第十三話 終戦
同時刻
「欲しいよ……一家に一隻。私は百隻欲しいけど……」
高機動車を運転しつつも、有人偵察機から転送された映像に写った大地を進む戦艦を見て目を輝かせる少女がいた。
勿論、深雪である。
高機動車に乗っているので正確な情報は分からないが、戦艦大和より巨大である事は周囲の建造物を見れば一目瞭然だった。その陸上戦艦は、天を衝かんばかりに主砲の仰角を上げ、大地を鳴動させている。明らかに学園都市に対して敵対する意思を持っている。
「なんだ? 何かあったのか、深雪。いや……その前に前を見て運転しろ」
機銃座に座ったクローゼが溜息混じりに呟く。その間にも周囲に目を向け警戒は怠らない。
深雪は黙って情報端末をクローゼに渡す。
情報端末を見たクローゼは、盛大な溜息を付く。
優秀な護衛も、この展開は予想していなかったようだ。現実的な判断と下す事に長けていると有名なドイツ軍人様にも、こんなものを相手にする度胸は無いようだ。
「逃げるぞ」
「イヤ。ぜえぃっっっったいイヤっ! 鹵獲するもん。アレは私のもの。きっと刀樹もあそこにいるよ」
その根拠のない言葉は正しいのだが、深雪はそのことを知らない。
だが、すぐに新たな情報が届く。
「深雪、司令部からだ。あの艦の名前は《黄泉比良坂》というらしい。そして、もう一つ……」
ヘッドセットからの情報をクローゼは深雪に伝える。
「薙原大将が座乗している」
「そうなんだ……。なら、刀樹も確実にいるね」
あの陸上戦艦……《黄泉比良坂》に薙原大将が乗っているからといって、刀樹まで乗っているという根拠にはならない。だが、深雪の勘が刀樹があそこにいると囁いていた。
「刀樹くんって意外としつこいからね~、今頃、船体に張り付いてるかもしれないよ」
「船体に張り付いているかどうかは分からんが……まぁ、あの船に乗っているのは賛成だ。きっと艦内で派手に銃撃戦をしているだろうな。まさに沈黙の陸上戦艦だ。刀樹はハリウッド進出でも考えているのかもしれんな」
クローゼの珍しい冗談に、深雪は目を丸くする。
典型的なドイツ軍人であるクローゼが冗談を言っている所など深雪は初めて見た。存在自体が冗談なサニー・千葉や学園長は論外としてもクローゼだけは、しっかり者だと思っていたのでショックだった。人を変人にする空気でもながれているのかもしれないなぁ……
刀樹が聞いていれば、オマエの性格が伝染しているンだよ と一蹴するだろう。
生徒は生徒会長に似るのかな? 近江学園都市の生徒は確実にわたし色に染まりつつあるよ。一億総深雪化ももうすぐだね。
「深雪……アレを相手にするのか?」
「当たり前だよ! 刀樹くんと、あの戦艦を手に入れるんだよっ!」
慣れた手つきで運転しながら、機銃座にいるクローゼに声を張り上げる。
「近づけないな。第一、甲板まで登れないぞ。飛び乗りないなら空挺でもしろ!」
「するよ、空挺。クローゼも付いて来てね」
「ああっ! 馬鹿娘めっ! そんな航空機はないし、あっても対空砲火で穴だらけだ!」
「飛行機使わないよ? ビルの上からだもん。戦艦の予想進路は生徒会棟だから商業区を押しつぶしながら進んでくると思うの。だから戦艦が通り過ぎる時にビルの屋上から飛び乗るの。パラシュート目立つし……そこまで高くないから開かないしね」
確かにその方法なら、うまくすればバレずに甲板に飛び移る事ができるかもしれない。
クローゼは一瞬、納得しかけたが、よくよく考えてみるとあまりにも無謀な事に気付く。
「待て待てっ! 動いてる目標に飛び乗れると思ってるのか! 失敗したら地面でハンバーグだぞっ!」
「お好み焼き?」
「どっちでもいい! 無理だ無理。死ぬぞ!」
「……守備隊や上級生徒は戦ってるんだよ。私だってちょっとくらい無茶しても問題ナシっ! それにちゃんと手は考えてあもん」
