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第十四話    明日へ

 

 



「もうっ、政府も陸軍もケチなんだからっ!」


 深雪が資料の束を破り捨てて、ゲシゲシと踏みつけている。


 気持ちは分からないでもなない。


 薙原大将の捕獲後(一応、生きていた)、陸軍の部隊は、司令部の機能を失った《黄泉比良坂》の指揮を受けられず混乱状態に陥ったため、各所で分断され孤 立状態となった。そして、若狭湾周辺で編成をしていた部隊の総攻撃によって撃破もしくは降伏した。流石の陸軍も二百八十万VS八万では戦いを続ける気は起 きなかったようだ。


 そして、陸軍では武藤中佐、学園都市では深雪を中心として戦後処理が行なわれた。


 これによって陸軍の学園都市侵攻による一連の戦いは終了した。


 だったのだが……


「クソ政治家どもめええぇぇ~! 私をここまで追い込むなんて……! せっかく協調性を見せたのにっ!」


 キシャーッ! という擬音が出そうな顔で頭をかきむしる深雪。


 戦いが終了したのはよかったが、損害の賠償が行なわれなかったのだ。いや、正確には破壊された建造物や消費した物資、弾火薬などの充填には、政府や陸軍の提示した金額で十分に間に合うのだが、一方的に喧嘩を売られた深雪としては納得できなったのだろう。


 国家予算むしりとって、また何かやらかす気だったんだろ……


 刀樹は深いため息をつく。


 横ではクローゼとリーゼロッテも呆れている。


「こーなってはやむおえないよ! 君ッ、そこの君だよっ!」


 深雪が近くの生徒会役員を捕まえる。


「はっ!」


「ただちに前部署に連絡を!」


 クワッ と目を見開く”将軍様”。


「私と共に現政権を打倒する意思があるかどうか確認っ! 学園都市の全戦力をもって日本政府を――」


「会長がそう仰るのをお待ちしておりました!」


 ビシッと敬礼する生徒会役員達。


「ええい! 危険な発言はやめんか! 協調性はどこ言ったンだ!」


 放置すれば戦車で国会議事堂に突入しかねない。


 深雪ならやりかねない。生徒会役員達も今回の戦闘を通して、深雪を尊敬するようになったのはいいが、性格まで似てきた。きっと、今頃、量産型深雪が学園都市各所で大量発生している所だろう。


「冗談だよ」


「立場上許される冗談じゃねェよ!」


 それを聞いてクローゼとリーゼロッテは首都圏の地図を出し、作戦を立て始める。


「国会議事堂と首相官邸に一個大隊ずつ空挺」


「陸軍の駐屯基地と赤レンガ(海軍司令部)、あと警視庁にも奇襲をかける必要があるわ」


「マスコミも制圧せんといかんな。そして、エンペラーを」


「リアルなクーデター計画を練るんじゃねェよ!」


 ガバッ と机ごと地図をひっくり返す刀樹。


 最近、自分でも性格が変わってきた気がしてならない。周囲の人間が、深雪みたいな性格ばかりになってきたので、変な事をしないか監視するのが大変だ。


 深雪は、あまり出歩く事がなくなったので、刀樹も護衛の必要がなく、生徒会棟でゆっくりしているだけである。副会長としての書類仕事があるので何もしていないわけではないが、深雪を護衛する事に比べれば、かなり楽な仕事だ。


「どいつもコイツも……。どさくさに紛れてわけの分からねェもの発注しやがって」


 変な要求をしてくる書類を破り捨て、抹消する。


 いちいち相手にしていられない。弓道部からの「狙撃銃・五百丁」とか、陸上部のウォースーツ百着など、意味が分からない。狙撃銃を使えば弓道など弓道で はなくなる。陸上部もウォースーツを着て競技に出では、記録を計っているのか機械の調子を見ているのか分からない。というか世界記録出るだろ。


「ああぁぁぁ~~~~っ! ストレス溜まるぅ~~~! ちょっと休憩だよっ!」


 生徒会長専用の大統領が座っているような椅子から勢いよく立ちあがり、ドアに向かって歩き始める。


 刀樹がクローゼを一瞬、見やると黙って頷いた。深雪に付いて行け と目線で促されたので刀樹は黙って深雪の後を追う。リーゼロッテも後を追いかけようとしたが、クローゼに引き止められる。クローゼなりの配慮なのかもしれない。


「……」


 深雪は黙って外までの道のりを歩いてゆく。


 声をかけようかとも思ったが、話題が咄嗟に思いつかなかったので、話しかける機会を逸してしまう。


 そうこうしている内に、生徒会棟の玄関を潜り、外まで出てしまう。外は、暖かい日差しのせいか眠気を誘う陽気で二人を迎えた。玄関前の広場では、巨大な 重機が行き来して急ピッチで復旧作業を続けていた。復旧を手伝う学生や教士の表情は疲れているようだが、その顔に悲壮感はなかった。むしろ、生き生きとし ているものや瞳にに闘志を宿らせているものが大半に見えた。


