が陥落した訳か」


「ふふっ、否定はしないわよ。でも深雪だって後悔はしていないはずよ」


 二人は司令室の扉を超え、指揮を執り始めている深雪を見た。










      アフリカ中央部 内戦地帯


 これは戦争だ。余計な事は考えれてはいけない。


 眼前の敵をただ殺し、殺して、ぶっ殺してぶっ殺す。


 正気でいられるわけがない。例え顔に感情が張り付いていなかったとしても。


 死にたくなければ猛り狂え。


 戦友の悲鳴を聞いても振り向くな。


 行き着く先を気にせず進み続けろ。


 那由他の果てまで。


 鉄風吹き荒れる戦野の中、神への信仰のようにそれだけを念じ、刀樹は死を振り撒く。


 だが所詮それは一人の行動。この場を一時的に制圧したところで大局的な勝敗は微塵たりとも揺るがないであろう。


 確定した戦死。


 逃れられない敗北。


 この抵抗に意味はない。自己満足であり、救いや奇蹟すらない。


 だがそれでも……


「負けるわけにはいかねェな……」


 己が心臓はまだ鼓動を刻み続けている。


 この手は銃を、刃を握り締めている。


 敵が立ちはだかるのならば殺さねばならない。


 それが義務や使命だと言う気はない。


 どうとでもなればいい。ここは地獄。ならば《死者》にとっては、たとえ狂気や悲劇であろうと祝福に他ならない。


 名誉や忠誠などハナから持ち合わせていないが、少なくともこの状況では、命よりも軽いものはあろう筈がない。


 だがそんな地獄も刀樹にとっては地獄ではなかった。気が付いた時から、この地獄にいたので地獄という概念すらなかったのだ。


 そう、これが日常なのだ。


 だが、そんな地獄にも天使はいた。


 長い黒髪をなびかせ、アフリカに過酷な環境にも関らず白く透き通るような肌をした少女。


 名前は分からなかった。


 勲章を無数に付けた軍服を着た中年が、その少女の手を引いていたので高級軍人の娘であることは何となく分かった。回りの護衛の数からも普通の軍人の娘ではないことは容易に想像がついた。


 寂れた街中を歩く、その少女が歩くだけで周囲が華やかになった。人生経験も教養もなかった刀樹にはあまりよく分からなかったが、それが上に立つものが発する風格であるという事だけは何となく理解できた。