深雪は後ろの座席を指差す。
そこにはクローゼが見た事も無い物体が無造作に押し込まれていた。あまりにも乱暴に置かれていたので、クローゼがガラクタだと勘違いしても仕方ない。
「これはねウォースーツって言って学園都市が開発した歩兵用装甲服だよ。人工筋肉でできたスーツ部分は12.7mmの銃機関銃弾の直撃にも耐えられるし、何より後ろの腰の左右に付いた跳躍ユニットで飛べるんだよ。これなら甲板に飛び移れるでしょ?」
「それなら……出来ないこともないな」
「そうなんだけど試作型で飛べないのが難点なんだよね」
「さっき飛べる言わなかったか? それじゃあ、重量が増えて邪魔なだけだ!」
「大丈夫だよ。滑空程度はできる……と思う」
「深雪が死んだら刀樹をリーゼロッテの奴に引き取らせるからな!」
「それは困るぅぅ~」
魂の叫びを上げながらも、日ごろのマイ戦車の運転で鍛えられた腕は、素早い切り替えしで高機動車を走らせ続ける。
「そろそろ中央区画に着くよ。降りる準備してね」
「いいのか? 中央区画で迎撃するということは学園都市内部に侵攻されるんだぞ。外周部で迎撃すれば被害は少なく済むかもしれん」
「外周部の防護壁も、あんな戦艦の体当たり受けたら一瞬で粉々だよ。飛び乗る暇なんてないと思う……。それに、失敗したら二度目はないからね。成功の可能性が一番高い所でするべき……だと思う」
深雪自身が言い出したことだが、希望的観測ばかりによって立案した作戦なので成功するかどうか怪しいと感じていた。だが、戦車隊を並べ立てて鉄の壁を 作ったとしても大口径の主砲で粉砕され、巨大な船体でもれなくプレスされるので意味がない。いくら学園都市の戦車といえ、戦艦の装甲を貫通するのは可能に 近い。それならトラックに爆薬満載して体当たりしたほうがまだ可能性がある。
「五十那ちゃんの艦隊の攻撃が届けばなぁ~」
生徒会艦隊司令・山本・五十那の顔を思い浮かべる。
「地対艦ミサイルはダメなのか?」
「だめだよ……。相手はハリネズミで重装甲。普通のイージス艦相手ならそれでもいいけど……主砲用のロケット砲弾の開発しとくんだったよ」
対艦ミサイルは、戦艦クラスの艦に致命傷を与えるほどの威力はない。対艦兵器は学園都市の開発していなかった分野なので、軍が使っているものと同じものなのだ。核弾頭でも搭載すれば話は別だろうが、それでは学園都市が灰になる。
「ミサイルは無理だよ……」
どちらにせよ左右に無数と設置された近接防御火器に撃ち落されるのは目に見えている。金のかかる対艦ミサイルを絶対迎撃されると分かっていて撃ち込むほど、今の学園都市に余裕はない。
深雪は笑顔で叫ぶ。
「まぁ、ミサイルさんにも出番は用意してるよっ。いっぱい爆薬がいるからねっ! 発明は大爆発だよっ!」
「くそっ、見つかるとは運がねぇ、ついでに弾も少ねぇし増援もねぇとは……」
角から顔を突き出し、敵兵の様子を窺いながら、刀樹は悪態を付く。
通路の先からは無数の敵兵が見える。ときおり風を切る音が顔を掠めるが気にしてはいられない。スコープの映像を右目の網膜に投影し、角から銃だけを突き出して狙いを定める。
刀樹が発砲するたびに敵兵が一人また一人と倒れていく。
相手が軽装備ばかりなのと、学園都市の技術のお陰で現状は何とか優勢だが、銃声を聞きつけた敵兵が片っ端から飛んでくるので倒しても倒してもきりがない。
薙原大将が戦艦に乗り込んだ後、敵兵の一人を倒して陸軍の制服に着替え、急いで後を追って乗り込んだのだが、艦内で迷子になっている内に警備の兵に引っ掛かってしまった。
きっと今頃は、薙原大将にも連絡がいって、艦橋や機関部も警備員が守っているだろう。
そう、こういう時は……。
ドサッ!