 二人は、そんな光景を眺めながら大通りを歩いてゆく。


 重機と人が奏でる喧騒の中、周囲の生徒達は二人の姿を見ると、黙って道を明けてくれる。モーゼの十戒のように左右に分かれた人だかりを、黙って進む。生徒達は視察と思っているのだろう。


 前から一人の少年が歩いてくる。


「キルヒアイゼン先輩……」


「おお、二人か……。ん? ああ、そうか……まぁ、頑張るんだな」


 キルヒアイゼンは、二人の様子を見て何かに気付いたのか、刀樹肩を叩き、横を過ぎ去る。


 そっけないのか忙しいのか分からないが、キルヒアイゼンなりの気遣いを感じた。


 刀樹とキルヒアイゼンの短い会話にも、深雪は何の反応も示さない。


 気付いてすらいないのか、黙って先に歩いてきそうなので、慌てて追いかける。


 暫く歩いていると、学園都市の中央に位置する学園地区を一望できる高台に到着する。


 そこからの眺めは、ほんの二日前なら理路整然と並んだ教育機関や超高層ビル、巨大な交通網などが見えた。だが、今は見る影もない。


 長く巨大な瓦礫の山が線のように続いて、その先には《黄泉比良坂》が艦首を地面にめり込ませて停まっている。超高層ビルはいくつかが倒壊し、他の建造物 を押し潰している。教育機関の建物は砲兵部隊の特火点にしたのか周囲から無数の砲身を突き出して周囲を威嚇し続け、交通網は戦車などの無限軌道キャタピラに蹂躙され、舗装が砕けている。


 満身創痍といってもいいだろう。


 だが、刀樹は心配していない。


 つい先程見た生徒達の表情を知っているからだ。


 学園都市は、まだ生きている。


 人さえ無事なら何度でも蘇ると刀樹は信じていた。深雪が生徒会長を勤める学園都市なのだ。次の日には、ケロッと完全復活していても驚かない。


「守れなかったよ……。何でかな……、こんなの嫌だよ……」


 刀樹の肩に、深雪は寄りかかる。


 その少女の双肩は、ずっしりと重い。深雪の重みだけではなく、学園都市と二八〇万の命の重みでである。刀樹は、それを正面から抱きしめる。


「悪りぃ……。俺には分からねェよ」


 深雪にどんな言葉を掛けていいのかも、その苦しみも悲しみも、何もかも分からなかった。苦しみと悲しみというものの存在は理解できる。だが、それを感じるほどに刀樹は人間ができていない。涙も悲哀もアフリカで全て流してしまった。


「刀樹くんは正直だね……」


 深雪は自嘲的に笑う。


 何時もの深雪と違って、その横顔は儚げで美しかった。


「私はね……、刀樹くんの事が大好きだったよ。でも、今は分からないかな……」


「そうか……」


 深雪の口からそんな言葉が出てくるとは思わず、刀樹は生返事を返す。


 不器用な刀樹には深雪に気の効いた台詞を返す事ができない。いつの日か、深雪が自分に愛想を尽かすと分かっていた。例え、深雪が失望したとしても刀樹は戦い続ける。


 刀樹の考えていた事を察したのか、深雪は手を振って否定する。


「違うよ、別に刀樹くんが悪いなんて言ってないよ。悪いのは私だよ。勝手に期待して、勝手に間違っただけ。刀樹くんは副会長としても私の護衛としても頑張ってくれたもん」


「知ってたのか……」


 護衛である事は秘密であった。知っているのは学園長とクローゼくらいなので、情報が漏れる心配はない。深雪も、雰囲気だけで察したのかもしれない。直感と勘だけは異常なほどに鋭い深雪なら十分に考えられる事でもある。


「だから副会長にしたのか?」


「違うよ。命の恩人だからでもないよ。……私の初恋の人だからだよ」


 深雪はゆっくりと刀樹を見上げる。


「でも、きっとそれは憧れだったんだよ。恋じゃないんだよ。さようなら刀樹くん。だがら、さようならだよ私の初恋」


 深雪は、刀樹に背を向ける。


 その背中は寂しそうでもあり、同時に悲しみを否定しているかのようだった。


「っ!……」


 刀樹は、深雪の肩を掴む。


 どんな言葉を掛ければいいのか分からない。だが、何か言わなければいけないという事は分かった。


「分からねェのか、深雪。どんなに優秀な指揮官でも、たった一人で勝てるほど……戦争は甘くないぞ! 自惚れるな、オマエはたかが小娘一人。大した事などできるわけねェだろ」


 咄嗟に出てきたのは叱責の言葉だった。


 つい反射的に口を突いて出た言葉に、刀樹は驚く。そんな事を言うつもりは無かったのだが、今まで腹の底に溜め込んでいた言葉が雪崩をうったように流れ出す。


「大体、オマエはいつも甘えてくるくせに肝心な事は全部自分で決めやがるっ! 尻拭いをするのは、いつも俺だ! その癖、俺に期待してるだと? ふざけるなっ! 俺はオマエの玩具じゃじゃねェンだよ! 俺はそんなに信用できねェのかっ!」