 日課なのか、いつも決まった時間に少女は街中を歩いていた。


 刀樹は、それを毎日物陰から見ていた。自分でも理由は分からなかった。自分とは根本的に違っている者を見たかっただけなのか、初恋なのかも。


 そんな日が何日も何日も続いていたある日、何時もとは違う事が起きた。


 武装集団の襲撃。


 怒号と悲鳴が飛び交う中、少女の周りにいた衛兵達が突撃銃を手に応戦する。


 人の命がコップ一杯の真水より安いアフリカでは、だれも人の死など気にしない。


 そんな連中が、無数に群れて少女と父親に向かって銃を向ける。


 最初は、錬度のお陰で衛兵達が優勢だっあたが、明らかに武装集団の方が衛兵の手持ちの弾数より多い状態ではそれも長く続かなかった。


 衛兵が一人また一人と倒れていく。


 半数以上の衛兵が倒れたところで少女を守る円陣が崩れた。


 その隙間を縫って突入してきた敵が少女に銃を向ける。


 瞬間、刀樹は物陰から飛び出していた。


 何故、自分がそうしたかは分からない。


 ホルスターから素早く抜いたコルト・ガバメントで、少女に近づいた敵に三発撃ち込み倒す。続いて突入してくる敵にコンバットナイフで斬りかかる。


 衛兵や中年軍……無論、少女も驚いたが、何も言わなかった。


 だが、刀樹が一人加わったところで多勢に無勢。


 しかし、大日本皇国の部隊が駆けつけた事で形勢は逆転する。


 銃声を聞きつけたのか通信を受けたのかは分からないが、中隊規模の戦力が装甲車を引きつれ少女たちを守るように展開した。


 それに衛兵たちが油断した瞬間、刀樹は遠くの建物に光る何かを見た気がした。


 そして銃声が響く。


 刀樹は少女を押し退ける。


 中年軍人は反射的に物陰に隠れた。少女は地面に倒れ込む。


 その光景を見ながら、刀樹自身も身体に力が抜けてくように倒れ込む。


 立ち上がろうとしたが立ち上がれない。


 ああ……撃たれのか……。


 撃たれたのは初めてではないが、これは明らかに致命傷となると分かる一撃だった。


 霞みゆく視界の中に、泣きながら父親の制止を振り切り近づいてくる少女が見えた気がした……。







「くそウゼェ……。なんでこんな事を思い出すンだよ……不吉だなァ……オイ」


 もう一度、腹に大口径の穴が開くのは勘弁願いたい。最近は物理的(銃弾)な穴が開くことはなくなったが、精神的ストレスな原因で穴が開いている。主に深雪のせいで……


「あ~、ウゼェ……。そういや、占いじゃ今年はよく穴が開く年でしょうなんて出たからなァ」


 煙草を吸いながら溜息を付く。


 無論、刀樹は未成年だがそんな事は関係ない。


 アフリカではヤバげな粉を煙草に巻きつけ吸っている少年兵は腐るほどいた。刀樹自身は瞬発力に響くので吸わなかったが、ここから生きて帰れる可能性は少ないので一度は体験しておこうと思ったのだ。


「悪くねェな……。クソ学園長が反射的に吸うのも分からねェでもないな」
 そして煙草を前の水溜りに投げる。


 水溜りが煙草の落下と共に燃え上がる。


 そう……前の水溜りは水ではない。ガソリンだ。


 凄まじい勢いで地面に流れたガソリンを伝い、遠くの車輌の止まっている倉庫に向かってゆく。その結末を見ずに刀樹は背を向ける。


 倉庫に炎が到達した一瞬後に、大爆発が起こる。倉庫内に積み上げられていた燃料と弾火薬に引火したのだ。立ち上る火柱が夜天を焦がす。


 ここは陸軍の物資集積所。学園都市から少し離れた山間に設置されていたのを、後方に下がる輸送部隊を追いかけて見つけたのだ。


「ここも素人ばかりか……」


 侵攻してきた部隊と同程度の錬度の部隊が守っていたので難なく侵入する事ができた。


 錬度の高い部隊は、少数しかいないのかもしれない。陸軍全体が、学園都市に対して否定的なものばかりではいない以上、当然のことだが、陸軍の全戦力が敵に回っている訳ではない。しかし、それを考慮しても錬度が低い兵ばかりなのは不自然だった。


 刀樹は、錬度の高い部隊を集めた別働隊がいるのではないかと疑っていたが、事実は違う。


 今回の侵攻に参加した兵は、ほとんどが血気盛んな若手将校と兵隊達だけだ。実戦経験のない者や、戦場に立ったことのない新兵であればあるほど好戦的になる。そんな者達を口車に乗せて行なわれたのが今回の侵攻作戦だった。


 ついでに言うと、歴戦の将兵や、苛烈な戦場を経験した者であればあるほど薙原大将の言葉に耳を貸すものはいなかった。


「ふん……薙原大将をハジきに行くか……」


 乗ってきた高機動車に滑り込むとエンジンを回す。


 そして燃え上がる物資集積所を後にした。







「何だと? 物資集積所が破壊されたとは本当かっ!」


 薙原大将は、席から立ち上がると前のディスプレイに表示された情報を食い入るように見つめる。ディスプレイには凄まじい勢いで燃え上がる物資集積所の様子がリアルタイムで映されていた。控えめに見ても運用不可能なレベルにまで機能が下がっている事が判るほどに。


「やむ終えん。ここから物資を送る。準備させろ……ああ、念のため守備隊から護衛を割け」


 周囲のオペレーターに素早く指示を出す。


 確かに薙原大将の策は間違いではない。


 しかし、刀樹にとってはそれが狙いだった。陸軍司令部の守備隊が分散し、薙原大将が護衛している兵力が少なくなればそれだけ暗殺しやすくなる。さらに守備隊が慌しくなれば刀樹が侵入しやすくなるので暗殺の可能性は高くなる。


 薙原大将も、自分がいる陸軍司令部が攻撃を受ける事を想定していないわけではないが、学園都市の戦力が防衛に手一で、至近にも敵部隊がいない以上、その判断は指揮官として間違ってはいない。