刀樹は派手に倒れる。
死んだフリが一番手っ取り早ェな……。
情けなくて涙が出てくるが、アフリカでもこの手が一番が有効だった。武士道精神や騎士道精神を持ったものなら卑怯だの卑劣だの抜かすだろうが、綺麗ごとで死ぬほど刀樹はヒマでも酔狂でもない。勝てば官軍だ。
「やっと、死にやがったか……」
「くそっ! 化け物め……本当に学生かよ」
「艦橋……こちら、第三警戒班……ああ、そうだ……敵を射殺した。もう少しで艦橋に侵入される所だった」
悪態を付く兵士と無線で艦橋に報告する兵士の言葉を聞きながら、兵士たちの視界からは見えない左手を背に忍ばせる。そこにはコンバットナイフが隠されている。
そのコンバットナイフの柄尻をゆっくりと肘で圧迫する。
兵士が更に近づいてくる。
近づいてくる兵士の数は三人。アサルトライフルで武装している。他の兵士はいないようだ。他で何かあったのかもしれない。
艦橋には、刀樹が死んだと報告されたので都合が良かった。これで、死んだと思わせる事ができる。できれば情報も聞き出したかったが、そこまで都合よく事を運べるほど刀樹は万能ではない。
兵士は刀樹の前で止まる。目を瞑っているので兵士の様子は分からないが、軍靴の音と装備が擦れ合う音で位置は掴める。
「全く……手間かけさせやがって……」
「ああ、確かにそ」
兵士の一人が首から血飛沫を上げて倒れる。
刀樹が兵士の首を斬り付けたのだ。
コンバットナイフはプラスチック製の鞘に仕掛けられたスプリングが圧迫されて、銃弾のように飛び出した。それを手に取った刀樹の電光石火の攻撃に兵士達は付いてゆけない。
凄まじい量の血が首筋から噴出すが、躊躇うことなくもう一人の兵士の首にコンバットナイフを突き立てる。二人の兵士は咄嗟の事に何が起きたのか分からないまま、黒に近い血飛沫を上げて倒れる。
電光石火の一撃に二人の兵士は対応すらできなかった。動きからして錬度の高い兵士であることは分かっていたが、刀樹は例えようのない違和感を覚えた。
「そうか……訓練はしいても、実戦経験はないってことか」
陸軍は、自治領であるユーラシアの治安維持のほとんどを民間軍事会社に委託している以上、実戦を行なう機会がないのだ。訓練はしていても実戦は経験して いないのだろう。兵の成長は訓練だけでは限界がある。実戦によって技術的にも精神的にも学ぶ事もあれば失う事もある。それによって兵は成長してゆくのだ。
「行くか……時間もねェしな」
兵士たちの会話で艦橋が思いのほか近いことを悟った。
警戒していた兵士達が多かったのも、重要区画である艦橋に近かったからかもしれない。艦橋に銃声が聞こえて、慌てて駆けつけた可能性も有り得る。
その証拠に、また人の気配が近づいてくる。
(一人かよ。しかも気配を消してねェとは、戦闘に自信があるってことか……)
兵士が使っていた八九式小銃を拾って、薬室を覗き込み初弾が装填されている事を確認する。さらに兵士のシースから銃剣を抜き取り、八九式小銃の銃身の下部に取り付ける。
角に身を寄せて隠れる。
銃声を鳴らせば、死んだと思わせた意味がなくなる。
相手は一人なので、音を立てずに黙らせば全て丸く収まる。
謎の相手の影が角から見える。影の右手だけ異様に長い。日本刀か軍刀でも持っているのだろう。艦内でそんな長いものを振り回す自信があるのだろう。
(上等だ。相手してやろうじゃねェか)
刀樹は倒れこむように身体を傾け、通路の角から飛び出す。