 深雪は、刀樹の怒声と気迫に肩を竦ませる。


 こんな刀樹を見たのは、深雪にとって初めてだった。大抵の事は笑顔で・・・・・はいかないが、不機嫌な顔で許してくれる。いつもピンチの時には、護衛であるクローゼより早く駆けつけて、立ち塞がる者を薙ぎ払ってくれる。


 そんな、刀樹が今、深雪の前に立ち塞がっていた。


「ご、ごめん……なさい……。で、でも、刀樹くんだって!」


 深雪も、今まで思い続けていた事を盛大にブチ撒け始める。


「何時もいつも、私の気持ちを無視して全部自分で背負い込んじゃう! 私の知らない所で秘密ばっかり作って……ずるいよ……私は信用してくれないのっ!」


 今度は、深雪の反撃に刀樹が怯む。


 初めて本気の感情と言葉を向けられた気がした。今までもある意味本気だったかもしれないが、今回はその表情を見れば真剣だと人目で分かる。深雪の事は理解しているつもりだったが、刀樹も知らない一面を久しぶりに見た気がした。


「あ……いや、悪ぃ……。いや、待て。俺は何も隠してねェ」


「嘘だもんっ! 刀樹くんは隠してるよっ! 過去も今も夢も。それなのに、自分を信じろなんて都合よすぎるよっ! 私をちゃんと正面から見てよっ!」


 その言葉に反論できなかった。


 今まで深雪を傷つけないように都合の悪い事は、刀樹……もしくはクローゼがほとんと揉み消していた。スパイや暗殺者が襲来しても二人で始末することで、 学園のデータベースにも記録を残さないようにしている。警備の兵の大半は所詮生徒や教士に過ぎないので歴戦のスパイなどと戦えば被害は増えるばかりだろ う。


 そうなれば深雪は悲しむ。


 生徒も教士も……学園都市の誰かが傷つけば、深雪が悲しむ。


 たとえ、顔すら会わせたことがないものであっても、学園都市の者が死んだと聞けば泣くだろう。だれも見ていない所で一人、悲しむ。刀樹はそれを知っている。


 深雪は、そんな事を認めねェがな。


 そんな事を考えていると急に笑いがこみ上げてきた。


「はっ、はははははははっ! どうやら俺は随分と遠回りしちまったようだな」


「わ、笑うなんて酷いよぅ!」


 深雪が頬を膨らませて抗議するが、構わずに笑い続ける。


 そう、そうだった。深雪は、そんな女だった。


 何よりも相手に遠慮されたりハンデを持たれたりする事を嫌う。強権を振りかざして周囲の者を困らせる事もあるが、本当に困っているものには迷わず手を差 し伸べる。人を悲しませる者には問答無用で鉄拳を与える。それを阻めるものはいない。紆余曲折はあったものの陸軍ですら退けたのだ。出てきただけで全てが 解決する。深雪はそんな反則的な存在だ。 


 そう、思っていた。


「すまん、しかし……いや、そうだな。俺はオマエを守って自己満足してただけって訳だ。俺が思っていたよりオマエはずっと強かったったって事かよ! ああ、くそっ! 俺は馬鹿だよ全く……」


「そうだよ。馬鹿だよ。クローゼ共々ね」


 いつもの笑顔を刀樹に向けてくる。


 人は成長する。深雪もアフリカの寂れた街で出会った頃から成長し続けていたのだ。それに対して刀樹は、深雪を本当の意味で守れる程成長していなかったのかもしれない。自分の器の小ささに泣きたくなってくる。


「守りすぎると成長できねェしな」


「成長してるよ。身長とか胸とか胸とか胸とか……」


 と、言ってアイドルのようなポーズをとる深雪。あれだけ怒っておいて、もう機嫌を直していた。しかも、刀樹の本音は全く理解していない様子であった。


 頭も成長してくれよ、全く……。


 心の中で溜息を付きながら、視線を逸らす。


「刀樹くんっ!」


 背を向けようとした刀樹に、飛び付くと擬音が付きそうな動作で頬をゴシゴシと擦り合わせる深雪。いつもなら煙が出てきそうなほど擦りつけてくるので、無理やり引き剥がすが今日だけは我慢してやった。


「私の初恋は幻想じゃなかったよ!」


「そのふざけた幻想をぶち壊すぞこの野郎」


「ガーン……しかも、パクりだね。刀樹くんは、あんな熱血キャラじゃないよ。死にかけて人にトドメをさす冷血漢だよねぇ。あっ、でもでも、そんなところが大好きだよ!」


「どンなところだ! オマエは俺をそんな目で見てたンかよ!」


 急に鬱陶しくなったので顔を鷲づかみにして引き剥がしにかかる。


 深雪は、思ったより素直に手を離す。


 刀樹の横を軽やかなステップで数歩だけ進む。


 その先には、リーゼロッテやクローゼ、他の生徒会の面々が、それぞれの表情を浮かべ立っていた。その姿は壮観の一言に尽きる。


 そんな者たちを率いた少女がスカートを揺らし振り返る。


「大好きだよ刀樹くんっ!」


 

 

 

 


                                              

                                           

 

 

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