第四話 二人の生徒会長
「それよりよォ……」
「何かしら?」
「いや……なンと言うか……、後ろから相方が近づいてンぞ」
少女の後ろを指し示す。その先を見る少女。
ダダン! ダン! ダダンダン!
そんな擬音が聞こえてきそうな男が走っていた。
二人の視線の先には 長い銀髪をなびかせてダッシュしてくるコワモテマフィア。未来から送られてきた戦闘サイボーグのような顔とサングラス。そしてスーツ越しにもはっきりと分かるほど盛り上がった筋肉。
うわ、なんかすげぇキモい。
警備の連中は何をしているんだ? と思わず疑問に思ってしまうほど不審……というか変人な男の疾走に、周囲の学生たちはモーゼの十戒のように左右に分かれる。ある意味、勇者降臨だった。
「うおぉぉぉぉぉぉっっっ!」
蛮声をあげて突撃してくるコワモテマフィア。
「に、逃げるわよ!」
「俺もかよっ! 待てっ、俺は……」
刀樹の手を取り、走り出す少女。
気が付けば巻き込まれていた、としか言いようがない状況だ。かといって今、逃げるのを止めたら後ろから追い上げてくるコワモテマフィアに何をされるか分かったものじゃない。
「こっちだ!」
「ちょっと! 痛いっ……」
少女の手を握り返し、脇道に滑り込む。
1メートルもない建物の隙間に入った二人は、刀樹が先頭になって少女の手を引っ張り、突き進んでゆく。だが、なかなかに障害物が多く、簡単には進めない。こうなると先に進んでいるほうが不利だ。追いかけてくる人間は前を進んでいる人間と同じコースを辿ればいいからだ。
「ちょっと追いつかれるわよ!」
「心配すンな、任せろ」
刀樹には勝算があるのだ。というか勝算の無い戦いはしない。
ひょい と効果音が出そうなほど軽いタッチで近くの角材を倒す。
ガラガラガラガラッ!
角材がバランスを崩し、刀樹と少女の後ろで倒れる。
そう狭い路地で先頭を走っていれば、近くのものを手当たりしだいに倒して、相手の速度を落とすことができる。欧州にいた頃、マフィアに追い掛け回された時、必ずと言っていいほど使用した奥の手だ。ただ、気をつけなければ行けないのは拳銃などの飛び道具だ。特に短機関銃や散弾銃なんてのは最悪だ。何せ左右には壁で逃げられない。連射されたら穴だらけにされるのは間違いない。
「うがぁぁぁぁぁっ!」
コワモテマフィアは、角材を見ていないかのように突っ込む。
「フンッ、甘ぇンだよ!」
「やるわね……。本国に帰ったら金柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字勲章を申請してあげるわ」
「名前長すぎるわっ!」
チョビ髭の総統閣下みたいな事を言う少女を無視して、走り続ける。
後ろでは、凄まじい轟音が聞こえる。あまりに激しい音だ。テレビだと、きっとしばらくお待ちください、という画面が出るに違いない。
「うごぉぉぉぉぉぉっ!」
凄まじい破砕音が近づいてくる。
オイオイ、マジかよ……。
後ろを見ると、コワモテマフィアが無数の角材を踏み砕きながら追撃を続けていた。あまり速度も落ちていないようだ。
――オイオイ、人間かよ! 戦車みたいな奴だなオイ。熊どころか、深雪の九○式戦車と互角にやり合えるンじゃねェか……。
「相変わらずね……。さすが歩く宇宙戦艦」
「クソがっ! 関心してる場合かよッ!」
最近の宇宙戦艦は歩くらしい。
……いやいや、そんなわけねェから! しかも、宇宙戦艦なんて存在しない……とも言い切れねぇな……。
深雪の顔を思い浮かべる。
戦略宇宙軍とかいう謎の軍が、この学園にはあるのだ。もしかしたら宇宙戦艦の十隻や二十隻くらい就役していてもおかしくない。だが、刀樹には宇宙戦艦な るものが存在するかは分からない。なにせ戦略宇宙軍司令は、深雪が生徒会長の役職と共に兼任しているのだ。しかも、宇宙にある軍なので、さすがの刀樹の目