そして、裂帛の気合と共に、銃剣の付いた八九式小銃を槍の如く突き出す。
狙うのは首筋。頭部はヘルメットを被っている可能性もあり、胴体ではボディアーマーを着込んでいるかもしれないので致命傷を与えられないからだ。
だが、刀樹の銃剣は空を切る。
斬り裂いた軍帽が宙を舞うが、それを見ている暇はなかった。
「……っ!」
凄まじい殺気を感じて、身体を右に傾ける。
それと同時に、元いた場所を神速で何かが駆け抜ける。
軍刀だ。それも、かなり刀身の長いものだ。大太刀を軍刀拵えにしたものだろう。
持っていた八九式小銃の銃身が切断され、銃身が落ち銃剣が床に刺さる。
八九式小銃を捨て、後ろに飛び、距離を取る。
「オマエ……何もんだっ!」
「武藤中佐だ。薙原大将の参謀を務めている。貴様は?」
「一ノ宮、刀樹だ。副会長をしている」
背中に背負った学園都市製の日本刀を抜き放つ。
二人は向かい合って刀を構える。
刀樹は正眼の構えを取る。対して武藤中佐は上段の構えを取っている。
「示現流……。薩摩の豪剣、二の太刀いらずってわけか」
摺り足で距離を測る刀樹を見て、武藤中佐は軍刀を鞘に納める。
戦闘の意思はないと言いたいのだろう。
だが、刀樹は刀を下ろさない。この男が神速の剣技を持っているのは肌で感じ取っていた。そんな男の前で警戒を解くほど刀樹は無能ではない。殺気も消えていたが、先程、刀樹がしたような死んだフリのような不意打ちも十分に考えられる。
「まぁ、落ち着け少年。別に戦おうという訳ではない。艦橋の位置を教えてやろうというのに」
「……何故だ? オマエは陸軍の中佐だろうが」
怪しむ刀樹に、武藤中佐は苦笑する。
陸軍にも色々な派発がある。別に薙原だけの一枚岩という訳ではない。深雪の父である東郷・篤胤の一派や、他にも大小さまざまな派発がある。薙原が戦争を仕掛けてきたからといって、陸軍全てが敵に回ったというわけではない。
「まぁ、俺も薙原の部下だが、学園都市侵攻には反対だった。しいて言うならそれが理由だがな。……そこのタラップを登った先の扉だ。衛兵が二人いる気をつけろ」
武藤中佐は、言う事を言ってしまうと刀樹の横を通り過ぎて通路の闇に消えてしまう。
得体の知れねェ、ヤツだ……。
斬り合えば、刀樹も腕の一本くらいは切り落とされる覚悟で戦わなければならなかっただろう。武藤中佐の剣技は、それほどに卓越していたはずだ。刀樹には、日本陸軍に深雪のバカオヤジ以外にここまでの使い手がいるとは思っていなかった。
(仕方ねェな。行くか……。罠なら薙ぎ払うまでだ)
刀樹は、日本刀を鞘に戻し、ロングマガジンが装着された二丁のH&KモデルMP7SMGを防弾コートの内側から取り出す。ドイツ製の短機関銃だが、勿 論、二丁とも学園都市で大幅な改良が加えられている。重量もさらなる軽量化がなされていて、刀樹にも楽々と片手で構えられるほどだ。
MP7SMGを両手にタラップを一瞬で駆け上がり、認証式の扉の前で八九式小銃を構えていた、兵士に銃口を向ける。どうせ艦橋が目前であれば銃声が聞こえても問題ない。
相手が反応するより早く、二丁のMP7SMGの銃口に暴力的な閃光が轟音と共に現れる。
左右の手に持った銃は、扉の左右に立っていた兵士を別々に捕らえた。
二つの銃口からフルオートで放たれた4.6mmの銃弾は、ほとんどが二人の兵士に命中する。
驚いた顔のまま床に倒れる兵士を見つつ、C4(プラスチック爆弾)を扉に投げつける。
C4は扉に当たると グシャっと形を変える。