「補給部隊に付けた護衛を物資集積所に立ち寄らせて襲撃者を始末しろ。まぁ、少数だろうがな……」


 その言葉は間違ってはいない。現に襲撃者は刀樹一人だけなのだから。だが、刀樹の戦闘能力までは想定していない。大軍を指揮する者は戦略を考える。だ が、それ故に戦術を疎かにしてしまうこともある。兵士の士気や錬度などを考慮せずに兵器のカタログスペックだけで作戦を立ててしまうのだ。
 そして、戦術が戦略を打ち破る事を考えない。


 それは当然の事でもある。戦術的勝利だけで戦局を左右できるという事は、それ一つが最強の兵器に他ならないからだ。そうなればもはや指揮官は必要ない。


 そんな時代はまだ到来していない。そんな兵器をまず最初に作るのは世界で一番科学が進んでいる学園都市であろうが、この戦況でそのような兵器があれば今、行なわれている防衛戦で苦労はしていないだろう。


 だが、一人の人間が戦略を覆すとしたら?


 男であれば必ず一度は夢に見るような英雄の物語。


 有り得ない。


 そんな人間がいれば軍人も傭兵も商売上がったりだ。軍隊という組織の意味がなくなる。


 夢物語を描くのは子供だけで十分だ、と薙原大将は溜息を付く。


 実際は、刀樹一人でなおかつ未成年で子供だという事は薙原大将も知らないが……


「学園都市の状況はどうだ? 若狭地区はもう落ちたのか」


 オペレーター達に向き直り状況を報告させる。


「抵抗激しく……この一時間で5個大隊が壊滅しています」


「航空戦力は、敵艦隊と防空部隊の迎撃により被害甚大」


「敵部隊の戦力が活発になりつつあります。指揮統制能力が急激に回復しつつある模様です」


「一部の機甲部隊が弾薬の欠乏により行動不能」


 次々と報告があがる。


 そのどれもが陸軍の形勢が不利になる報告ばかりだった。最後の報告に関しては物資集積所が破壊されたために起きた事だとすぐに思い至った。


「何だとっ! この短期間に体勢を立て直したのかっ!」


 薙原大将の内心は台風のように荒れていた。


 予想とは全く違う事ばかりが起きている。不愉快極まりない状況だ。生徒会長の東郷・深雪の確保は対象が見つからず失敗。副会長も突入した部隊からの通信が途絶えたので失敗したのだろう。


 全体の戦局で陸軍が優勢だが、重要な所で勝てなかった。それが今になって効いてきたのだ。


「攻め切れなかったか……」


 何より学園都市の司令部を落とせなかったのが一番痛かった。司令部さえ落とせていれば、これほどまで指揮統制の回復は早くなかったはずだ。


「第三機甲師団より緊急入電っ! 市街地で爆破攻撃を受け六割の戦力を喪失。撤退の許可を求めています! どうやら建造物を爆破して我が軍を下敷きにしているようです」


「何だとっ! 狂っておる……。ええい、かまわん予備戦力を投入しろ!」


 薙原大将は立ち上がり、オペレーターを怒鳴りつける。


 その大音声に司令室にいた全てのものが一瞬、動きを止める。無能な上官のもとで戦わねばならない不運に嘆く暇もなくオペレーター達は再び動き出す。


「撤退は許可せんぞっ! 後退しつつ、第八師団と合流して逆襲しろ」


「無理ですっ! 第八師団は敵の射撃部隊に拘束されていますっ!」


「ならば、戦闘ヘリ部隊に建造物を盾に攻撃させ……いや、アレを使うか……」


 ディスプレイに表示されていた部隊名の一つに手を触れる。


 一瞬、遅れて正面のディスプレイに工場のような場所で指示を出している将校が写る。


 その将校は、薙原大将のディスプレイ越しの視線に気付いて敬礼する。
「どうかね、アレは使えるかね?」


「可能です。全機能の九十八%が起動状態にありますよ《黄泉比良坂》は」


 頬を吊り上げ不敵な表情で笑う将校。


 その禍々しい表情に薙原大将は眉をひそめるが、咳払いをして言葉を続ける。


「ではすぐに起動させろ。戦線を押し上げねばならん」


「了解しました。フッフッフ……楽しみですねぇ」


 将校は、卑しい笑みと共に後ろの鋼鉄の城を見上げる。薙原大将も釣られてディスプレイに写っている“それ“の一部を不機嫌な表情で見つめた。


 

 


 

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