も届かない。深雪の「宇宙戦艦でクルージンクしたいよっ!」という一言で宇宙戦艦が建造されている可能性も残念ながら大いにあり得るのだ。
「どうしたの? 顔色悪いわよ?」
「いや、何でもねぇよ。それより、次は横に曲がるぞ」
聞き返そうとした少女の腰に手を回し、刀樹は横のさらに狭い路地に入る。それと同時に、少女の足をすくい上げてお姫様抱っこの状態で走る。ゆるい坂道と少女のせいで速度は遅くなるが今はそれでいい。
「ちょっと!……やめなっ……きゃっ!……どこ触ってるのよ!」
いや、大変嬉しい事に不可抗力ですよ。
「飛ぶぞっ!」
見えてきた巨大な河を見て、少女は息を呑む。
横幅30メートルはある巨大な河。この学園にはそんな巨大な河が何十もあるのだ。
「待って! 貴方、気は確かのっ! 狂ってるわ! 変人だわ! 痴漢だわ!」
コイツだけ河に投げ込んでやろうか。
一瞬そんな事を思ったが、後が怖いのでやめておいた。
「……っ!」
刀樹の足が河の端に設置されている転落防止の柵に足をかける。
「きゃっ……」
悲鳴を上げた少女の口を、刀樹は容赦なく手で塞ぐ。着地の際に舌をかまないようにするためだ。決して、罵詈雑言が飛んでこないようにしたわけではないぞ。
見知らぬ少女をお姫様抱っこしている刀樹が河の上を飛ぶ。だが流石に少女一人は重すぎる。本人にいったら殺されるだろうが……。
落ちるように落下する二人の下は川……ではない。
いつの間にか現れた船の甲板にだ。
ドンッ! と甲板を軋ませながら盛大に着艦する。
刀樹は、自重と少女の重みに耐えられず、仰向けに倒れる。そこにとどめの一撃とばかりに少女がお尻から落下する。
「ぐはっ!」
質量兵器だっ! し、死ぬっ……
意識が遠のきそうになる刀樹に、少女の声が聞こえる。
「ちょっと、シャレにならない顔してるわよ! 大丈夫なの?」
「……し、死にそうだ……。いつまでそうしているつもりだ、俺にナニをする気だ」
少女は、刀樹の上に乗りマウントポジションを取っている。甲板に降り立った際に、刀樹をお尻でプレスしたのだ。流石の刀樹もそれでは受身すら取れない。 肺にあった空気がプレスされたことによって吐き出されたので非常に苦しい。酸欠状態なのだ。新手の拷問に苦しむ刀樹を見て、「私に襲われるのが嫌なわ け?」と襟を引き寄せる。
「死ぬっ! 死ぬから!」
少女を振り払い、何とか酸欠状態から脱出する。
「お前っ……」
殺す気かよ! と怒鳴ろうとしたが、後が続かなかった。
飛んだときに落としたのか、黒いカウボーイーハットとサングラスがなくなり、少女の美しい顔を天下に晒していた。
女神。
そんな言葉が出てきてしまうほどに、少女は美しかった。プラチナプロンドの髪だという事は分かっていたが、刀樹が思っていたより美しい髪は、舞い上がる 長い髪は太陽に照らされティアラのように輝いていた。そして、刀樹を見つめる瞳は、驚く事に真紅の色をしていた。色素異常によって色素量が極端に少ない場
合、血液の色が透けて見え、赤い瞳となると聞いたことがあるが、実際に見たのは刀樹も初めてだった。
本当に人間なのかよ? と思ってしまうほどに美しい少女は、刀樹の上から不満そうに退くと、可愛く口を尖らせながら手を差し伸べる。その姿は想像していた女神とはかけ離れていたが、これはこれで可愛いのでよしとしよう。
「悪ィ、助かる……」
その言葉に顔を赤くしながら、少女は刀樹の手を引っ張る。
その顔を見ると、意味もなく体温が上がっていくのを感じた。意外と俺も純情なんだろうか? そんな事を思ってしまう瞬間だった。
「そういえば、貴方の名前を聞いていなかったわね」