その瞬間に起爆用の器具を使う。
C4に付けてあった信管は、電気信号を感知し作動する。
「……っ!」
轟音が響く。
タラップに身を隠した刀樹にも凄まじい閃光と轟音が襲う。
だが、アフリカではよくやっていたことなので、怯む事もなく黒煙漂う中に転がり込む。
その途中に左右の壁にC4を一つずつ投げつける。
扉は完全に吹き飛んでいる。
黒煙のせいで視界が悪いが、とにかく動いたものを片っ端からフルオートで掃射する。時折、無くなったマガジンを叩きつけるように捨て、新しいマガジンを装填し射撃を続ける。
何人、撃ち倒したかは分からないが、無数の呻き声が聞こえたので数を減らす事には成功したようだ。
席を挟んで艦橋要員と撃ち合う。
艦橋要員たちは、拳銃しか持っていないようで散発的に応射の銃弾が飛んでくるのみ。もしかすると艦橋にも小銃くらいは装備されているのかもしれないが、刀樹の攻撃があまりにも突然だったので対応できなかったのかもしれない。
だが、拳銃だけしか装備していないとはいえ、数が多いので油断はできない。
相手もそれを理解しているのか、無線機を掴んでしきりに増援の要請をしている。だが、刀樹もそうなる事は予想している。アフリカ時代からの勘がそう告げていた。
刀樹の射撃に陸軍の兵達は舌を巻いていた。
突き出した拳銃や手をピンポイントで射抜く刀樹の射撃は、異常なほど精密だった。二人同時に飛び出しても、二丁のMP7SMGで別々の目標を狙える刀樹の前では銃を構える前に一蹴されてしまう。
陸軍の兵の数が減ってきたところで、一番守りの厳重な一角に突撃しようとした。
「……っ!」
無数の銃声が背後から響く。
同時に音速で銃弾がすぐ横を通過する音が聞こえる。
咄嗟に物陰に隠れる。
後ろを確認せずに、先程投げておいたC4を起爆させる。
轟音が聞こえたが振り向かない。そのような余裕もないし、結果は目に見えている。C4が密閉された場所で爆発したのだ。そんな所にいた者は、随分と悲惨な事になっている事だろう。アフリカで散々見慣れた光景だが好んで見たいとは思わない。
本当にそうだろうか、という疑問が頭を過ぎるが、戦闘中だという事を思い出し頭を振る。
再びMP7SMGをフルオートで弾丸を撒き散らし牽制する。
だが、すぐに銃弾も予備のマガジンが底を尽きる。
予備の銃は〈トレイター〉のみ。予備のマガジンはない。
飛び出すと一角に集まっていた兵士たちを見やる。そこに薙原大将がいるのだろう。あまりにもあからさますぎて馬鹿らしくなる。軍人というのは戦術と言い性格といい馬鹿正直らしい。アホめ……
「出て来いよ、薙原! 出てきたら命だけは取らないでやる」
ウソだけどな……。ブチ殺す、絶対潰す。肉片にしてやる。テレビ放送できないようにしてやる。人間ハンバークにしてやる。卑怯上等だ。卑怯で何が悪い。バレなければ万事丸く収まるンだよ。
主人公的に問題……非常に問題のある事を考える刀樹に、薙原大将は沈黙を守っている。
時間が経てば経つほど増援が次から次へと湧いてくるので、相対的に刀樹が不利になる。薙原大将を始末すれば全て解決する。人質にとれば逃げ道も確保できる可能性もあるが、世の中そう簡単に行きはしない。
「ちっ……。仕方ねぇな」
物陰から飛び出し、迎撃しようとした兵士を撃ち倒して、走り出す。
地を這うように走る刀樹に、兵士達は照準を合わせられない。
兵士の一人の首にグリップの底を叩きこみ、反対側にいた兵士の心臓にコンバットナイフを突き立てる。ボディアーマーすら着込んでいない兵士は、簡単に絶命する。