少女は思い出したように尋ねる。
「刀樹だ。一ノ宮・刀樹。アンタは?」
「リーゼロッテ……リーゼロッテ・マリア・シュタウフェンベルク・フォン・グロース=バーデン・ヴェルテンベルクよ」
長げぇよ……。しかも公爵って、なんかよくわかンねぇけど無駄に偉そうな女だな……。もしかしてとんでもないヤツと助けてしまったんじゃねェだろうな。女神ではなく魔女かもしれん。
「長いからリーゼでいいわ。そのかわり私も貴方の事はトウキって呼ぶわね」
いいでしょ、とでも言いたげな顔をする少女改めリーゼロッテは、視線を船の船体に向ける。
今は、速度をあまり出していないようだが、いざと言う時は高速を出せるであろう船体。前甲板には、40mmクラスの二連装機関砲を束ねたような機銃座。中央には装甲に守られた小さな操舵席。そして、極めつけは両舷に据え付けられたミサイル発射菅。
いわゆるミサイル艇というヤツだ。
「よく飛び乗れたわね……」
「この船が通る時間は分かってるからな。もし、河に落ちても拾ってもらえばこっちの勝ちだ。なんだ、もしかして怖かったのかよ?」
「怖くなんてないわ! レディに失礼よ」
「あ~ハイハイ、失礼しましたよフロイライン」
プンプン怒りながら顔を逸らすリーゼロッテ。
「この学園都市は何でもアリのようね……」
他国のミサイル艇と比べると、三十年は進んでいるであろう武装と近未来的な姿を見ながら、呆れるリーゼロッテ。
「あたり前だ。この都市は、世界の科学技術の三十年先を走ってるからな」
当然、軍事の技術だけではない。
道端のホログラフ案内板や、自走式自動販売機、粒子加速発電施設など、あらゆる科学技術が他国を上回っている。そこいらを走っている警備ロボットをとっ 捕まえて、他国に売れば一生遊んで暮らせるほどなのだ。当然、この都市はそれらの製品をダウングレードさせて売り、莫大な富を得ている。
「まぁ、いいことばかりじゃねェけどな」
それらに使われている技術は、何十年も先の技術レベルなので、揉め事の火種になる事もある。勝手に技術を売ろうとする生徒や、他国の圧力など色々な脅威 がある。傭兵を育成している機関は世界に無数に点在しているが、その中でも圧倒的な軍事力を持っているのはこのためなのだ。そして、それを阻止するために 生徒会師団や生徒会艦隊は日夜戦ってるわけだ。
「いいわね……。私、この学園のこと気に入ったわ」
「そうかよ、俺は嫌いだけどな……」
二人の言葉は、船が速度を上げた事によって後方へと流れてゆく。
「お二人さんよ、すまねぇが乳繰り合うのはそこまでにしてくれるとありがたいぜぇ!」
操舵席からニョキッと、不敵に笑う少女が顔を出す。
「冗談キツイぜ、ミサイルと一緒に打ち上げられてェのか」
「怒ってないで、艇内に入ったほうがいいわよ」
リーゼロッテは、先にスタスタと近くのハッチを降りてゆく。
それと同時にミサイル艇の速度が急に上がり、刀樹は甲板に叩きつけられた挙句にハッチから艇内に真っ逆さまに落下した。
「死ぬかと思った……」
「ええ、かなり荒っぽい運転だったわ……」
甲板で二人してげっそりとしている刀樹とリーゼロッッテは、周囲を見渡す。もう船は桟橋に泊まっている。周囲からは、うげぇぇ~、げろぉぉ~ などという擬音が大量に聞こえてくる。艇から顔を突き出している船員たちから聞こえているのだ。
「なんだおめぇら! このくらいでゲロゲロするたぁ情けねぇな。そんな調子じゃ、敵艦に近づいてミサイルぶち込むなんて夢のまた夢だぜ」
ガスッ と倒れている兵を蹴る艦長の軍帽を被った少女。不敵に笑うその姿は、前線なら戦友を勇気付けるだろうが、この状態では部下をいじめているSっぽい上官にしか見えない。
「戦奈……。さっきは助かった」