残りは三人。
距離が近いので《トレイター》のフルオート射撃で薙ぎ払う……はずだったのだが……。
「オンボロめ……」
兵士を叩いた時に、機関部が故障したのだろう。《トレイター》は、拳銃にサブマシンガン並の能力を与えた銃なので、元々、設計当時から無理があった。そのツケが今、やってきたのだ。
「クソっ!」
兵士たちもそれに気付いたのか、距離を詰める。
その兵士達に使えなくなった《トレイター》を投げつけると、油断している隙に、背にある日本刀を抜き放ち突撃する。
「失せろ! 軍人!」
中央の兵士の脇腹を神速の突きで仕留める。
日本刀は引き抜かずに、その兵士が倒れる直前、突き刺さった日本刀を裂帛の気合と共に、右横に斬り抜く。日本刀は図ったように右にいた兵士を左下から袈裟懸けに斬り上げる形になる。
最後の一人は発砲するが、兵士二人を斬り倒したままの遠心力を使い、背を向けたまま深く身体を落とした刀樹が、雑草を刈り取りように足払いをかける。最後の兵士は、足を日本とも蹴るように引っ掛けられて倒れる。最後に、その兵士の心臓に日本刀を突き立てる。
体中が血だらけになっているが、刀樹自身の血は一滴もない。すべて、兵士たちの返り血だ。
日本刀を振り抜き、付いた血を風圧で落とす。
床に一直線に血の跡ができて、艦橋を汚す。
「貴様、この国賊がっ!」
薙原大将が立ち上がり、銃を構える。
「国賊? 違うな……俺はタダの英雄だ!」
深雪は刀樹の事を英雄だと言っていた。上等だ、なら英雄になってやる。悪党は、ひとまず卒業だ。外道であっても、深雪の前では英雄であり続けようじゃねェか。
「俺の往く道は外道なんでね。なら、せめて深雪と深雪の居場所を守ってやろうじゃねェか」
日本刀を構え、ゆっくりと、だが確実な足取りで薙原大将の元まで歩いてゆく。
血まみれの刀樹は、不機嫌な顔のままだ。だが、瞳には阿修羅の意思を体現したかのように揺れ動いている。それを見た薙原大将は、思わず拳銃を構えたまま後ずさる。
「ワシとてこんな事はしたくなかった! やらねば国体護持の要たる陸軍は、戦わずして壊滅する! だが、他の派発は座して死を待つ道を選んだ! ならワシがやるしかなかろう!」
「知った事かよ! たしかに俺がオマエの立場なら同じ事をしたかもしれねェ。だが、深雪を悲しませたのは別だ、許さねェ」
更に近づく刀樹。
その時、急に上と下からの圧迫感を感じた刀樹は後ろに飛びずさる。
急に凄まじい浮遊感感じる。艦が沈み込んでいるのだ。そして、何かが艦橋の天井部の防弾ガラスを破砕しながら落下してくる。
凄まじい量のガラス片に刀樹は思わず目を瞑る。
「っ!」
ガラス片が頬をかすめ、一筋の切り傷ができる。血が流れるが、それどころではなかった。何せ厚さ20cmはあるであろう防弾ガラスの破片……というより礫が次々と落下してくるのだ。たまったものではないので、近くの座席の下に滑り込む。
(ミサイル攻撃か? 艦橋の設備が使えなくなっても予備の艦橋でミサイル迎撃はできるんじゃねぇのかよ! 使えねェな)
システムの故障とも考えたが、ここまでの大型艦なら予備のシステムにも予備があるに違いないし、近接防御火器の一つ一つにも自律迎撃ができるよう設定されているはずだ。
よって、攻撃がそう簡単に命中する事はありえないのだが……。
しかも、艦橋が前に傾いている。攻撃のせいではない。艦橋だけでなく艦そのものが前に傾いているのだ。前のガラス越しに艦の進行方向を見ると、艦首が地面にめり込んでいた。
正確には、艦の前部が地面に埋没しているのだが、艦橋からではその様子は分からない。
傾きにバランスを崩しそうになったので、近くの椅子の支柱を掴む。椅子は床に固定されているので何とかすべり落とされずに済む。
「どこのどいつだ。アホが……」
刀樹が《黄泉比良坂》に搭乗している事を知っている者は学園都市側にはいない。
考えてみれば刀樹は独立行動をしているので当然の事だ。深雪とクローゼは、刀樹が《黄泉比良坂》に乗っている事を確信しているが、刀樹はそれを知らない。
「えへへ~。陸軍の軍服、似合ってるよ」
深雪が座り込んでいた。
ついでにクローゼも巨大な対物狙撃銃を構えて立っている。
二人の背中には鋼鉄の翼が生えている。何より身体も鎧のようなもので覆われていてさながら鋼鉄の天使の如き状態だ。
巻き上がった煙の中、二人の姿だけはくっきりと見えた。
ついでに、座り込んだ深雪の下敷きになっている薙原大将も……。
「ってオイ! この展開は何なンだ! これで解決かよ!」
「ん~なになに。刀樹くんがこの船制圧しちゃったの?」
「下だ。下を見ろ我侭娘」
クローゼが深雪の下でプレス状態の薙原大将を指さす。
「きゃっ! キモっ、この変態さんっ!」
飛び退いて、死に掛けている薙原大将を蹴り飛ばす深雪。薙原大将は、グエッ という擬音と共に機材に叩きつけられる。
「で、何したンだよ? 艦が傾いてンぞ」
「そうだ。私も聞いてないぞ。いきなり、艦が傾いて照準が逸れたから撃ち落されなかったとは言え、ここまでの大型艦がそう簡単に傾くなんてあり得んな」
老練の戦士二人は揃って首を傾げる。
《黄泉比良坂》ほどの艦が傾くのは通常有り得ない。ましてや陸上を往く艦は波の抵抗を受けないので大きく揺れることは少ない。そんな船を傾けるのは並大抵の事ではない。ミサイルも百発百中で迎撃されるとなれば攻撃はおろか揺らす事すら難しい。
「巨大な地雷でも作ったって訳か?」
まさに対艦地雷とでも言うべき兵器でも作っていたとしても学園都市……深雪ならおかしくない。自分の趣味と独断と偏見で使いもしない兵器を大量に作っているのだ。潜水する戦車とか、空飛ぶ戦車とか……。戦車ばかりだなオイ……。
「惜しいよっ! 地下鉄に爆弾を仕掛けて地面を陥没させたんだよ。学園都市の地下鉄は大きいからね~。あ、でもそれだけだと足りないからミサイルも使ったよ」
えへへ~ と笑顔で答える深雪。
学園都市の地下鉄は、戦車やミサイル車輌を輸送可能な普通の貨物列車より倍以上の大きさになっており、普通列車も兵員輸送のために同じような状態である。車線も最大では十車線が三段になっていたりと何から何までとにかく大きい。
「珍しく頭を使ったンだな。お~よしよし」
「えへへ~」
不機嫌顔のまま、刀樹は深雪の頭を撫でる。
「フン……刀樹の建造物を吹き飛ばす作戦を応用した訳か……。司令室でリーゼに言っていたのはそれか」
リーゼロッテに、深雪が何やら吹き込んでいた事を思い出す。
建造物を吹き飛ばすために爆弾を設置する工兵部隊に命令を出して、ついでに仕掛けさせたのだろう。本来は、進撃してきた戦車部隊に使う予定だったのだ が、巨大陸上戦艦が出てきたので目標を変えたのだ。今回の戦いでは工兵が八面六臂の大活躍ということになる。今頃、工兵達は艦に取り付いて、爆薬を仕掛け ているのかもしれない。