深雪の魔の手から逃げる時に、いつも助けて貰っているのだ。いやいや、神様・仏様・戦奈様だな。
「おう、感謝しろよ」
戦奈と呼ばれた少女は、取った軍帽をクルクル回しながら、刀樹に近づく。
「あなたは?」
「斑鳩・戦奈だ。一年生でこの船の船長だ。アンタこそ誰だよ? ウサギみたいな目しやがって」
ウサギって……。確かに似てるが……。
案の定、リーゼロッテはプンプン怒り出した。
「あなたね……。タダの一般生徒の癖に……」
「あ~あ~あ~」
何とか妨害してみるが、世の中そう簡単に進んではくれない。
「どきなさい! 貴方も核ミサイルの餌食になりないの!」
この女、口喧嘩にナニ持ち出す気だよ。公爵とか言ってたし……もしかして電波か? 電波は深雪だけで十分だぞ。
「何だ、この女ぁ! 核如きでこの私が怯むとでも思ったのか! ウサギ女!」
「ウサギっ! 言ったわね、この猿女っ! あなたこそモンキーの惑星に帰りなさい!」
キィーッ! むきぃ~ッ という擬音が聞こえてきそうな女の戦いが始まる。
髪を引っ張り、襟首を掴み合い乱戦が始まる。しかし、よく見てみると二人とも人体急所を狙った打撃も行っている。それも、船員たちには見えない角度で。
い、陰湿だ……。
女性の恐ろしさを垣間見た瞬間だった。
「くわばらくわばら……」
手を合わせながら、その様子を暖かく見守る。こういう事は男が口を挟むべきではないと、心に言い訳をして関らない。いやいや、別に怖いわけじゃないですよ、ホントに。
「このウサギ女っ! ミサイル艇で引きずり回すぞコラ」
「出来るものならやってみなさい! 貴方みたいな猿が、私に勝てると……ふん、笑わせないで!」
「上等じゃねぇか、クソアマ! 私は、お前みたいな奴が、不況を理由に製作中止になったアニメよりも嫌いなんだよ!」
すげーピンポイントだなオイ。
「この……」
「貴方こそ……」
パッと離れて互いに睨み合う二人。
ウサギVS猿。
バックに巨大なウサギと猿が見える気がした。ウサギも猿もリーゼロッテと戦奈に負けず劣らず凶悪な顔をしていた。例えるなら歌舞伎役者みたいなカンジだな。
リーゼロッテは懐に手を入れる。たぶん銃が入っているに違いない。
戦奈は腰に手を当てる。海賊映画で出てくるようなカトラスが吊るされている。
「おい……」
流石に止めに入る。ここで銃撃戦をされちゃ敵わない。もし魚雷発射管にでも銃弾が当たれば船ごと月まで吹っ飛びかねない。戦奈のカトラスも学園都市製製の積層合金で出来ているので、魚雷の一本や二本など、ハムのように輪切りにしかねない。
「何か? 今忙しいんですけど」
「そうだぜ。ビームサーベルで輪切りにされた戦艦みてぇになりてぇのか!?」
拳銃とカトラスが、刀樹をロックオンする。
「落ち着け、馬鹿共が! どいつもコイツも……」
駆け出す刀樹。
無論、その手にはハリセン。どこに隠していたかは企業秘密。
ハリセンを一閃。さらに、もう一閃。
二人の手から武器が弾き飛ばされる。
「「っ!」」
あまりの早業に二人は反応できない。一瞬で各々の武器を弾き飛ばされてしまえば、流石の二人も黙らざる終えない。弾き飛ばされたカトラスは甲板に刺さ り、拳銃は遠くまで滑っていく。きっと次の日には都市伝説の一つに、カトラスと拳銃にも勝てるハリセンが付け加えられているだろう。
「お前ら、いい加減にしろよ! 俺の胃に穴を開けるつもりか! それなら深雪一人で間に合ってるンだよ! これ以上、戦うなら太平洋でやってろ!」
こいつ等は俺の胃を機関銃並みの速度で穴だらけにする気だぞ、この野朗……。
このままでは精神安定剤を三食の飯代わりに食べないと正気を保てなくなる。これならアフリカの内戦地帯で政府軍の傭兵として、反政府ゲリラと戦っていた時のほうがマシだ。
「というわけで喧嘩はやめようなクソども!」
ガシッ と二人の肩を掴む。万力のような力に二人はコクコクと頷く。もし二人が喧嘩を続けるようなら顔を鷲づかみにして仲直りのキスをさせなきゃならんかった。
二人の肩から手を離し、溜息を付く。
「全く……深雪が二人も増えたら俺は破滅だ」
「じゃあ、刀樹くんは破滅だぞっ☆」
ガシッ と誰かが刀樹の肩を掴む。
「み、深雪っ! なっ、キサマ……」
「深雪一号も来たんだから刀樹くんに勝ち目はないよ? どうする、かなかな?」
深雪(本物)が現れた。
甲板にしっかりとした足取りで立つ、深雪は背景にゴゴゴ という擬音が出てきそうなほどのオーラを放っていた。例えるなら背に炎を背負ってるカンジだろうか。
「ま、まぁ、待て待てッ! 俺は……」
「粛清」
深雪が笑顔で近づいてくる。しかし、その笑顔は張り付いたように固まっていて、普通に怒られるよりもかなり怖い。顔面ボキャブラリーが非常に多い深雪にしては珍しい事だとボンヤリと頭に浮かんだ。いや、もうなんというか諦めの境地ですよ。エイメン。
「待ちなさい、深雪」
「なによ~、リーゼちゃんも邪魔するなら戦車で市中引き回しだよ」
お前はそれしか言えんのか。きっと、戦車が正義みたいな考え方をしているに違いない。
深雪とリーゼは顔見知りなのか、親しそうに話し出す。とにもかくにも助かったようだ。
「殺すのなら、トウキは私が貰うわ」
「ダ、ダメだよっ! 刀樹はあげないもん!」
いつの間にか、刀樹は深雪の所有物になっているらしい。正確には、この学園自体が深雪の所有物なのかもしれないが。なにせ、生徒会長の深雪はこの自治区でもある近江学園都市の指導者でもあるのだ。やろうと思えば戦争だって起こせるのだ。
そんな少女が押されていた。
「大体、リーゼちゃんは、刀樹くんを捕まえてなにするのよ!」
「私の夫にするわ。別にいいでしょ?」
「おい! 聞いてねぇぞ!」
本人も初耳だぞ。二人揃って俺の人権を無視してやがりますよ。
二人とも、刀樹や、戦奈、船員たちを無視して舌戦を繰り広げている。まさに女の戦いだった。ある意味、コワモテマフィアに追いかけられていた時より怖 い。深雪の事もあるが、リーゼロッテの方も公爵と名乗っていたので、ただの民間人ではないのかもしれない。ついさっきまでは黒ずくめで分からなかったが、 改めて見てみれば公爵と名乗るに相応しい風格も兼ね備えているようにも思える。
気のせいかもしれないが……
「文句ある?」
「大有りだ!」
「刀樹くんは私のものだもん!」
二人でリーゼの妄言に応戦する。深雪の言葉もおかしいが、いつもの事なので放置する。
当の本人であるリーゼロッテは、そんな事は関係ないとでも言わんばかりに刀樹の腕を掴んで引き寄せる。その意外に強い力に刀樹は軽く驚く。一瞬で距離を詰められ、刀樹の懐に入った事もあるのだ。軍用訓練を受けている事は容易に想像がつく。
おいおい、まさか本物の軍人じゃないだろうな……
現在のヨーロッパを支配しているEFU(欧州国家社会主義連合)は、男爵や伯爵、そして公爵などの貴族階級も存在するのだ。そのような人間であれば軍籍に入っていてもおかしくはない。名前の長さを考えると一般人でないことは明白だ。
運が悪ければ、EFUとの国際問題になりかねない。
俺が原因で国際問題が起きるのは勘弁してくれ……。
思わず泣きそうになる刀樹。
「オラ、権力者どもが! 私の船で男の取り合いとはいい度胸してるじゃねぇか! どこの深夜アニメだコンチクショウが!」
「黙りなさい、ただの兵隊風情が生意気よ」
「そうだよ、下っ端は黙ってて!」
気が付けば、戦奈も参戦していた。