クローゼは周囲を見回す。
「まさか艦橋にいるとはな。よく侵入できたものだ。いや、この戦闘能力なら不可能でもないか」
鋭い目付きで艦橋中に倒れ付した兵士達を眺める。クローゼにつられて深雪も視線を動かす。その先には無数の屍が血溜まりを作って地に這いつくばっていた。銃で撃たれたものは勿論の事、中にはC4で吹き飛ばされた者や、日本刀で斬られた者もいる。
目を覆うような光景だ。
そして、その中央には、日本刀を背に担いだ刀樹が血塗れで立っている。
壮絶な光景だが、その場に立っている刀樹に当然の如く似合っていた。
血塗れの英雄。
深雪が小さい頃に父親に読んでもらった英雄譚に出てきた騎士。深雪には、刀樹がその騎士と同じに見えた。報われない戦いを続け、最後には戦場で独りになって死んでいく。
そんな刀樹(騎士)に深雪は憧れていた。
なら、自分の初恋はただの憧れだったのかもしれない。
自分の恋が幻想かもしれないことに心が揺らぐ。
「フン……、バケモノだな」
「ナチ女も十分バケモノだろうが」
二人は、「確かにな」と互いに笑いあう。
刀樹もクローゼもある種の諦めに似た心境になっている。軍人や傭兵でなくとも、長く戦場いれば、徐々にバケモノであることに抵抗がなくなってくる。そんな人間は戦士として素晴らしい才能を持つ事になる。だが、反対に人間であるという事を捨てなければならない。
正義、報復、復讐、平和、解放、自由、平等、悲願……お題目は何でもいい。依って立つ所さえ手に入れれば、人はどこまでも残虐非道になれる。
刀樹は生きるための手段として、クローゼは祖国を守る軍人となるためにバケモノとなる道を選んだ。今は二人とも深雪を守るために戦っているが、今までしてきた事が消えるわけではない。なら、少なくとも外道として深雪を守ろうと決めたのだ。
「ふ、二人はバケモノじゃないもんっ! 私の大事な人だよっ!」
深雪が二人を抱きしめる。クローゼはともかく刀樹はウォースーツを着ていないので、深雪のウォースーツの人工筋肉によって強化されたハグに刀樹は悲鳴を上げる。
「し、死ぬっ……。肺の空気がっ……!」
肺から空気と魂が抜けていく。
「あ、あぅ……ごめん、死なないでぇぇっ!」
「何をしとるんだ、お前らは……」
クローゼは壁に張り付いた薙原大将を担ぎ上げると破壊されたガラスの隙間まで飛び上がる。深雪も刀樹を抱えてクローゼの横に降り立つ。
そこには無数の黒煙が立ち上げ、無残な姿を晒す学園都市があった。
「めちゃくちゃになっちゃったよ……」
無数のビルや街角が倒壊し破壊され、道は戦車の履帯によって寸断されていた。戦車や装甲車などの戦闘車輌が、道路脇や建物に突っ込んだ状態で炎を上げている。巨大なクレーターのような跡は、爆撃によるものか航空機の墜落によるものだ。
まさに地獄まで一歩手前と言った所だ。
三人は、黙って学園都市を見つめる。
刀樹は深雪に抱きかかえられているので、いまいち締りがないが……
「潰れたならまた作りなおせばいいじゃねェか」
「そうだな……。刀樹の言うとおりだ」
刀樹は、立ち上がると黙って深雪の肩を抱く。
何時もなら怒っているはずのクローゼも今ばかりは黙っている。
「そうだね……。そうだよね」
「ああ、陸軍の予算ぶんどって、前以上にすればいいじゃねェか。オマエの夢を叶えるために俺たちがいるんだ。まぁ、できる事なら何だってしてやるよ」
「……うんっ!」
深雪の笑顔は黒煙の立ち上がる中、眩しいほどに輝いていた。