殺気だけで、このミサイル艇が撃沈しそうなほどだった。ある意味、最強の兵器だろう。船員たちの顔色が悪いのは船酔いのせいだけではないだろう。
「マァマァ、三人トモ落チ着イテ。ソンナニ怒ルト肌ガアレマスヨ」
フランクな声と共に黒いスーツを着た大男がミサイル艇の甲板に乗り込んでくる。体のサイズのわりに優雅なその動きに思わず目を見張る。
当然、それだけに驚いたわけではない。と言うか……
コワモテマフィアじゃないかよ! カツラは被ってないが……
「お前ッ!」
思わず懐に手を伸ばそうとした刀樹を、リーゼロッテが手を上げて制する。
「オゥ……日本ノサムライハ怖イデスネ。落チ着イテクダサイ、他国ノ軍人ヲ殺ストHARAKIRIデスヨ」
「軍人だと? どう見てもマフィアだろうが!」
「失礼ナ若造デスネ。私ハソコニイルアホ娘ノ護衛デスヨ。チナミニ名前ハ、フランツ・エーベルバッハト言イマス」
「リーゼの護衛? 誘拐犯じゃねぇのか?」
リーゼロッテの方を見る。
「……」
思いっきり目を逸らされた。
どうやらこのアホ娘は、それを知っていたようだ。
刀樹はコワモテ護衛から逃げるために利用されたのだ。学園都市のセキリュティが、あからさまにあやしいコワモテ護衛を見逃すはずがない。民間人でも軍人でも基本的に立入禁止なので入るには正式な手続きが要る。
てことは、このアホ娘は護衛がいるほど重要人物なのかよ。
「お前……一体、何者だよ。ただのアホお嬢様って訳じゃねぇだろ?」
「ふふん、聞いて驚かないでよ、私はリューゲン学園都市の生徒会長・リーゼロッテ・シュタウフェン……」
「ああ、名前は言わんでいいから」
あんな長いフルネームを何度言われても覚えられない。今度聞くときはメモ帳でも用意しておかなきゃいかねェな。しかし、リューゲン学園都市の生徒会長か。
リューゲン学園都市とは、欧州国家社会主義連合(EFU)の傭兵育成機関だ。設備や生徒数では近江学園都市に劣るものの、陸戦に力を入れており、その戦闘能力……特に戦車を基幹戦力とした機甲師団は、世界一といってもいいほどだ。
「あれれ? 刀樹くんはあまり驚かないね?」
「当たり前だ! こんな厚かましい女がただの民間人な訳がねェ。独裁者の一人娘って言われても驚かねぇだろうな」
「ハッハッハッ、同感デスネェ」
何故か護衛のくせに同意するエーベルバッハ。散々逃げ回られた事を根に持っているのかもしれない。普段からリーゼに手を焼いていた事は、出会ったばかりの刀樹にも容易に想像が付いた。
「失礼ね、あなた達! 私の苦労を知らないで……」
「俺の苦労も知ってもらいたいもんだ」
「オー、私モ同感デスネ」
男二人、並んで溜息を付く。無駄に哀愁の漂うその光景に対して、「ふ、不潔だよっ!」「し、失礼ねっ!」と深雪とリーゼは文句を言う。男二人はそれを無視して、ガシッと手を握り合う。
「戦友よッ!」
「カメラート(戦友)ヨッ!」
学生服の少年とサングラスを掛けた黒服の西洋人が、互いの健闘?と称え合う。
話の分からない連中が見ていれば不気味な事この上ないと思うだろうが、船員達はそれを見て、拳を握り締めながら涙ぐんでいる。普段から戦奈にこき使われている船員達には、二人の気持ちが痛いほど分かったのだ。
「で? 刀樹くんとリーゼちゃんは何で一緒にいるのかな?」
「あら、夫婦が一緒にいたらおかしいの?」
まだ、その話が続いていたとは……
「あ~、お二人さん、そろそろ生徒会棟にもどらねェか?」
親指で後ろに見えるであろう生徒会棟を指す。
「そうだね~……、それが一番だよ」
「なら、行きましょう」
リーゼは、刀樹の手を当然のように抱きしめる。
「もうっ、なにしてるのっ! 泥棒猫~」
二人を追いかけながら、深雪が頬を膨らます。
嵐はまだまだ収まりそうになかった。